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夢森の歌  作者: K_yamada
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黒田悠木は続かない・3

 その辞令は、唐突に下された。

「俺が、挨拶だ?」

 悠木は、今さっき美優の口から伝えられたばかりの事実に、きょとんとした表情

でそう尋ねた。

「そうよ。呑み込みが遅いわね」

「何でも、ちゃんと理解しておきたいんでね。それに今のは、修辞疑問文だぜ」

 学生の頃から品行はあまりよろしくなく、口もあまり上手でなかった悠木に対して美優が伝えたのは、今日あるらしい新戦闘員説明会で記録員長代理として挨拶して欲しい、という話だった。

「良いと思うわよ。適不適はさておいても、この辺で良い印象を与えておいた方が、後々行動し易くなるのだし」

 昨夜のアルコールはすっかり抜けていた。朝方はまだ良い心地がしていたのだが、昼前に部屋を訪れた美優の話を聞いている内、素面に戻ってしまった。

「何とか断れないのか。正直、そんな所に出て何か話したら、俺の信用は失墜すると思うがね」

「失墜するほどにはないわよ、元々。まあ、そう言うかも知れないと思って、ちゃんと原稿は用意してきたわ。これを暗記しなさい、口下手王さん」

「こりゃどうも、荒い字女王さんよ。出来たら、音読して貰えるかね」

 美優が手渡した原稿用紙には、三枚分の上手く読み取れない字がぎっしりと並んでいた。

「頑張って読んで欲しいわね。私、朗読は苦手なのよ」

「俺だって、象形文字の解読は専門じゃないんだ」

 数秒の間原稿用紙を押し付けあっての戦いがあった後、悠木は止むを得ず三枚の原稿を受け取った。

「殊勝かつ賢明な選択ね。褒めてあげる」

「要らねえよ」

 確かに目の前の象形文字にしか見えない日本語は難解だ。だが、人の音読するのを覚えるのは、尚の事難しいことに思えた。それに、悠木に残された時間はあとわずかで、こんな事に無為な時間を費やしている訳には行かなかった。悠木は美優を追い出して、暗記作業に入った。




「次に、記録員長からの挨拶ですが、記録員長が体調不良ですので、記録員長代理からの挨拶です」

 悠木は、だいぶ疲れていた。せっかく読むに堪えない文字を無理やりに覚えたのに、さっきニコニコ顏で近づいてきた兵器開発部門の女と口論した結果、全て流れてしまった。しかも、それで得た物は、汚い物を見るような女の顔だけというおまけ付きである。

「あー、どうも」

 更に、悠木は本人が思うよりずっと上がり症だった。何となく悪く感じられる場の雰囲気も相まって、悠木の言葉回しは完全に崩壊した。

「はい、ええと、そうですね。つまり、我々は……」

 狼狽しきった悠木は、客席に助けを求めて目線を泳がせた。

「…………」

 そして無言の少女と目が合った。周りの静かな喧騒とは無縁のその瞳に、悠木は吸い寄せられるように、押し黙った。少しすると、主人を狙うような怪しい視線に気付いてか、少女の膝の上の猫がキッと悠木の方を睨んだので、悠木はやっと我に返って、また目を泳がせた。

「……は、はい、ありがとうございます。記録員長代理、下がって良いですよ」

 それからすぐに、悠木は司会の男に引きずられるようにして、マイクの前から姿を消した。

 一体何をしているのだろう、と悠木は偉いと思われる男の長い叱責を受けながら、そう自問した。どうして自分は、こんな所まで恥を掻きに来ているのだろう。

「君の言葉に期待していたんだけどね。幻滅だよ」

「はあ。どうも、人前は苦手で」

 抗弁すれば説教は延びるだろうし、素直に返事するのも苛立たしい。悠木はそんなギリギリの所で、相槌を打っていた。

「まあ、これからは呼ばないから、そのつもりでね」

 元々呼んで欲しかった訳ではない。悠木はしかし、またよろしくお願いしますと頭を下げた。それが、現代日本の常識だったからである。

 心やさぐれたまま、悠木は説明会の途中で自分の部屋へと戻った。そこでは、分かっていた物の憂鬱な事が、ひどく落ち着いた様子で待っていた。

「何か言いたげだな」

「あら、何も言う事はないとでも思っていたの? さすがは、ナルシストね。私には理解出来ないわ」

「やめてくれ。俺はこれでも、本気で悔しがってんだぜ」

 悠木は、さほどふかふかでもないソファに腰を落として、その下に隠してあるウィスキーを取り出した。この場所は基本的に禁酒だから、彼は一苦労して手に入れたウィスキーを、自分の部屋だけでちびちびと貴重に飲んでいるのだった。

「……良いじゃない。あれはあれで。説明会が台無しで、上の人達はかなり顔を歪めたそうよ。痛快だわ」

「そりゃ、最高だな。しかし、美優ちゃんは穏健派だったと記憶してるんだがね」

 美優の言葉を無下にして、悠木は小さいコップになみなみと注いだウィスキーを、ぐいっとあおった。

「もちろん、そうよ。だけれど、別にいつもそうである必要はないじゃない。時々には変わった事もないと、息が詰まっちゃうでしょう?」

 自分を励まそうとしているのだろうと感じながらも、悠木は一度むくれてしまった子供のように、頑なな姿勢を固持した。

「もう、俺達は死人みたいなもんだろう。今更息が詰まったって、関係ないと思うぜ」

「意固地ね。……あなたはともかく、私は生きているわよ。ちゃんとね。そうじゃなきゃ、危険を犯してまで自分で歴史を残そうなんて、思わないんだから」

「死んでるからこそ、危険を犯せるんだろう?」

 初めて、美優が言葉に詰まった。悠木としてはちょっとした屁理屈のつもりだったから、少し驚いて、美優の顔を見た。彼女の表情はしかし、いつものままであった。

「……そうかも知れないわね。生きているからこそ、のうのうと不満の中に居られるのかも知れない。だけどもしそうなら、私のような死人にも休息は必要だわ」

 美優はそう言い放って、悠木の返事を待たずに部屋を出ていった。残された悠木は、空になったコップにまたウィスキーを注ぎながら、忌々しげに舌打ちをした。

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