6.眩しすぎます
ジュリア視点です。
ジュリアは目を覆いたくなった。
国王陛下は身内だけの食事会だから気楽にしろと言うが無理な話である。隣に座るサイラスは、いつもの美しい青色の中に星のような物が瞬いている。前に座るエリーサベトは、元から金色に輝いていたが、今日はそこに可愛らしいピンク色が混じり、直視できないほどの美しさだ。レオナルドは鮮やかな赤紫色に光り輝いている。なぜみんな光るのか。意味がわからない。
(目がチカチカする)
少し視線をずらすと、陛下は白金色、王妃は高貴な赤が混じったサフランイエロー、王太子は緋色で、王太子妃はマリーゴールドである。こちらの陣営は通常どおりだった。なぜ、エリーサベトとレオナルドとサイラスだけがいつも以上に輝いて見えるのか。こんなことならコンタクトを着けたまま出席すれば良かった。
「どうしたの?」
サイラスが囁く。
「眩しいんです」
「コンタクトのせいかな、痛い?」
心配そうに覗き込まれ、小さく首を振って否定する。
(眩しい……殿下、そのキラキラやめてください……)
話せば話すほどキラキラしてくる。一体なんなのだろう。
コンタクトのせいではないと安心したのか、サイラスはホッと息を漏らす。
晩餐会の話題はエリーサベトの回復を祝うもので、初めはとても和やかな雰囲気だった。レオナルドが「エリー以外とは結婚しませんからね」などと言い、場を盛り上げていた。なぜ婚約が危うくなっていたのかさっぱりわからない。いつ結婚してもおかしくないぐらいのいい雰囲気だし、陛下からも歓迎ムードの気配を感じる。
(何があったのかしら。サイラス殿下は詳しく話してはくださらないし……というか、さっきはもうそれどころではなかったし……あれって、ファ……ファーストううんっんっ恥ずかしい、口に出さなくても恥ずかしいっ)
「サイラス、デオギニアはどうだった?」
陛下がサイラスに話題を移した。邪な妄想をしている場合ではなかった。
「相変わらずですよ。技術力が高く、明るく自由で、不便を知らず、節操がない」
「お前は辛辣だな」
「あの国の底抜けに明るいところは好きですよ」
サイラスが答えると、マイルズが「皇女が追いかけてきたそうじゃないか」と、余計なことを口にした。
「その話はよしましょう。エイミーがいることですし」
サイラスは気遣うようにエイミーを見た。彼女はマイルズの娘だ。まだ幼いせいか、青白く弱い色しか浮かんでいない。王太子妃の隣で静かにしていた。
「いいじゃないか。人払いもしてあることだし、ここには身内しかいない。ジュリア嬢も心配だったろ?」
突然振られた話題に、ジュリアは手を止めた。
「サイラスはいつも不在でジュリア嬢は長年放置されてただろう? デオギニアでたくさんの女性に囲まれていたサイラスのことを思い、眠れない日もあったはずだ。違うかい?」
「兄上、」
サイラスが低い声を出した。
ジュリアはサイラスに首を振って、自分が答えることを伝える。軽く深呼吸をして、ジュリアは綺麗に笑った。
「不安に思う暇もないほど、たくさんのお手紙と贈り物をいただきました。嬉しくて眠れないことはあっても、不安に思ったことはありません。デオギニアには便利な物がたくさんあって、私もいつか訪れてみたいと、そんな風に思うことが多かったです」
ジュリアの答えにマイルズは鼻を鳴らした。
「幼児の答案のようだな」
瞬間、横に座るサイラスの気配が暗い色に染まったのが見なくてもわかった。
ジュリアは咄嗟にサイラスの腕に触れ、甘えるような仕草で聞いた。
「殿下。あのお話を皆さんにしてもよろしいですか?」
「……ジュリアが話したいのであれば」
渋々といった声をサイラスが漏らす。
「実は私と殿下は、前世から恋人だったのです」
「はぁ!?」
見えなくとも、マイルズが口を開けたのがわかった。向かいに座っているエリーサベトがピンク色に染まったのが見えた。遠くに座る王妃と王太子妃の色にも、うっすらピンク色が混じったような気がする。
「殿下は気付いてくれないだろうと思いましたし、この年齢差です。すっかり諦めていたところ、殿下は私を見つけてくださったのです」
「下手な三文小説はやめてくれないか」
マイルズの声に棘が混じった。
「本当なんです……」
ジュリアは悲しそうにうつむく。
「婚約を嫌がっている素振りさえあったのに、そんな作り話を信じろと?」
「嫌がっていたわけではありません。八歳の私が、サイラス殿下の婚約者になっていいものか、悩んでいたのです……」
ポロリ。女優のように涙が頬を伝う。口から出まかせで話しているうちに、本当に悲しくなってきた。マイルズによって引き裂かれそうになっている恋人の気持ちだ。
(エリーサベト様も、婚約が危うくなっていたとき、こんな気持ちだったのでしょうか)
マイルズは馬鹿にしたように笑い「今からでも遅くはない。辞退したらどうだ? 噂通り、サイラスには想い人とやらがいるということにすればいい」と言い放つ。
一度は落ち着いていたサイラスの気配が濃くなり、とうとう立ち上がるかと思われた時、黙っていた王妃が「いい加減になさい」と言い放った。
「お前はそうやってエリーサベト嬢のときも余計なことを言って混乱させて。なにが気に食わないというのです?」
「私はただ、エリーサベト嬢のときは病弱な令嬢に妃は荷が重いのではと申しただけです。それに、この程度の嫌味で泣くような幼稚なジュリア嬢では」
「幼稚なのはお前です」
王妃は立ち上がり、「気分が悪いので失礼するわ」と、エイミーの手を取って晩餐室を出て行ってしまった。彼女にこれ以上、マイルズの暴言を聞かせたくなかったのだろう。それに続くように王太子妃も出て行った。その後ろ姿は、王太子への軽蔑の色がありありと浮かんでいた。
「マイルズ、お前も出ていけ」
「しかし、父上だって、エリーサベト嬢の体調を不安視し、ジュリア嬢の幼さにも不安が残ると仰ってましたよね!?」
「そうだな、確かに言った」
「では」
「サイラスとお前が直接争わないようにというジュリア嬢の配慮がわからんのか。彼女は立派な淑女に成長した。不安はない。エリーサベト嬢も、体調に問題がないことを医者が確認している。これまで献身的に公務を担ってきたエリーサベト嬢の代わりなどいないと、そのことは、お前も納得し、この晩餐会を開いたはずであろう?」
「しかし!!」
「二度はない。私をこれ以上、がっかりさせるな。マイルズ、この場を荒らしたことを反省し、心を入れ替えるまで謹慎とする。出ていけ」
マイルズはどす黒い色をまき散らしながら出ていき、陛下は大きなため息を漏らした。
「サイラス、あとで私の部屋へ」
「……承知しました」
「皆は、食事を続けてくれ。私も失礼するよ」
陛下も晩餐室から出て行ってしまった。白金色がくすんで見えた。
「ジュリア、兄上がすまない」
先ほどまでの黒さは消えたものの、いつもより暗い、夜更けのような色をしたサイラスがジュリアをぎゅっと抱きしめ、肩に頭を乗せてきた。
「大丈夫です。ただ私……大変な嘘をつきまして……」と、小さな声で添える。
サイラスも「前世から恋人って」と、小声で息を漏らして笑う。釣られるようにジュリアも笑い、二人の笑い声が重なった。
ガタッ
「お取込み中、申し訳ないのですけれど!! 前世から恋人って『時の悪戯』のファン称じゃありませんこと!?」
抱きしめ合っていたサイラスとジュリアは顔を上げた。
声の方を向くと、エリーサベトがピンク色をこれでもかとまき散らしながら叫んでいた。
「わたくし『ラスゾーン』ですの!!」
「うそ」
「マジか?」
ジュリアとサイラスは、思わず声をあげた。
ラスゾーンとは、デンジャラスのファンの総称だ。ライブの観客席をゾーンと呼び、そこまでがデンジャラスゾーンである、というのが語源だ。
アルバム曲でありながら人気があった『時の悪戯』は、ファン称と呼ばれる『前世から恋人』という呼び名があった。引き裂かれた恋人が時の悪戯で転生し、そこで再び出会うという歌詞から付いた愛称だ。
それを知っているということは、エリーサベトもジュリアやサイラスと同じ世界で生きた記憶を持っているということだろう。
「その様子ですと、前世から恋人というのは、あの場をやり過ごすための方便かしら? なるほど。ジュリア様、素晴らしい機転でしたわ」
エリーサベトは向かいの席から周ってくると、ジュリアの両手を包むように握った。
「ということは、ジュリア様もラスゾーンですわね!?」
「あっ、はい。そうです」
「サイラス殿下も前世の記憶がある?」
勢いに呑まれるように頷く。サイラスも頷いているようだ。
「推しはどなたですの!?」
「王子……です」
ジュリアはモジモジしながら、隣を見上げた。サイラスはまたキラキラを取り戻していた。
「まぁ!! なんて素敵なんでしょう。サイラス殿下と婚約できて良かったですわね。実はわたくしも、推しと婚約できて、というか、思い出したら推しと婚約していたんです。その衝撃で少々気を失ったりしていたのですわ」
「そうだったんですか」
ジュリアは幼いころから記憶があったので、思い出すという感覚はわからないが、突然推しと婚約しているという事実に気付いたら、それはビックリするだろう。
「エリー。私にもわかる話をして」
いつの間にかレオナルドがエリーサベトの横に来ていた。
「パティシエが優様だというのは、ご存じです?」
レオナルドのことを無視して、エリーサベトは続ける。
「はい。先ほどお聞きしました」
「では後ほどお会いできますわよ。今日のデザートを運んでくれるよう、殿下に頼みましたから」
「あんまりにもパティシエに熱心だから、ちょっと気に食わないけど、エリーの頼みは断れないからね」
レオナルドは、そう言いながらエリーサベトを引き寄せた。
「そろそろ運ばれてくるころじゃないかな」
サイラスが呟くと、入室の許可を願う声が扉の外から聞こえた。
「許可する」
扉が開かれ、お仕着せをきたメイドと共に青緑と金色が混ざったピーコックゴールドの色を纏った男性が入ってきた。
「まだお食事中でしたか?」
「いや、食事は下げてくれ。デザートにしよう」
「優様っ」
エリーサベトから歓喜の声が漏れ、ピンク色が濃くなったような気がした。
(この色の変化は大丈夫……大丈夫だけど、眩しぃぃ……)
再び目を覆いたくなるジュリアであった。
エリートとレオナルドの『前世の推しに似てる不仲の婚約者に「お顔が好きです」と伝えましたところ』
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