↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/26

第十四話:誰かが線を引いた本

 九月の終わりの図書館は、まだ空調が動いている。

 窓の外の光は傾き始めているが、空気の重さはまだ夏の名残を引きずっていた。

 返却台に積まれた本の中に、夏休みの課題図書が何冊か混じっている。読まれた形跡のあるものと、ほとんど開かれていないものが、区別なく並んでいた。


 一般書の棚の前に、大学生らしい女性が立っていた。

 スマートフォンを片手に、棚の背表紙と画面を交互に見ている。

 一冊抜き出す。画面を確認する。戻す。また別の一冊を抜き出す。


 その動作が、十分ほど続いていた。


 栞(しおり)は棚の反対側から、背表紙の乱れを指先で整えながら、その様子を視界の端に置いていた。

 女性の手が、また一冊を抜き出す。

 画面を見る。眉が少しだけ寄る。本を戻す。

 抜き出した本は、元の位置より少しだけ手前に戻される。棚の列が、わずかに乱れていく。


 栞は棚の角を曲がり、女性の近くへ移動した。


「お探しのものはありますか」


 女性は振り返り、少し驚いた顔をした。

 スマートフォンの画面には、本のレビューサイトが開いていた。星の数と、短いコメントが並んでいる。


「あ、えっと……これ、読もうと思ってたんですけど」


 女性が手にしていた文庫を、栞は受け取った。

 タイトルを確認する。


「レビューがあんまり良くなくて。でも気になってて。どっちが正しいのか、なんか、分からなくて」


 栞は文庫を一度だけ開いた。

 ページの端に、赤いボールペンの線が引かれている。

 一行だけではなく、数ページにわたって。

 前の利用者が引いたものだった。


 栞はそのページを女性に見せた。


「これ、誰かが書き込んでるじゃないですか」

「返却時に気づかなかったようです。申し訳ありません」


 栞は言った。


「よろしければ、こちらをどうぞ」


 同じ本の、別の一冊を棚から抜き出す。

 書き込みのない、きれいな一冊だった。


 女性はそれを受け取り、少し考えてから口を開く。


「さっきの、書き込みのあるほうでもいいですか」


 栞は女性を見た。


「誰かが線を引いたところが、どこなのか、見てみたくて」


 栞は書き込みのある文庫を女性に渡した。

 それ以上は何も言わない。


 女性はその場でページをめくり始めた。

 最初の数ページは、赤い線がない。

 女性の指が進む。


 線が現れたのは、三十ページあたりだった。

 一文だけに引かれた、細い赤い線。

 女性はそこで指を止め、その一文を目で追う。


 次の線は、五十ページ手前。

 また別の一文。文の途中から終わりまで。


 女性はページをめくるたびに、少しだけ速度が落ちていく。

 線を探しているのか、文を読んでいるのか、区別がつかなくなっていく。


「……ここに線引くんだ」


 独り言のような声だった。

 それから、また別のページをめくる。


「ここは引かないんだ」


 今度は、線のないページで指が止まっていた。

 誰かが線を引かなかった場所を、女性は自分の目で読んでいる。


 女性は本を閉じ、貸出カウンターへ向かった。

 書き込みのある一冊を、両手で抱えている。


 栞は女性が立ち去ったあとの棚を見た。

 きれいな一冊が、一冊だけ残っている。


 手に取り、ページを開く。

 何も書かれていない余白が、静かに広がっている。


 どちらが読まれるべき本だったのか、栞には分からない。


 栞はその本を棚に戻した。

 背表紙を一列、指先で整えた。



お読みいただきありがとうございます!


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

下部にある【ブックマーク登録】や【いいね】、ページ下部の【★★★★★】評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!


次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。