第79話 強制睡眠《スキル:スリープ》
翌日の放課後、リオさんに連絡を入れた。
『渋谷の件で、知らない番号から連絡が来ました。直接会って話したいと言っています。正直、一人だと怖くて頼れる人もいないため、同行してもらえませんか?』
返信はやっ。
『分かりました。問題ありません。どこですか?』
場所を伝えた。
渋谷ダンジョン近くの、公園の入口。昨日の電話で指定された場所だった。
一応…ヒナさんにも言っていた方がいいよね?
『今日の放課後、渋谷に行きます。おそらく例の件で知らない番号から連絡が来て、直接会って話したいと言われています。リオさんと行くつもりです。』
しばらく待ったが、既読がつかなかった。
動画配信を再開しているようだし忙しいのかもしれない。
『ヒナさん、読んでいたら連絡ください。』
それでも返信がなかった。
いつも授業中でも、休み時間には返信をくれるのに。
少し引っかかったが、時間が迫っていた。
リオさんとの待ち合わせを優先することにした。
◇
リオさんは、約束の時間より早く来ていた。
「田中さん、昨日の電話の詳細を教えてください。」
開口一番だった。
歩きながら、昨日の電話の内容を話した。
知らない番号、田中さんの安全に関わる話、渋谷のダンジョンの近くに来てほしいという要請。
リオさんは黙って聞いていた。
「……相手が誰かの見当はありますか?」
「……それが、ないんです。白川グループとは断絡しましたが、その後すぐに別番号から来たので、それが関係あるかもしれません。」
「白川グループから断絡した後に、担当の方ではない別番号で?」
「はい。」
「……嫌な印象ですね。断ってすぐに連絡があるなんて…。」
「そうなんです。でも、安全に関わると言われると無視もできなくて。」
「来た方がよかったと思います。状況を確認しないまま動かれるより、こうして確認に来る方がいい。」
リオさんが、静かに言った。
「……その、ありがとうございます。」
「いえ。ただ、何かあればすぐに走って逃げちゃいましょう。」
「はい…えっ?」
公園の入口が見えてきた。
木が並んでいて、夕方の光が差し込んでいた。
「……田中さん、あそこに誰かが。」
見ると、公園の入口近くのベンチに、人が座っていた。
女性のようだった。
「……っ。」
見覚えのある横顔だった。
金色の髪が、夕日を受けて輝いていた。
「ヒナさん?」
思わず声に出た。
なんでここに?
さっき連絡が取れなかったのに。
ヒナさんが先に来てくれていたのかな?
でも、詳細な場所を教えていなかったような?
「ヒナさん!」
駆け寄った。
ヒナさんが、ゆっくりとこちらを向いた。
表情が、少し変だった。
いつもの笑顔ではない。
焦点が、少しぼやけているような。
「……アルト、君。」
声がゆっくりだった。
「どうして……ここに?」
「ヒナさんこそ、なんでここに…いえ、連絡が来なかったから心配してました。」
ヒナさんが、口を開きかけた。
その瞬間――
ぐらっと視界が揺れる。
眠気でも痛みでもない。
ただ、意識が薄くなっていく感覚だった。
「……っ、何だ、これ。」
立っていられなくなった。
膝が、地面に向かっていく。
「田中さん!」
リオさんの声が、遠くなった。
「……アルト、君。」
ヒナさんの声も、遠くなった。
視界が、どんどん暗くなっていく。
こ、れは、スキル、か?
誰かのスキルが、意識を奪っていく。
ヒナさんも、ここに誘き寄せられたのか?
ヒナさんは大丈夫なのだろうか?
最後にそう思った。
◇
目が覚めた時、天白い天井が見えた。
ここは……?
どうやら建物の中だった。
車の中でも無いようだし、どのくらいの時間眠っていたんだ僕は。
「……っ。」
起き上がろうとして、動けないことに気づいた。
椅子に座っていた。手が後ろで拘束されている。
「目が覚めましたか。」
西条の声が聞こえる。
いつものスーツ姿で、部屋の隅に立っていた。
「……ここは。」
「白川グループの社屋の一室です。ご安心ください、乱暴なことはしません。今のところは。」
「……リオさんは?」
「隣の部屋にいます。彼女も同様の状況ですが。」
「……何が目的なんですか?」
「ご説明しましょう。」
西条が、僕に近づいて来る。
「田中さんに、もう一度、碑文を読んでいただく必要があります。」
「……断りましたよね。」
「はい。ですから、このような形を取らざるを得なくなりました。」
そこまでして碑文を読ませる必要があるの?
リオさんまで巻き込んでまで……。
「……強制的にということですか?」
「そうなってしまいましたね。」
西条が、淡々と言った。
それがより一層僕の恐怖心をくすぐる。
「今回お読みいただきたい碑文は、渋谷ダンジョン第六層にあります。第六層の碑文は、これまでのものと質がかなり異なります。それを田中さんに読んでいただく必要があります。」
「……なぜ僕でなければいけないんですか?」
「碑文は、特定の人間にしか読めないのです。今のところ田中さん以外の人間が試みましたが、碑文は反応しませんでした。」
「……つまり、僕でなければいけない理由がある。」
「はい。」
西条は、何も隠さないようだけど、全ては話していないようだった。
だけど、説明を急いでいるようにも感じる。
「神崎さんも同行させていただきます。碑文を正確に読んでいただく必要がありますし、田中さんが拒否した場合、彼女の身の安全を保証できません。」
「……脅しですね、そんなことまでするんですか?」
「あなた次第ではありますがね。」
ヒナさんの情報はなし、か。
あの場から逃げれたのかな…。
「……分かりました。行きます。」
西条の目が、見開かれる。
「……素直ですね。」
「……リオさんを巻き込んでしまったので。」
そうだ、また僕のせいで誰かが傷ついてしまう。
それなら僕は、この人の言うことを聞くしかないじゃないか……。
「……なるほど。」
拘束が外される。
立ち上がると、隣の部屋のドアが開いた。
リオさんが出てきた。顔色が悪かったが、怪我はしていないようだった。
「……田中さん、大丈夫ですか?」
こんな状態でも僕の心配をしてくれるのかこの人は…。
「……はい、大丈夫です。リオさんは?」
「……大丈夫です。」
リオさんが、静かに僕を見た。
その目が、何かを確認するような目だった。
「ヒナさんは?」
「別室にいます。今回の探索には同行させませんがね。」
ヒナさんを人質にした上で、僕とリオさんを連れていくつもりなのか?
「……分かりました。」
まだ、外は夜で時間間隔が取れなくて、どのくらい気絶していたのか分からなかった。
渋谷ダンジョンへ向かう道を、西条に先導されて歩いき、後ろに、スーツ姿の男が二人、ついてきていた。
「田中さん。」
リオさんが、小声で言った。
「……はい。」
「第六層の碑文、読んだことはありますか?」
「まだないです。第六層なんて。」
「父の資料に、第六層に特別な碑文があると書いてありました。父が潜ったことがある深度は第三十層だったはずですが、第六層の記述だけ、他と書き方が違ったようです。」
「……どう違ったんですか?」
「……手で触れる装置があるそうです。父もそのことにはあまり書いていなくて…。」
リオさんの声が、少し震えていた。
「……一緒に見ましょう。」
「……はい。」
渋谷ダンジョンの入口が、見えてきた。
夜のダンジョンは、昼間より空気が重い気がする。
六層への階段を下りながら、考えていた。
碑文を読まされた後、西条は何をするつもりなのだろうか?
「安全に関わる話がある」と電話をかけてきた人間は、西条だったのか?それとも別の人間なのか?
ヒナさんは、今どこにいるんだろう?
……考えることが多すぎる。
五層を抜けると、六層への降り口が見えた。
「こちらです。」
西条が、先に入った。
六層の空気は、これまでのどの層とも違った。
……古代遺跡?それか、神殿跡地だろうか?
渋谷ダンジョンでここまで潜ったことのない僕は溶岩エリアより先をまだ見たことは無かった。
第六層は苔に覆われた古代神殿みたいな階層で神秘的な雰囲気に飲み込まれてしまいそうになる。
「……あそこです。」
西条が、指差した。
通路の奥の壁に、それはあった。
これまでの碑文と、確かに違った。
大きさが違うし、文字の密度が違う。
壁全体に、びっしりと何かが刻まれていた。
そして、文字の下にはちょうど手の平サイズの〇《円》が描かれていた。
「……。」
近づいていく。
文字が見えてきた。
やっぱり読める。
読めるけど、量が多い…。
これまでとは比べ物にならないほどの、文字の量だった。
「では田中さん、お願いします。」
――あぁ、あやつが目覚めてきておるなぁ。
――有人のことは、ちゃんと僕が守るよ?
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