第十六話:秋の休日
十一月の朝は、光が低いところから差してくる。
栞は家を出た。
特に決めた行き先はない。ただ、足が自然に駅とは反対の方向へ向いた。
住宅街を抜けると、イチョウ並木が現れた。
黄色が、視界いっぱいに広がっている。
葉はまだ枝にあるが、足元にも積もり始めていた。踏むたびに、乾いた音がする。
並木道をジョギングしている男性とすれ違った。
軽く会釈をする。向こうも頷く。
犬を連れた老人が、ゆっくりと歩いてくる。
犬が栞の足元に近づいてきた。
老人が「すみません」と言う。
「いいえ」と栞は答えた。
犬は栞の靴の匂いを嗅いで、また歩き出した。
並木の端まで歩くと、公園の入口があった。
栞はその中へ入った。
平日とは違う人の密度がある。
ベンチでお弁当を広げている家族。砂場で遊ぶ子どもたち。芝生の上にシートを敷いたカップル。
それぞれが、それぞれの時間を過ごしている。
栞は木陰のベンチを見つけて、腰を下ろした。
鞄からコーヒーの入った水筒と、文庫本を一冊取り出す。
コーヒーを一口飲む。
少しだけ冷めていた。
文庫を開く。
しばらく読む。
遠くで子どもが何かを叫ぶ声がする。笑い声が続く。
栞はページから目を上げない。
どれくらい経ったか、近くで足音がした。
見ると、小さな女の子が栞のベンチの前で立ち止まっていた。
じっとこちらを見ている。
栞は本から目を上げた。
女の子と、視線が合う。
少し間があってから、女の子は何も言わずに走っていった。
遠くから「こっちよ」という母親の声がした。
栞は文庫に視線を戻した。
どこまで読んでいたか、少しだけ分からなくなっていた。
昼を過ぎて、光の角度が変わってきた。
木の葉の影が、地面の上で長くなっている。
栞は文庫を閉じ、水筒と一緒に鞄にしまった。
立ち上がる。
帰り道、また同じイチョウ並木を歩いた。
朝と同じ並木道だった。
ただ、光の方向が変わっていた。
午後の低い日差しが横から差し込み、黄色の葉が透けるように光っている。
朝よりも、少しだけ葉が落ちていた。
足元の黄色が、厚くなっている。
栞はその上を歩いた。
踏むたびに、乾いた音がする。
朝と同じ音だった。
でも、少しだけ違う音のように聞こえた。
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