7.邪魔をするなら
サイラス視点です。
ドタバタの晩餐会という名のファンミを終え、ジュリアをフィンズベリー伯爵家まで送り届けた。このまましらばっくれようかと思ったが、待っているらしいので仕方なく父王の元へ足を運んだ。
「遅かったな」
「申し訳ありません」
「まぁいい、座れ」
促されるようにソファーに腰掛けた。父王の私的な部屋は案外こじんまりとしている。広いと落ち着かないらしい。ソファーとテーブルのみのシンプルな部屋だ。
「ジュリア嬢の前世とはなんだ?」
「比喩ですよ。僕たちはお互いに運命を感じていたのは事実ですし、あの場を収めるための方便だと思っていただきたいですね」
父王は深く刻まれた眉間の皺をほぐすようにさすると、ため息を吐きながら向かい側に座った。
「そういうことにしろということか」
「仰る意味がわかりません」
「まあいい。質問を変える。なぜ私への報告の前に、コンタクトの話に貴族らを巻き込んだ?」
「巻き込んだ、とは何のことでしょう?」
「しらばっくれるな。お前は王位などに興味がないと言いながら、今やマイルズ派はお前の派閥に呑み込まれているではないか。マイルズを焦らせて、お前に何の得がある?」
ふんぞり返る父王に対し、あくまでも冷静に言葉を選んで話した。
「僕はただデオギニア帝国への質問に答えただけですよ。この世界はデオギニアを中心に近代化が進んでいるというのに、我が国は他国から後れを取っています。彼らがそれを心配するのは、この国の発展を願っているからです。その愛国心に応えることの、どこに問題があるのでしょう。それを派閥なんて言葉で片付けていると、いつか取り返しがつかなくなりますよ?」
事実だ。サイラスでさえ、デオギニアに行くまではここまで差があるとは思っていなかったのだ。彼らの生活はすでに携帯電話が登場する寸前のところまできているように見える。固定電話は当然、ほとんどの家庭で普及している。
「電話すら普及していない我が国の平和が保たれているのは、デオギニアの国民性が、基本的には平和主義で楽観的だからです。かの国がもし、ひとたびその国力を武力に向ければ、国力の劣る我が国など、一瞬で属国になり下がります」
「わかっている」
父王は疲れたように顎をさすっているが、わかっていない。サイラスを呼び出し、この程度のことを聞いているようでは遅いのだ。
「お話というのが、その件でしたら失礼しますよ」
「待て、結果は出せたのであろう?」
「もちろんです」
「ならいい」
前世云々を与太話だと思ったのか、そもそも前世持ちの知識がどんなものか想像もつかないのか。父は、サイラスがデオギニアに行く条件として、コンタクトの製作を成功させ、その技術を持ち帰り、国に貢献することとした。
コンタクト製作も、サイラスが推し進めようとしているルヴァルド王国の近代化も、全てはジュリアとデンジャラスのメンバーの平和のためである。
(前世でもデンジャラスとメンバーに降りかかる火の粉は事前に振り払っていたからね)
前世ではデンジャラスを自分たちの思い通りに動かしたい事務所を相手に、一歩も引かなかった。
(どんなに粗が見えても、この国に生まれた以上、僕の守りたい人たちのついでに、協力はしてあげるよ)
サイラスはため息を吐く。
マイルズの教育の失敗が浮き彫りになり、父王の落胆ぶりは気の毒なほどだった。
「デオギニア帝国も後継者問題で頭を悩ませているようですよ」
「なに、あの皇帝でもか!?」
「ええ。皇太子は善良な好青年ですが、平凡。それ以外の皇子も明るく活発な好青年ですが政治に疎く、皇女二人も平凡。第三皇女のアンナ殿下はご存じの通りですよ」
デオギニアの現皇帝は、皇太子のころから切れ者として有名だった。弟妹にも容赦がなく、成長のない妹が切り捨てられたことは他国でも有名な話だ。その切り捨てた妹に、アンナが似ているというのは皮肉な話だ。
他国の王城で騒ぎを起こしたとあれば、大変な騒ぎになるだろう。デオギニアの新聞記者は表現の自由が守られているから容赦がないのだ。アンナなど恰好の餌食だろう。それがジュリアのお陰で丸く収まった。皇帝への貸しがひとつ増えたことになる。
(妹は切り捨てることができても、末娘には甘いんだから、親心って複雑だよね)
デオギニアの皇帝との取引はサイラスでもひやりとする。交渉のカードは多い方がいい。
(本当にジュリアがいてくれて助かったよ)
「お前と話していると、私まで子供に思えてくる」
「まさか。僕は父上を尊敬していますよ」
それは半分、本当だ。王族でも一夫一妻制であるべきと唱えている母に一目ぼれした父は、その約束を守り、こんな世界の王様のくせに、愛人のひとつも作らず、国のために働いている。
(その母上に、近代化について散々言われてたのに何も手を打たないなんてね)
その母のお陰でサイラスは王子の身でありながら自由に伴侶を選ぶことができた。父を説得してくれた母なくしては、ジュリアとは巡り会えなかった。
(母に免じて、今回は許すよ)
立ち上がったサイラスは、父王を見下ろす形で囁く。
「父上、今度兄上がジュリアにちょっかいを出すようなことがあれば、僕は、なりたくもない「言うな。わかっている」
父王はサイラスの言葉を遮り、手を上げた。
「約束ですよ」
「あぁ」
父王だけでなく、サイラスもマイルズを王太子にしておきたいのが本音である。神輿は軽い方がいい。
(王様なんて面倒で面白くないこと、僕はやりたくないからね)
父王の私室を出ると、外はもう暗かった。すぐそこまで迫る近代化の波に、ルヴァルド王国が乗る日も近い。サイラスは共に根回しを進めてくれているジェフの待つ執務室へ急いだ。
* * *
「ルヴァルド王国、第一王子、マイルズ殿下」
紹介を受け、眼鏡をかけたマイルズが音楽と共に意気揚々と入場した。エスコートされている王太子妃も、エイミーも眼鏡姿だ。
会場のざわめきが大きくなる。
ルヴァルド王国において、王侯貴族が眼鏡姿でパーティーに参加することはない。なにもフィンズベリー伯爵夫人が特別美意識が高いということではないのだ。
(ちょっぴりズレてるんだよね)
そのちょっぴりズレてるジュリアは、今日はコンタクトである。オーラが見えないことに不安を覚えるらしく、サイラスの腕に乗せた手が力強い。
コンタクト製作の傍ら、どうせなら軽いフレームの眼鏡を作ろうと製作チームに持ち掛け、コンタクトよりも先に実用化に漕ぎつけた。コンタクトを目に入れるのが怖い人のためでもあったが、単なる眼科医不足だ。眼鏡のほうが普及も早いだろう。追ってコンタクトの制作発表もするが、もう少し時間はかかるだろう。何事も順序と段階が必用だ。
超軽量型のお洒落フレームは、コンタクト製作が行き詰まるたびに、皆で半ば面白半分で作っていたのだが、これの出来が良く、貴族らに見せたら買いたいという人が殺到した。
販路や製作工場など、エリーサベトのアムレアン公爵家を中心に事業が進んでいる。
「王太子妃の承諾を得ましたので、お披露目会で着けていただきましょう」
アムレアン公爵は意気揚々と計画を練ってくれた。サイラスは強力な味方をつけて、非常に仕事がしやすくなった。新しい物好きのマイルズは得意げである。やはり軽い神輿は扱いやすくていい。
「眼鏡をかけるとオーラが見えないんです。どうしたらいいですか?」
誰にも聞こえない声で、超軽量型お洒落フレーム眼鏡が普及したときのことを不安そうに言う。変な話だが、流行になってしまえば、今度は着けざるを得なくなる。サイラスの婚約者であれば当然『最先端』を求められるからだ。
「うーん、今度、伊達メガネを試してみる?」
あぁ、なるほど!と、お披露目会の最中なので顔だけで返事をしてきた。可愛い。
目立つのが好きなマイルズは、貴族たちの質問に「軽いぞ、そなたも着けてみろ」などと言って勧めている。マイルズの眼鏡も伊達だ。
(みんな心得てるな)
初お披露目であって、初ではない。彼らには先に、本当のお披露目会をアムレアン公爵の屋敷で済ませてある。マイルズがへそを曲げないよう、この場を設けたのだ。まるで初めて見るかのような当主たちと、本当に初めて見る夫人たちに囲まれ、お披露目会は盛り上がっていた。
(さて、優が作ったデザートをジュリアに食べさせなくては)
ジュリアをエスコートしながら進む。思った通り、先客がいた。エリーサベトとレオナルドだ。
「ジュリア様!!」
レオナルドを突き飛ばす勢いでエリーサベトがジュリアに近付く。
「今日の優様のデザートも素敵なんです。ご覧になってくださいまし」
ジュリアの手を引いて、彼女を連れて行ってしまった。
呆れるサイラスの元に、困ったような顔をしたレオナルドが来た。
「エリーがはしゃぐと、私には止められなくて」
「いいよ。ジュリアも喜んでるし。彼のデザートは、それだけ魅力的なんだろうね」
この場にいない優の顔を思い出しながら言った。
(何でも突き詰めないとダメなんだろうな、優らしいよ)
「兄上」
「ん?」
レオナルドが珍しく、耳を貸せとばかりに手を添えてジェスチャーする。サイラスは耳を傾けた。
「玲はまだ見つかってないの?」
「!!!!!!!!!」
レオナルドの顔を見る。悪戯が成功したときの柊の顔をしていた。
「いつ思い出した!?」
「エリーにムッチーって、何度も呼ばれているうちに徐々に?」
「そうか。玲はまだ見つかってないよ」
サイラスはずっとドラム担当だった、園田玲を探している。あのクールなドラマーと一緒に、もう一度リズムを刻みたいと、今でも身体が疼くのだ。だから王様なんかやっている暇などない。
「まだ生まれてないのかなぁ」
「どうだろう。他国かもしれないし」
「探し続けるんでしょう?」
「もちろん」
サイラスが微笑むと、レオナルドが頷いた。
「エリーも玲のことは思い出してないっぽいんだよねぇ」
「ジュリアもかな」
「なんでだろう? 後方にいたからかな」
「あまり喋らなかったしな」
「懐かしいね」
「あぁ」
思い出してくれて嬉しいよ。なんて言葉は口にしない。
たとえメンバー全員がデンジャラスを思い出さなくても、守ると決めていたから。
「僕は頭が悪いから、あんまり役に立たないと思うけど、僕が思い出したことには意味があると思うんだ。きっと何かいいことが起きるよ」
レオナルドは柊の顔をして、楽観的なことを口にする。
柊のこの性格が、辛いときのデンジャラスを支えてくれた。
「サイラス殿下、見てくださいこのゼリー」
ジュリアがデザートを手に戻ってきた。
皿に乗ったゼリーは青く、上にのったクリームにキラキラした粉がかかっていた。
「私から殿下はこういう色に見えてるんです。青くて、キラキラしています」
「僕って、こんなに綺麗なの?」
サイラスの髪や目は平凡な薄い茶色だ。このゼリーのような青など、どこにもない。
(この子の目には、一体何が見えてるんだろう?)
恥ずかしそうに頷くジュリアの腰を引き寄せた。ジュリアを遠くから見つめている男がいたからだ。悔しそうな顔をしたところで、お前に勝ち目はないとばかりに笑っておいた。
(あんな雑魚はともかく……ジュリアのこの能力は絶対に隠し通さないと、悪用されかねない)
サイラスは再び『平和』のために尽力しようと心に誓った。




