第95話 夢の試練 1
――過去の真実を――ザザッ……プツン――
っんん…。
ここは……?
気づくと、狭くて暗かい場所で膝を抱えて座っていた。
……車の中?
それに、ここは後部座席?
そして、よく見ると着ている服が子供服だった。
それも小学生くらいの大きさの子供服だ…。
「……ここは。」
声にも漏れ出て、そこで自分が発した声が高い声だったことに気づいた。
いったいどうなっているんだ…?
仕方なしに、車窓の外を覗き見るが車がひっくり返っているため窓の外が見づらい。
……外は夜だった。
街灯が一本、遠くに見えた。
そして"立っている人"は、誰もいなかった。
「……お父さん、お母さん?」
【僕】が声を発しているわけではないのに声が勝手に発せられる。
【僕】が呼んだ声に返事はなかった。
そして、【僕】の思考が二重化しており、さっきまでの【僕】とこの体の記憶と言えばいいのだろうか?思考が重なりとても気持ち悪い。
アルディスが語り掛けてくるのとも違う何とも言えない気持ち悪さが確かにあった。
前の席……運転席には誰もいなく【この子】の親御さんがどこへ行ったのか分からなかった。
「……お父さん。」
どうやら【この子】は親を探しているようだ。
車が横転していることから交通事故起きたのだろう?
その時だった。
音が外から聞こえてくる。
それも大きな、地面が揺れるような重い音だった。
窓の外に、影が動いた。
「……っ。」
見える影は大きかった。
車の全長を超えるほどのとても、大きな影。
それは【僕】がよく見る影だった……。
魔物……。
一体どころではない、複数……いや、魔物の大群だ……っ。
「……っ。」
身体は勝手に動き出しシートの下に、潜り込んだ。
息を殺し、小さな体が震えが止まらない。
何も見えない空間で外の音だけに集中する。
にちゃっと肉が潰れる重い音。
何かが壊される音。
そんな中誰かの声が聞こえてくる。
「……アルト、隠れてろ。」
お父さんの声だった。
「……アルト、絶対に出て来ないでっ。」
お母さんの声だった。
「……っ、お父さん、お母さんっ――」
「声を出すな!」
お父さんが、怒鳴り声が【この子】の声をかき消すように木霊する。
こちらに迫る粘液、ゲラゲラと笑う小さな小鬼。
町を壊し、人も壊す巨大な大鬼、空を覆う様に飛び回る蜥蜴。
ここはまるで地獄のようではないか。
「絶対に声を出すな、アルト!」
「……っ。」
――母は言う。
「……アルト…ずっと愛しているからね。」
かあさんっ!ぼくもあいしているよっ!
でも、いま、いまそんなこといわないでよっ!
――父は言う。
「アルト!生きてくれ。絶対にそこから出てくるなよ。」
とうさんっ!いやだよ!ぼくだけがいきてたんじゃいみなんてないよ!いやだよっ!
だけど、気持ちを抑え【この子】は声を、殺した。
本当は大声をあげて泣きたかった。
【この子】の気持ちが【僕】に伝染して釣られて涙が頬を伝うのを感じる。
外で、音が続いていた。
……長い。
とても、長い戦闘音。
どのくらい経ったのか【】には分からない。
やがて、音が変わっていたことに気づいた。
魔物共の重い音が、明らかに別の音に変わっていた。
身体中に怖気が走り、鳥肌が止まらない湿った音だった。
「……っ。」
嫌だ……こんな音は聞きたくない。
だが、耳を塞いでも聞こえてしまうのだ。
お父さんに隠れていろ、と言われても身体が勝手に動いてシートの隙間から、外が少しだけ――
やめてっ!見たくないっ!見ちゃダメだっ!
しかし身体は言うことを聞かず外を覗いてしまった。
「……っ、あ、あ――」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――
心の声が出そうになった。
だけど【この子】は必死に、口を押さえ感情を殺し、ただ、両親だったものを見ている。
手どころか体全体が、震えている。
それでも、声を出さなかった。
それが、目の前のお父さんとの最後の約束だったから……。
どのくらい経ったのか分からなかった。
その間も両親から目を離すことなく一点を見つめながらも身を隠し続けた。
騒音が、遠ざかっていく。
しばらくして、静寂がこの場を支配する。
魔物どもの背中が、遠くに見えることを確認してから車の窓から、身体を捩じりゆっくりと車体から出た。
無残に破壊された渋谷のスクランブル交差点……。
地面に倒れ伏し所々食べられて身体が欠損してしまっている人の形っぽいもの……。
そして――
遠くから見つめていた両親だったものに近づいていく……。
見てしまった、のに、頭が処理をしなかった。
理解させないように、頭が働いていたのだと思う。
「……お゛どう゛ざん゛っ!」
【】は呼んだ。
『おっ?なんだアルト?』
いつもの優しい返事が聞こえない。
「……お゛があ゛ざん゛っ!」
【】は呼んだ。
『な~に?あっ、夜ご飯何が食べたい?』
いつもの優しい返事が返ってこない。
「……っ、お父さん、お母さん、お父さん、お母さんっ――」
――泣けなかった。
――泣きたかった。
――大声を出して泣きたかった。
でも、声が出てこないのだ。
まるで声の出し方を、忘れたみたいに。
車のサイドミラーの破片が地面に転がっており【この子】の姿を反射させていた。
【この子】の顔が、はっきりと映っていた。
……。
黒かった髪の毛が、薄っすらと紫色になっていき、瞳の色も、紫色になっていた。
なぜそうなったのか、分からなかった。
分からなかったけれど、それ以上考えられなかった。
【この子】の頭が、考えることを放棄していたから。
ただ、立っていた。
轟々と燃える渋谷のスクランブルの上で、ただ一人【僕】だけが立っていた。
――…………るっ
――………やるっ
――……てやるっ
――…してやるっ
――殺してやるっ
――魔物どもを殺してやるっ!
――あぁ、思い出した……。
これは8年前の【僕】の記憶だ…。
……理解したよ、これが長耳族のやり方なんだと…。
――自分を責めないで…。
――信じよう、僕達の◯◯はこんなことで負けたりなんかはしないと。
――お主らも来たのか。
――えぇ、心配ですから。
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