第8話 政府の人間とダンジョンへの進行
探索を終えて帰宅したら、玄関の前に人が立っていた。
スーツ姿の男が二人か。
見たことも無いほどいいスーツを着た歳は三十代くらい。
無表情で背筋が異常に伸びている。
「田中アルトさんですね。」
片方の男の人がそう尋ねてくる。
「…はい、そうですが…?」
「内閣府ダンジョン対策室です。少し、お話を伺えますか?」
僕はしばらく二人を見た。
「……今日は疲れたので、また今度でもいいですか?」
男たちが固まった。
「え、あの、田中さん、これ国家——」
「…明後日でどうですか。午後三時以降ならおそらく空いてます。」
「……は、はい」
「…よかった。では失礼します。」
僕は二人の間をすり抜けて、鍵を開けて家に入った。
ドアを閉めた後、廊下で少しだけ立ち止まり腰を落とした。
内閣府、か。
なんで僕の下に来たのか分からない、僕は何もしていないはず。
義父さん達に相談した方がいいのだろう…。
でも迷惑をかけてしまうかもしれない…。
もう、人が離れていくのは、耐えられない…。
今は、まだ秘密にしていよう…。
「ただいま。」
◇
翌朝、昨日と同じでヒナ達からメッセージが来ていた。
ヒナから:《今日の探索どうする?うちは第四層をチャレンジしてみたいな!》
サクラから:《昨日の碑文の件、少し調べました。また今度話をさせてください。》
そして、僕の知らない番号から一件。
《はじめまして。神崎リオといいます。私は、昨日の田中さんの配信、全部見ました。一度お会いしたいです。明日お時間を頂けないでしょうか?》
僕は三通をしばらく眺めた。
知らない人からメッセージが来るのは、これまでで初めてだった。
とりあえずヒナに「やってみましょう。」と返した。
サクラには「よろしくお願いします。」と返した。
神崎リオという人には……少し考えて、「ありがとうございます。考えておきます。」と返しておいた。
人付き合いは得意ではないが、無視するのも悪い気がしたので。
◇
渋谷ダンジョン入口、今日もヒナとサクラが待っていた。
サクラが僕を見るなり、手帳を開いた。
「アルト君、碑文の話、いいですか?」
「…はい。」
「渋谷ダンジョンの碑文は、8年前の出現当初から研究者が調査しています。使用されている文字体系は既知のどの言語とも一致しない。解読不能として報告書に記載されています。」
「…それは知りませんでした。」
「加えて、碑文の内容が変化した事例は、今まで一件も報告されていません。」
サクラが手帳から目を上げた。
「今アルト君が入るたびに、文字が増えてますよね?」
「……そうかもしれません。」
「何か心当たりはありますか?」
僕は少し考えた。
正直に言うと変な人だと思われるかもしれない。
だけど、昨日今日でサクラはすでに僕のことを石碑が読めることを疑っていた。
もう正直に話してしまった方がいいのかもしれない…。
「夢を見るんです…。」
「夢ですか?」
「石造りの城。俺が知らない言葉を話す人たち。足元で丸まる何か。そして、空の色が、日本と少し違う感じで…。」
サクラが止まった。
「……毎晩ですか?」
「ダンジョンに入り始めてから、毎晩見ています…。」
ヒナが横で聞いていた。真剣な顔をしていた。
「…アルト君」
「…はい」
「…それは、夢じゃないかもしれません。」
僕は何も言わなかった。
3日連続で同じ夢を見てそうかもしれない、と薄っすら思っていたから。
「今度時間がある時にでも教えてください。」
◇
「ヒナさん今日は撮影しないんですか?」
そう言ったのは、いつもならスマホを構え撮影をしているところだが、今日のヒナはスマホを構えていなかったからだ。
「うちの目標って昨日の第三層のゴーレムだったんだ。だから、これからは、配信じゃなくて、胸に付けているgoproで撮影したものを投稿していこうかなって思って。」
「それでも動画投稿はするんですね…。」
「なんかもう動画投稿が慣れちゃったんだよねぇ~。」
そんな話をしていたら第四層への階段を発見した。
第四層への階段を下りた瞬間、空気がまた変わった。
第三層より重く第二層より濃い。
光苔の青白い光が少なくなり、代わりに壁が薄く赤みを帯びていた。
ヒナが足を止めた。
「……ここから先、四層はうちも来たことないんだ。」
「そうなんですか?」
「第四層は《フレイムリザード》の生息域で炎属性の爬虫類型魔物。群れで行動して、接近戦を仕掛けてくる。難度はボスなしでもB+らしくてさ、うちだけじゃ対応しきれなくて…」
「…なるほど」
「今の最高階層は四層なんだよ?」
「来てしまってよかったんですか?」
「アルト君がいるから来たんだよ?」
僕は特に返事をせず、通路を歩き始めた。
どんな反応をすればいいのか分からなかったから。
後ろでサクラが小声でヒナに言っていた。
「ヒナ、依存しすぎじゃない?」
「依存してない。信頼してるだけ!」
「顔が赤くない?」
「…赤くないし。」
「第四層、まだ一歩も入ってないけど?」
僕は聞こえていたが、聞こえないふりをして歩き続けた。
それが一番平和だと学んだ、この三日間で。
◇
《フレイムリザード》は、思ったより速かった。
全長二メートル弱の爬虫類型魔物。
表皮が赤橙色で、体温が高いのか周囲の空気が歪んで見える。
鋭い爪と牙、そして口から細い炎を吐く。
十体が、一斉に来た。
ヒナが横に跳び、サクラが後退した。
僕は立ったまま、一体目の突進を右手で受け流した。
勢いをそのまま利用して、背後の壁に叩きつける。
二体目が炎を吐いた。
…見える。
炎から僅かに魔力のようなものを感じ取り、僕は顔の前でナイフを振るった。
すると炎が、真ん中から分断された。
「……えっ?」
ヒナの声が聞こえた。
三体目、四体目が両側から来た僕は右に半歩ずれて、一体の首根っこを掴み、もう一体の頭に押しつけた。二体同時に地面に叩きつけた。
残り六体が止まった。
俺はゆっくり振り返って、六体を見た。
「……あとは、どうしますか?」
誰に言ったわけでもなかった。
強いて言えば、リザードたちに向かって言った。
六体は三秒固まって、一斉に固まった。
その隙にヒナさんがフレイムリザードを後ろからとどめを刺した。
他五体は炎の熱が残ったナイフに力を込めて全力で振るった。
すると、ナイフの先端から斬撃が飛んだ。
「gugya!」
五体のフレイムリザードをまとめて切断する。
「……斬撃を飛ばせた?」
「っすご!」
「…今の何ですか?」
僕のナイフは魔力の伝導率が高いと以前ヒナさんが言っていたから、フレイムリザードの炎に魔力が宿っていたのでそれを利用してナイフを振ってみたらナイフに残った魔力が斬撃として飛んだようだった。
「ミスリルのナイフをそんな風に使える人なんて聞いたことないよ!」
「…ありがとうございます。」
「でも、これで四層クリアの証明ができるね!」
そう言って僕たちはフレイムリザードの亡骸から討伐証明をはぎ取った。
フレイムリザードの討伐証明は、爪と鱗だった。
僕は解体が出来ないので、どうしたものかと考えていたが、サクラがこのパーティーの解体師を担っている様だった。
◇
帰り際、また碑文の前を通った時に僕は気づいた。
…文字が、また増えてる。
——《帰還者よ、門はまだ開いている。汝が思い出す時、すべてが始まる。鍵は、汝の血の中にある》
僕は立ち止まり三秒、その文字を見た。
ヒナとサクラは少し後ろで話していて、こちらを見ていなかった。
鍵は、汝の血の中にある?
血の中?
僕の目が熱くなる。
血の中?体内の中ってこと?僕は一体何なんだ…。
でも、さっきヒナさん達には見えていないものが僕には見えていた。
炎を払ったとき、一瞬だけ、魔力のようなものが見えた。
炎の中に紫色の煙みたいなものが紛れていた。
それは夢の中で見た空の色と同じ色だった。
「アルト君、行ちゃうよ~?」
ヒナの声がした。
「…はい、今行きます。」
僕は今見たものを胸にしまい込みヒナの後を追った。
——思い出す時、か。
いつ思い出すのか、僕にはまだわからなかった。
ただ、それが遠くない気がしていた。
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