↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/26

第二十二話:贈る言葉の代わりに

 一月の図書館は、年末の賑わいが嘘のように静かだった。

 暖房の音だけが低く続いている。

 利用者の少ない午前中、棚の間に人の気配はほとんどない。


 栞(しおり)は入口近くの展示棚を片付けていた。

 年末に設置した「贈る本」コーナーの解体作業だ。

 一冊ずつ手に取り、タイトルを確かめ、元の棚へ戻していく。


 自動ドアが開いた。

 五十代の男性が入ってくる。

 きちんとしたコートを着ているが、どこか所在なげな様子だった。

 入口付近で少し立ち止まり、館内を見回す。

 それから、展示棚の近くへ来た。

 解体中のコーナーを一度だけ見て、栞に目を向けた。


「あの……」


 男性は声をかけた。

 少し躊躇うような間があった。


「本を、贈りたいんですが。どんな本が良いか、相談できますか」

「はい」


 栞は手を止めた。


「どんな方ですか」

「娘です」


 男性は少し考えてから、続けた。


「三十代で、ものを書く仕事をしています。最近、少し、行き詰まっているようで」

「どのくらい、行き詰まっていますか」

「もう半年以上になります」


 男性は視線を床に落とした。


「家にこもって、何かを書こうとしている。でも書けない。そういう日が続いているようで。食事も、あまり……」


 言葉が途中で止まった。


「声をかけてやりたいんですが、なかなか、うまく言葉が出なくて。手紙を書こうとも思ったんですが、それも、どうも照れくさくて」


 男性は苦笑いのような表情をした。


「年末にここを通りがかったとき、このコーナーを見て。本なら、渡せるかもしれないと思って」


 栞は男性の言葉を聞きながら、館内の棚へ視線を向けた。


「その方は今、どんな時間を過ごしていますか」


 男性は少し驚いたような顔をした。


「どんな、と言いますと」

「書けない日の、過ごし方です」


 男性はしばらく考えた。


「図書館に来ているようです。何かを探しているのか、ただいるだけなのか、よく分からないんですが」


 栞は何も言わなかった。

 少しの間だけ、そのままでいた。

 それから、エッセイの棚へ向かった。

 一冊の本を手に取る。

 表紙はシンプルで、ある作家が書いた創作についてのエッセイだった。

 書けない日々のこと、それでも机に向かい続けたこと、ある日言葉が戻ってきた瞬間のことが、静かな文章で綴られている。


 男性のところへ戻り、差し出した。


「書くことについて書いた本です」


 男性は受け取り、表紙を見た。

 裏表紙を返す。少し読む。また表紙に戻す。


「娘が、読んでくれますかね」

「分かりません」


 栞は答えた。


「ただ、書けない時間を知っている人が書いた本です」


 男性はもう一度、裏表紙のあらすじを読んだ。

 それから、ゆっくりと息を吐いた。


「これを持っていきます」


 少し間を置いてから、続けた。


「図書館の本ではなく、買って渡したいので、書名だけ教えてもらえますか」


 栞は本のタイトルと著者名を、紙に書いた。

 男性はそれを受け取り、丁寧に折って鞄に入れた。


「ありがとうございます」


 男性は深く頭を下げ、出口へ向かった。

 自動ドアが開く。

 外の冷たい空気が、一瞬だけ流れ込んでくる。


 栞は手の中の本を、棚に戻した。

 タイトルと著者名だけを書いた紙は、もうない。


 展示棚の片付けを再開する。

 最後の一冊を元の棚へ戻した。

 「贈る本」コーナーの跡には、何も残っていない。


 栞は空になった展示棚を、指先で一度だけ撫でた。


お読みいただきありがとうございます!


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

下部にある【ブックマーク登録】や【いいね】、ページ下部の【★★★★★】評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!


次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。