第96話 夢の試練 2
場面が切り替わり気づくと、僕は教室にいた。
ここは…僕が通っていた小学校?
【僕】は自分の席に、座っていた。
授業が始まっており、教卓に立つ先生が授業をしているようだった。
隣の席の子が、黒板を見ていた。
前の席の子も、ノートを書いていた。
クラスの皆は黒板を見ている。
いや、違う…。
見られている?
チラチラと…見ている………【僕】を。
視線を感じそちらを振り向き、目が合うとすぐにそらされてしまった。
休み時間になり教室がガヤガヤと賑やかになり、みんなが動き始める。
しかし、【僕】の方には誰も近寄ってはこない。
【僕】は一人机に頭を押し付け眠っているふりをする。
廊下で、声が聞こえてきた。
「……あの子、D災害の子でしょ?」「両親が食べられているのを黙って見てたんでしょ?」「……怖くない?」「Dサバイバーがいると、その土地でもD災害が起きるらしいよっ!」「えぇ、なんであの人この学校にいるの?」「……ここにいられるとヤバくない?」
声が、止まった。
誰かがこちらに気づいたのか、声が聞こえなくなった。
遠巻きには僕の話をするけど、僕の意識がそっちに向くとその話題は嘘のように消え【僕】の存在が掻き消えたように静まりこむ。
それは中学校でも同じだった。
丁寧にはされた。
親切にもされた。
ただ――
「……【Dサバイバーの田中君】ね。」
担任の先生が、新しいクラスに紹介する時には必ず言っていた言葉だった。
それだけで、クラス全体の空気が変わった。
まただ…。
丁寧になった?
親切になった?
でも、【僕】に近くには来てくれる人はいなかった。
本当の意味で、【僕】に話しかけてくる人間なんていなかったのだ。
「……クラスのやつらも、大人の連中も…皆大っ嫌いだ。」
夜の自分の部屋で天井を見上げながら、呟いた言葉が木霊する。
「……普通に、話しかけてくれる人は?」
誰もいない。
「……僕はDサバイバーでもD災害にあった可哀想な人でもない…。」
誰も聞いていなかった。
「……ただ……内心を打ち明けられる友達が、欲しかった。」
誰も聞いてくれる人はいなかった。
この時の【僕】はただただ学生社会に押しつぶされていたのだ。
思い出したくもない暗い学生時代…。
◇
場面は変わり気づくと、白川グループの社屋にいた。
僕の目の前に、塵の山があった。
「……っ。」
分かってしまった。
理解なんてしたくなかったのに、無理やりに理解させられる。
「……ヒナさん。」
塵の山に触れた。
少しだけ温かくどんどんと温度を奪われていくその塵の山がヒナさんなのだと物語ってしまっている。
「……僕が、殺したんだ。」
声が、震え気づくマサト達もいたはずなのにここには誰も存在しない。
僕とヒナさんだったものだけがこの空間に存在する。
あの時は皆がいたから耐えられた。
あの時はマサトが言葉を掛けてくれたから思い留まれた。
でも、ここにみんなはいない――
「……僕の手で、ヒナさんをぉ…。」
膝をつき胸を掻き毟る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」
誰も、聞いていなかった。
胸を掻き毟った所から血が滲み出てきた。
「……僕は、いつも…守れない。」
これは魂の吐露。
上辺の言葉と心の蓋で閉じ込めてきた偽られざる僕の本心。
「お父さんとお母さんを見捨て僕だけが隠れていた。…消えてしまえよ。」
「ヒナさんをこの手で殺めてしまった。お前が死ねよっ。」
「……僕は…何のために、強くなったんだろう。」
塵が、冷え切り冷たくなってしまった。
僕は地面に散らかったヒナさんをかき集め始める。
「……っ、ヒナさん、ごめんなさい、ヒナさん、ヒナさんっ。」
泣けなかった?
泣きたかった?
大声で泣きたかった?
バカ野郎お前にそんな資格なんて1㎜たりとも存在しない。
声が出ないこの状況が渋谷のあの夜と重なる。
声の出し方を、また、忘れたこの感覚。
「……ここで、終わりにするのか?」
声がした。
自分の声そっくりの声が。
きづくと、もう一人の【僕】が、僕の目も前に立っていた。
今の僕と同じ顔をした、自分が立っていたのだ。
「……誰ですか?」
「【僕】だよ、つまりお前だ。ずっと心の中に押し込んで潰して逃げていた【僕】だよ。」
「……。」
「大声で泣きたかったよな?」
「……はい。」
「内心を話せる友達が、欲しかったよな?」
「……はい。」
「ずっと我慢してきたよな?」
「……はい。」
「……じゃあ、泣けよ。」
「……え?」
「ここには誰もいない、お前の夢の中だ。好きなだけ泣けよ。」
「……でも。」
「でも、じゃない。泣きたい時に泣けなかったのが、一番の問題だろ?」
「……っ。」
「泣けよ、僕。」
声が、割れた。
僕は泣いた。
大声で、泣いた。
子供の時にも出せなかった声で、泣いた。
誰にも打ち明けられなかったことを、全部【僕】自身に向かって吐き出し叫んだ。
怖かった、と泣いた。
寂しかった、とも泣いた。
友達が欲しかった、とも泣いた。
大切な人達が亡くなって泣けなかった夜のことを、泣いた。
ヒナさんを殺めてしまったことを、とも泣いた。
どのくらい泣いたのか、僕には分からない。
泣き終わった時、もう一人の【僕】が言った。
「……全部、吐き出せたか?」
「……まだ…まだだよっ。」
「そうか。」
「……でも、少しだけ、楽になったよ。」
「……そうか。」
「……友達、できたんだ。」
「知ってるよ、僕なんだから。」
「……マサトも、エミリさんも、小林さんも、リオさんも、ヒナさんも――」
「知ってるよ。」
「……全部、吐き出しても…僕の傍に…皆はいてくれるかな…。」
「それは分からないな。」
「……そうだよね。」
「……現実は辛いもんさ、でもここなら…夢の世界なら辛い思いなんてしなくて済むさ。」
「……夢の世界、か。……それも良いのかもしれない…。」
ここなら誰も傷つかない。
ここなら……僕もこれ以上傷つかない。
それなら、僕はここにいた方がいいんじゃないだろうか?
「さぁ、こっちへおいで?」
「……うん。」
光が滲み始め、僕の夢は続いていく。
――負けるとも逃げるのも悪いことじゃない、でもね、自分からは逃げちゃダメよ。
――これは…なかなか危ないね…。
――ふふふ、子供が誘惑されてしまうのは仕方ないことだわぁ?
――黙れ、アホ垂れっ!
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