8.時の悪戯
サイラス視点→ジュリア視点になります。
ジュリアやエリーサベトには言えないが、時の悪戯は浮かれた高杉優が酔っ払いながら作った曲だ。ギターを爪弾き、聞かされた旋律に、村内柊が即興で歌詞を乗せた。
「いいじゃん。アルバム曲にはなりそう」小池奏は後々、この自分の発言に苦しむことになる。園田玲は酒のつまみを食べるために持っていた箸でテーブルにリズムを刻んだ。
デビュー曲がヒットし、四人ともかなり浮かれていた。
デンジャラスはインディーズ時代から実力派と言われながらも長く低迷した時期があったので、喜びもひとしおだった。
「なんだよ柊、ラブソングじゃないの?」
優が柊の歌詞に首を傾げる。
「どう聞いても違うだろ」
「このメロディ聞いたら、普通はそう思うだろって話」
「いや、そのメロディは、転生した俺たちが再び出会って、またバンドやろうぜって曲だろ?」
柊は真顔だった。
柊以外、全員ラブソングだと思って聞いていたので、首を傾げるしかなかった。
「じゃあさ。表向きはラブソングに聞こえる歌詞にすれば?」
奏は紙にさらりと書き付けた。
運命のごとく出会った僕らは、時の悪戯で違う世界に旅立っても、再び出会い、また一緒になる、という主旨の歌詞だ。どこにも『僕ら』が四人であるとは書いていない。
「アルバムを出した時に曲の解釈を聞かれるだろうけど、デンジャラスが転生して再び出会う曲ってことは内緒にすれば、ファンは前世からの恋人を想像すると思うし」
まるで中二病を拗らせた少年のように奏が語る。みんな酔っぱらっていたから「いいね」とはしゃぎながら、四人で試行錯誤を繰り返して『時の悪戯』を作り上げた。
「言い出しっぺの責任を取って、イントロは奏が弾くこと」
この優の無茶振りのせいで、アルバム曲なのに死ぬほど苦労する羽目になった。優のメロディラインを、重いベースの弦で再現するのは至難の技だ。
(そのベースラインから口ずさんでくれる令嬢に出会うところまでは想像できなかったな)
「殿下、何ニヤついてるんです? 気味が悪いですよ」
「思い出し笑いぐらいしたっていいだろ」
「いいですけど。今日はお先に失礼しますよ」
「あぁ、子供と奥さんが帰ってくるんだっけ?」
「そうです。早く顔が見たいですし」
「ふーん。すっかり良い父親だな」
「ええ。ぜひ殿下も見習って下さい」
ジャンはサイラスの婚約者の選定の茶会で最後まで残ったスザンナのふるまいがいたく気に入ったらしく、すぐに婚約を申し込んだ。彼は侯爵家の次男なのですぐに婚約は成立し、きっちり三年後に結婚した。それが今では二児の父親だ。
普段性格の悪いサイラスの傍にいると、スザンナのような性格の良い子に癒されたくなるんだとか。いちいち一言余計であるが、今日は出産を終えてひと月経ったスザンナが子供を連れて帰ってくるのだという。早く帰りたいだろう。
「幸せそうで、何よりだよ」
荷物をまとめ、部屋を出ていこうとしていたジャンが振り返る。
「殿下も最近、とてもお幸せそうですよ」
「僕はいつだって幸せだよ。必ず幸せになる道を選び取るから」
「殿下のそういうところ、私はこれでも尊敬してるんですよ」
「へー」
「性格は悪いなって思ってますけど」
「早く帰れ」
「はい。失礼します」
普通に帰れないのか、お前の性格もかなりだぞ、と言いたかったがやめておいた。ジャンがとても幸せそうな顔をしていたから。
(ジュリアの顔が見たいなぁ。見に行こうかな)
急に行ったらどんな顔するだろう。わくわくしてきた。
護衛を連れていけば、急に城を抜けても大丈夫だろうか。
デオギニアから帰国したばかりのサイラスの執務室の机の上は、書類の山である。
(いや、そういう油断は危ない。何か起こるのは、大抵気を抜いたときだ)
今日も抜かり無いサイラスは、書類の山に戻ることにした。
* * *
「ジュリア様、殿下なら執務室にいますよ」
サイラスの侍従、ジャンがポリーと歩くジュリアを見つけて駆け寄ってきた。
「いいえ。今日はスザンナ様に、ご出産のお祝いを渡していただきたくて、ポリーに無理を言って連れてきてもらったのです」
「妻にですか? 喜びます。ありがとうございます」
いつもクールであまり笑ったことのないジャンが、とても嬉しそうだ。ジュリアは出産祝いを渡したらすぐに帰るつもりだった。
「絶対にジュリア様に会いたいはずです」
「帰国されて間もないですし、寝る間もないほどお忙しいと聞いています」
「だからですよ」
ジャンは珍しく引き下がらず、絶対に寄っていけという。ポリーも「邪魔をするぐらいで丁度いい」というので、一緒にサイラスの執務室に向かった。扉前に控えている騎士に挨拶をしてノックする。サイラスの声が聞こえたので「ジュリアです」と告げると、すぐに扉が開いた。
「行こうと思ってやめたところだった。良かった。嬉しい」
「お忙しいとお聞きしていたので、帰ろうと思っていたんです」
「いや、ちょうど疲れが溜まって、一休みしたかったから」
サイラスが自ら淹れてくれた紅茶を受け取り、ジュリアは微笑んだ。
「お顔が見れて、お元気そうで安心しました」
「やっと同じ国にいるというのに、どこにも連れて行ってあげてないね。ごめんね」
サイラスが困ったように首を掻いて言う。
「ひと段落したら、ジュリアの行きたいところに行こう。どこがいい? どこでもいいよ」
手紙が主とはいえ、こういう時はちゃんと気持ちを伝える方がサイラスが喜ぶことを長年の経験から知っている。ジュリアはそれならばと口を開いた。
「一緒に町歩きをしてみたいです」
サイラスが城下町に行ったら騒ぎになるだろうか。護衛も厳しく、町の人たちも落ち着かないかもしれない。前世のデートのような気軽さでは無理だろう。
(やっぱり、人のいない山や川を散策するぐらいが丁度いいかも)
表情の抜け落ちたサイラスを見て、慌てて顔の前で手を振った。
「ごめんなさい、無理ですよね。王子様が城下町なんて危ないし。大丈夫です。聞かなかったことにしてください」
今日は流行になった超軽量眼鏡を掛けてきたので、サイラスの顔はよく見えるが、感情はわからない。
「ポリー」
「はい」
「ちょっと席を外してくれる?」
「承知致しました」
ポリーが部屋から出ていくと、サイラスがジュリアの隣に座って頭を下げた。
「ごめん。そんなことすら叶えてあげてなかったんだって思ったら、自分の不甲斐なさに今、打ちのめされてて、ちょっと回復しない」
「え? どうしてですか?」
よくわからないが、ものすごく落ち込んでいるらしい。項垂れたサイラスは叱られた犬のようになってしまった。
「自分の能力を過信してた。一番大切なジュリアの気持ちをわかってなかった」
「そんな大袈裟な。私が無理なお願いをしたばかりに。どうかお願いですから、頭を上げてください」
「足元をすくわれまいと……さっきも、ジュリアに会いたいと思ったのに、自己完結して、急な予定で行動を変えると、そういうときに事件は起こると思って」
それのどこが悪いのだろう。王子という立場であれば、身の安全を第一に考えなければならないのは当然だろう。
「サイラス殿下のそういうところ、前世から尊敬してます」
「前世から?」
「はい。いつも、リーダーの優様が自由に曲を作れるように、ムッチーが自由に歌えるように、デンジャラスが自由に自分たちの音楽を続けられるように、王子が動いていることを、インタビューの記事を読むたびに感じていました。私は、そういうところが好きでファンになったんです」
「……」
「だから落ち込まないで下さい。サイラス殿下のそういうところ、だ、だい、大好きですから」
ぎゅぅぅ……
「苦しいです……」
「絶対叶えるから。手を繋いで城下町を歩こう」
「……ありがとうございます、無理は」
「無理なことなんてない」
「はい」
「もういっそ、前世から恋人ってことにしよう」
「あの、嘘はよくないです」
「父上の前でついちゃってるし。否定はしておいたけど」
「あぁ……そうでした!!」
「市井に広めちゃおう」
「いいんですか? そんなことして」
「父上への言い訳はどうとでもなるよ。ついでに幼女趣味っていう噂も消えるし」
「確かにそれは有益ではありますが」
「町歩きで仲のいいところを見せつければ一石三鳥」
「三鳥? ふふふっ。面白い」
「ジュリア」
「はい?」
「大好きだよ」
「は……はいっ、私も大好きですっ」
初めてはっきりと聞いた好きという言葉に、顔どころか手のひらまで赤く染まった。その指をサイラスがなぞり、手首を辿って腕を引かれた。
「ジュリア……」
サイラスの息がかかるほど近くに迫ったとき、ふと思い出したことを口にする。
「そういえば、時の悪戯って前世から恋人と呼ばれてましたけれど、恋人の曲ではないような気がするんですよねぇ」
ラブソングのように見えて、あれはデンジャラスの曲ではないのかと感じていた。
「高校のときに出会った四人が夢を見て上京したけど最初はなかなか上手くいかなくて、何かがかみ合わないと感じていた優様が色んなことを試して、全員で駆け抜けたら売れて、運命のように導き合った僕たちなら、たとえ時の悪戯で異世界に飛ばされても、また巡り合うよねって曲だと思ったんですが……」
ジュリアを抱き寄せていたサイラスが「参ったな」と声を漏らした。
「見抜いてたんだ?」
「ファンの勝手な解釈です」
「正解だよ。インタビュアーは、誰一人として気付かなかったのに。恐れ入ったよ」
サイラスが少し困ったように笑い、優しくジュリアを抱きしめた。
それから半年後『サイラス殿下は、前世で添い遂げることのできなかった恋人のジュリア様をこの世界で見つけた』という噂が、市井で語り継がれるようになった。
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また次回の作品でお会いできますように。




