第87話 痛み 完
次部は異世界へ!
「君はこれで立派な人殺しだ。私の娘を殺してしまったのだから。」
部屋が、しんっと静まる。
「……これが、痛みだよ。」
白川が、静かに言った。
笑みを消して、静かに。
「大切な人を、自分の手で失う痛みだ。それを、君に教えてあげたかった。」
「……あ。」
声が出た。
意味のある言葉じゃなかった。
ただ、喉から空気が出た、それだけの音。
「あ、あ、あぁ、」
塵を見た。
これが、ヒナさん?
さっきまで、ここにいたのに?
さっきまで、うちの名前を呼んでほしいと言っていたヒナさん?
ありがとうと言っていたヒナさん?
あたたかいと言っていたヒナさん?
「……ヒナ、さん?」
呼んだ。
返事はない。
「ヒナさんっ!」
呼んだ。
返事はない。
「ヒナさんっ、ヒナさんっ、ヒナさんっ!!」
「アルト!」
マサトの声が聞こえてくるが、今は…今だけはこの現実を受け入れられない。
「ヒナさん、ヒナさんっ、なんで、なんでっ、僕が、僕がぁっ、」
涙が自然と溢れ出てきて止まらなかった。
「なんで、なんで、僕が、僕がっ、ヒナさんをっ、」
膝から崩れ落ちた。
塵の中に、顔を埋めた。
仄かにヒナさんの匂いを感じ更に現実がやってくる。
この塵の山がヒナさんなのだと。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ、僕が、僕のせいで、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
声が、割れた。
呼吸が、できなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ヒナさん、ごめんなさいっ!!」
「アハハハハっ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
白川の笑い声が、また響いた。
「そうだ、それだ、それが痛みだ!我々が感じてきた痛みを、今やっと君も理解できただろうっ!大切な人を失う痛みを!自分では何もできない無力感を!」
「……。」
「それが分かれば十分だよ。この痛みを持ったまま生きていけ、アルディス陛下っ!アハハハハっ!辛いのならこの場で死んでしまえっ!!!!!!!!!」
「うるさいっ!!」
マサトの怒鳴り声が響いた。
「アハハハハっ!」
殴られているのに白川の笑い声は止まらない。
「うるさいっ!!だまれぇっっっ!!!」
拳が、白川に飛んだ。
完全に不意をつかれた一撃だった。
白川が、吹き飛んだ。
壁に激突しそのまま、崩れ落ちた。
動かなくなりそのまま気絶していた。
マサトが、荒い息をしながら白川を見ていた。
「……アルトを笑うな。」
絞り出すような声だった。
「……大切な人が死んで、笑うやつがあるかっ!」
誰も何も言えなかった。
エミリさんが、俯いていた。
小林さんが、泣いていた。
リオさんが、目を閉じていた。
気絶した白川の顔が、さっきまで高笑いしていた顔が、今は泣いていた。
気絶しながら、泣いていた。
この人も、痛かったんだ。
ずっと、痛かったんだ。
胸ポケットからロケットが零れ落ち地面に落ちた衝撃でロケットが開かれ写真が顔をのぞかせる。
ヒナさんとヒナさんと似た女性の写真が。
「アルト。」
マサトが、僕の隣に来た。
「……っ、」
「アルト。」
「マサト、僕が、僕が、ヒナさんを、」
「……俺も見てた。」
「僕のせいで、ヒナさんが、」
「……アルト、聞け。」
「っ、」
「お前のせいじゃない。」
「でも、僕が神性魔力を使ったから、」
「……お前のせいじゃない。」
マサトが、もう一度言った。
「……分かるか。お前のせいじゃないんだ。」
「でも、」
「うるさい。お前のせいじゃない。お前、だけが悪いんじゃない。」
マサトが、僕の肩を掴んだ。
「……今は泣いていい。でも、諦めるな。」
「……諦める?」
「神埼さん。」
マサトが、リオさんを見た。
「田中を支えていてくれませんか。」
「……はい。」
マサトが立ち上がった。
鞄の中を探り始めた。
「マサト、何を。」
「アルト、お前、前に武田先生から何か貰っていなかったか。」
「……え。」
「…蘇生薬だよ。エリクシルって言ったか?先生が渡されたって言っていただろ?」
記憶が、蘇った。
武田先生が、笑いながら渡してくれた小さな瓶。
【保険だよ】
武田先生はそう言っていた。
「……ある、あるよ。」
「どこだ。」
「……僕の鞄の中の、内ポケット。」
エミリさんが動いた。
鞄を開けて、内ポケットを探った。
「……これですか。」
小さな瓶が出てきた。
透明な液体が、入っていた。
「……これ、時価数百億のやつじゃないですか。」
エミリさんが、震える声で言った。
「使います。」
「でも、」
「使います。」
エミリさんが黙って僕に蘇生薬を渡してくる。
僕は瓶を受け取り塵の前に戻った。
膝をつき瓶の蓋を空けようとするけど、手が震えていた。
「……ヒナさん。」
震えながら、瓶を開けた。
「……戻ってきてください。」
塵に、エリクシルを注いだ。
透明な液体が、塵に染み込んでいく。
しばらく、何も起きなかった。
「……?」
まだ、何も起きなかった。
「……ヒナさん。」
その時だった。
塵が、光り始めた。
淡く、温かく、光り始めた。
「……っ。」
光が、形を作っていく。
輪郭が生まれ色が戻ってきた。
そこに金色の髪が、現れた。
「……あ、」
ヒナさんが、そこにいた。
そぐそこに。
「ヒナさん。」
声が出なかった。
声を出そうとしたのに、出なかった。
ヒナが、目を開け部屋を見回した。
そして僕と目が合う。
「……アルト、くん。」
「……ヒナさん。」
「……うちは、どこに、いたの?」
「……僕の、傍にいましたよ。」
「……そっか、暗かったけど、とても温かかったんだ。」
「……よかった。」
「……アルト君、なんで泣いてるの?」
「……泣いてません。」
「泣いてるよ?」
「……泣いてません。」
「泣いてるじゃん。」
「……泣いて、ます。」
ヒナさんが、手を伸ばしてきた。
僕の顔に、触れた。
「……うち、大丈夫だよ。」
「……分かってます。」
「……じゃあ、なんで泣いてるの?」
「……分かりません。」
「……嘘つき。」
ヒナさんが、笑った。
いつものヒナさんの笑いだった。
もういることは無いと思っていたヒナさんの笑顔。
「……ありがとう、アルト君。」
「……こちらこそ。」
マサトが、また泣いていた。
「……よかった、本当に、よかった。」
小林さんも、泣いていた。
エミリさんは泣いていなかったが、その目が赤かった。
リオさんが、静かに息をついた。
部屋の隅で、白川が気絶していた。
その頬に、涙の跡があった。
「……お父さん。」
ヒナさんが、白川を見た。
「……寝てる。」
「……そうですね。」
「……なんで泣いてるんだろう。」
「……分からないです。」
ヒナが、少しの間、父親を見ていた。
きっと彼なりに葛藤があったのではないかと思う。
今回はたまたま彼の願いの方に秤が傾いてしまっただけで…。
僕はそう信じたい。
「……うちのお父さん、馬鹿だよね。」
「……そうかもしれないですね。…ヒナさんもバカですよ。最初から頼ってくださいよ…。」
「……うん。」
「……いつか、お父さんともちゃんと話せるかな。」
「……話せると思いま…いえ、ちゃんと話しましょう。」
ヒナさんが、また僕を見た。
「……アルト君。」
「はい?」
「……全部、話すね。今夜。」
「聞きかせてください。」
「……全部、だよ。」
「全部、聞きます。どんなに話が長くなったとしても。」
頭の奥で、アルディスの気配がした。
静かな、穏やかな気配だった。
――よかったね、有人。
「……はい。」
声に出た。
マサトが首を傾けた。
「また誰かと話してるのか?」
「……後で全部説明するよ。」
「絶対だぞ?」
「絶対に。」
今はヒナさんのこのぬくもりを放したくない。
でも、後でみんなにこれからのことをちゃんと相談しよう。
――やっと妾もまともに出れるかの?
――今回はダメだったわぁ。またの機会を伺うとしましょう。
面白いと思ったら、レビュー、コメント、フォロー、評価をお願いいたします!
とても、励みになります!




