第85話 痛み 4
「……やはり、そう簡単にはいかないようだね。」
白川の声がした。
振り返って白川を見ると手の中に、何かが握られていた。
それは黒い結晶だった。
あれは魔石だろか?いや違う、普通の魔石とは全然違う。
……色が、深すぎる。
光を吸い込むような、底のない黒さだった。
「……それは。」
「ダンジョンコアから採取された遺産だよ。」
白川が、静かに言った。
「数十年前、最初のダンジョンが出現した際に発見されたものらしい。その効果は、一言で言えば、魔物の強化及び魔物の作成。そしてこれは、人間に含まれる魔力の回路を強制的に書き換え、魔物の性質を付与することができる。」
「……それを、どうするつもりですか。」
「……娘には、使いたくなかった。だがね、私には全てを捨ててでも叶えたい宿願あるんだよ。」
白川の表情に、初めて苦しさが見えた。
本当に、使いたくなかった、とそれは、見ていれば分かった。
それならば、何で自分ではなくて自分の子供を使うんだっ!?覚悟があるなら他人を巻き込むのは間違っているよ……。
だけど、白川のその手が動いた。
黒い結晶が、砕かれた。
黒い粒子が空中に広がって、ヒナの全身を包んだ。
「……っ?」
ヒナが、声を上げた。
「ヒナさん!」
駆け寄ろうとした。
エミリさんが腕を掴んだ。
「……待ってください。」
「でも、ヒナさんがっ!?」
「近づいたら危険です。」
黒い粒子がヒナの全身に染み込んでいく。
ヒナの体が、変わり始めた。
肌の色が変わっていく。
薄っすらと、鱗のような模様が浮かび上がってきて目の色も、変わった。
茶色の瞳から、深い赤黒い色へ。
体格が、わずかに大きくなった。
「……あ、」
ヒナが、自分の手を見た。
「……何、これ。」
「ヒナさん!」
「……アルト、くん?何でここに?……っ、ここはどこ?」
ヒナが、こちらを見た。
既に洗脳が完全に解けているようで、この状況に混乱をしているようだ。
そして洗脳の代わりに、身体が変わっていた。
「……うちは、どうなって、いるの?」
「大丈夫です…大丈夫ですから。」
「……大丈夫じゃない気が、するよ?体が、うちのものじゃない、みたいで。」
「ヒナさん、僕の声を聞いていてください。僕の声だけを。」
「……う、うん。」
「まだ、聞こえていますか?」
「……聞こえてる、よ。」
「僕はヒナさんのそばにいますからね。」
「……うん。」
だが、どんなに慰めてもヒナさんの身体の変化は止まらなかった。
いや、むしろ先程よりも変化のスピードが早くなっているような……?
鱗の模様が広がっていく。
それに合わせ体格がさらに大きくなっていく。
目の色が、さらに深くなっていき理性の色が消えていく。
「……アルト、くん、こわい。うちは、こわい。」
「大丈夫です。絶対に大丈夫ですから…っ。」
「……助けて。」
「助けます。だから、もう少し――」
「……っ、あ、あ、体が、うちの体が、」
ヒナが、苦しそうに声を上げている。
魔物化が、加速しているのだ。
白川が、それを見ていた。
その顔に、勝利の色はなかった。
ただ、苦しそうに、自分の娘を見ていた。
自分でやっておいてそんな顔をするなんて絶対に許せない…。
「……白川さん。」
白川を見た。
「止める方法はありますか。」
「……アーティファクトによる魔物化を止める方法は、我々の知識では存在しない。」
「じゃあ、なぜそんなものを使ったんですかっ!貴方はヒナさんの家族でしょうがっ!?」
白川が、答えなかった。
「ヒナさんを、どうするつもりだったんですか。」
「……魔物化が完了すれば、あなたを排除する力になると。」
「自分の娘を、そのために?」
「……陛下を消せるのならばどうなろうともいい。娘であることは変わりないし、魔物化が完了しても、知性と記憶も残る。ただ、姿が変わるだけだよ。これが私が君たちに見せる覚悟と痛みだよ。」
「それは、人間としての人生が終わっている、と言うんじゃないんですかっ!?」
何が白川をこうさせる?
脅されでもしているのか?
白川が、初めて目を逸らした。
ヒナが、また声を上げた。
「……っ、アルト、くん、うちは、うちは、もう、」
「ヒナさん、聞いてください。」
「……聞いてる、聞いてるけど、体が、もう。」
「ルージュ、炎蛙出てきて。」
短槍とフランベルジュを握った。
槍の宝石とフランベルジュの刀身が、温かく光った。
「……ぬしさま。」「ぬし、呼んだ?」
「ヒナさんを助けたいけど、僕だけじゃダメだった…。何かできることは無いかな。」
少しの間があった。
「……あたしには分からない、でも。」
「でも?」
「……ぬしさまは、神威解放が使える。」
「今の状態で使えるかどうか。」
「……アルディスに聞いて。」
ルージュはアルディスを知っているの?
いや、今はそんなことはいい……。
僕は頭の奥に、語りかけた。
アルディス、聞こえる?
――聞こえているよ。
神威解放で魔物化を止められるスキルか魔法はある?
――僕の知識の中に魔物化なんてないんだ、ごめん。でも、可能性がある技はあるよ?
……っ!それに賭けたい…。
――もちろんリスクがある。記憶がさらに流れ込んでくるから、さっきよりも有人に負担が掛かるんだ。
構いません。
――本当に?
ヒナさんが助けられるのなら。
頭の奥で、アルディスが少し黙った。
――分かった。一緒にやろう。
全身の魔力が、動き始めた。
目から、紫紺が溢れ出してくる。
――ᛟ ᚨ ᚾ ᛞ ᚱ《遥かなる昔、一人の王は世界を背負った。》
部屋の空気が変わった。
――ᚠ ᛖ ᚱ ᚷ ᛚ《されど王は敗れ、民を護れず、祖国を失い、己すら失った。》
マサトが、後退した。
「……アルト、また倒れちまうぞ。」
マサト大丈夫だよ。
心配してくれてありがとう
――ᛋ ᛖ ᚾ ᚷ ᛁ《王冠は砕け、玉座は朽ち、英雄の名は歴史より消え去った。》
――ᛗ ᚨ ᚾ ᛁ ᚷ《王は逃げた。》
――ᚢ ᚱ ᛞ ᛟ ᚾ《過去から逃げ、責務から逃げ、己の罪から逃げ続けた。》
白川の顔が変わった。
「……何を、しているんだ。今更何かしたところで――」
――ᛖ ᚷ ᚨ ᛚ ᛟ《名を失い、記憶を失い、それでもなお終わることだけは許されなかった。》
――ᛒ ᛖ ᚱ ᚾ ᚨ《彷徨い続けた果て、王は一つの光に出会う。》
――ᛚ ᛁ ᚠ ᛖ ᚾ《それは剣でもなく、力でもなく、共に歩む仲間たちだった。》
ヒナが、こちらを見た。
魔物化が進む体で、それでも、その目でこちらを見ていた。
――ᛞ ᚨ ᚷ ᚱ ᛁ《共に笑い、共に傷付き、共に涙し、共に未来を願う者たち。》
――ᚨ ᛚ ᚷ ᛁ ᛉ《その温もりだけが、王の凍てついた心を再び動かした。》
――ᛏ ᛁ ᚹ ᚨ ᛉ《故にここに誓う。》
――ᛋ ᛟ ᛚ ᛟ ᚾ《二度と誰一人、この手から零さない。》
――ᚠ ᚱ ᛖ ᛃ ᚨ《二度と仲間を置き去りにはしない。》」
――ᛗ ᛁ ᛞ ᚷ ᚨ《二度と逃げる王ではいない。》
部屋全体が、光に包まれ始めた。
白川が、腕で目を庇った。
――ᛒ ᛚ ᛟ ᛞ ᛁ《我が血肉は盾となれ。》
――ᚺ ᛖ ᚨ ᚱ ᛏ《我が心は剣となれ。》
――ᛋ ᛟ ᚢ ᛚ ᚨ《我が魂は希望となれ。》
――ᚨ ᚾ ᛋ ᚢ ᛉ《天を統べる神々よ。》
――ᚱ ᚨ ᛁ ᛞ ᛟ《地を巡る精霊よ。》
――ᚲ ᛖ ᚾ ᚨ ᛉ《我が誓いを今ここに刻め。》
――ᛖ ᛁ ᚹ ᚨ ᛉ《過去を断ち切り、未来を切り拓くために。》
――ᚦ ᚢ ᚱ ᛁ ᛋ《世界よ見届けよ。》
――ᛟ ᚦ ᚨ ᛚ ᚨ《逃亡の王は、この瞬間に終焉を迎える。》
――ᛏ ᛁ ᚱ ᚨ ᛉ《ここより始まるは――守護の王。》
――ᚷ ᛖ ᛒ ᛟ ᛉ《我が全てを賭して紡ぐ聖戦を。》
――ᚨ ᚾ ᛋ ᚢ ᚱ ᚨ《神よ、人よ、世界よ――その目に焼き付けろ。》
――ᛋ ᛟ ᛚ ᛁ ᛞ ᚨ《これが我らの英雄譚。》
――ᛏ ᛁ ᚱ ᛉ《さあ――始めよう。》
――ᚷ ᛖ ᛒ ᛟ《僕たちの聖戦を。》
「――二次解放 神威解放」
――力の使い分けが出来てきたの!
――僕からしたらまだまだだけどね。
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