第78話 二度目の依頼《セカンドクエスト》
メールが来たのは、月曜日の朝だった。
差出人は、西条だった。
『先日はありがとうございました。
追加の調査依頼がございます。
今回も渋谷ダンジョン第六層の碑文確認をお願いしたく、ご都合のよい日程をお知らせください。
報酬は前回の1.5倍でご用意しております。』
朝食を食べながら、スマホの画面を見ていた。
1.5倍…。
前回でも目を疑うような金額だったのに、それを超えてくるのか。
義父さん達に少しでも孝行したいと思う気持ちからすぐに承諾してしまいそうになるが、先週渋谷を出た後のヒナさんの言葉が頭から離れなかった。
『これ以上続けないで。』
何でかは分からないけど、ヒナさんのあの目が、本気で何かを訴えていたのを感じた。
それに、第六層なんてまだ僕は到達出来ていない…。
正直一人だったら行けるかもしれない。
でも、今の僕には、一瞬に頑張ってくれる仲間がいるから…。
返信しようとスマホを開いていたけど、止めた。
まず、ヒナさんに話した方がいい、そんな気がする。
◇
学校で、ヒナさんを探した。
先輩の教室に行くのは少し気が引けたが、朝のうちに捕まえておかないと放課後まで話せない。
廊下で待っていると、ヒナさんが友達と話しながら歩いてきた。
「……ヒナさん、少しいいですか?」
ヒナさんが、友達に「先行っといて」と言って立ち止まった。
「どうしたの?朝から。」
「白川グループから、また依頼の連絡が来ましたので一応相談しようと思って…。」
ヒナさんの表情が、一瞬固まった。
「……また?」
「はい。今度は六層以降の調査で、報酬は前回の1.5倍だそうです。」
「……断った方がいいと思う。」
何とも歯切れが悪く断言はしてくれないヒナさんに靄っとしながらも僕は話を続ける。
「理由を聞かせてもらえますか。先週も聞きましたが、もう少し教えてもらえると判断しやすくて。」
ヒナさんは、廊下の壁に視線を向けた。
何かを考えているような、何かを選んでいるような顔だった。
それから、僕を見て真っすぐに話し空けてきた。
「……アルト君、信じてほしいんだけど。」
「…はい。」
ごくり…っ。
「あの依頼、罠だと思うんだ。」
「……どうして、ですか?」
正直僕に罠なんかを仕掛けても意味があると思えないのだけど…。
「うまく言えないけど、絶対に罠だよ。碑文の内容を報告させて、それで終わりじゃない。もう一つ、目的があるだよ。」
「……もう一つの目的、というのは…?」
ヒナさんが、少し唇を噛んだ。
「……ごめん、言えない。でも、あの会社は信用しないで。…お願いっ!」
その言葉が、嘘じゃないのは分かった。
でも、こんなに止めてくれるのに理由を話してくれないんだろうか?
「……ヒナさんは、白川グループのことを知っているんですか?」
「……少し。」
「少し、というのは?」
「……調べたことがある。それだけ。」
視線が、少し揺れた。
……これは嘘だ。
ヒナさんが嘘をつかれたのは初めてだった。
いつも、全部を話さないことはあっても、嘘はつかなかった。
「……分かりました。」
「え?」
「ヒナさんがそこまで言うなら、今回は断ります。」
ヒナさんが、少しだけ目を丸くした。
正直ヒナさんに嘘をつかれたのは、少し…いや、かな悲しいけど、僕のことを慮って嘘をついてくれたのは分かった。
だから、僕はヒナさんを信じようと思う。
「……理由も聞かないで?」
「……ヒナさんが言えないなら、理由があるんだと思うので。」
「……それでいいの?」
「よくはないですけど、今は。」
ヒナさんが、何か言いかけて、止めた。
それから、小さく頷いた。
「……ありがとう。」
「いえ。それより、ヒナさん。」
「うん?」
「何かあったら話してください。一人で抱えなくていいので。」
ヒナさんが、また固まりその瞳に、何かが浮かんだ。
泣きそうな、でも泣かない、そういう目だった。
「……うん。覚えておくよ。」
それだけ言って、教室の方へ歩いていった。
◇
断りのメールを送った。
『先日はありがとうございました。
今後の依頼についてはお断りさせていただきます。
ご縁があればまた機会を。
田中アルト』
送信ボタンを押して、スマホをポケットに入れる。
授業が始まる前の教室で、窓の外を見ていた。
ヒナさんが何を知っているのだろう?
白川グループが何を目的にしているのだろう?
依頼のもう一つの目的とは?
全部、まだ分からないことが多すぎる。
でも、分からないなりに、今は動かない方がいいと思った。
先生がいれば相談できたのに、と思った。
早く退院してきてくれないだろうか。
あっ、チャイムが鳴った。
そろそろ授業が始まる。
◇
その日の放課後だった。
今日の探索の渋谷ダンジョンの帰り道を歩いていた。
マサトが隣にいて、今日の探索の話をしていた。
「……あのシャドーウルフ、めちゃくちゃ素早かったな。」
「そうですね。三層なのに動きが違いました。」
「季節で変わるのかな…?」
「どうなんだろうな。佐藤さんは何か言ってたか?」
「魔力濃度の変化で活性化することがある、って。」
「なるほどな。」
その時、スマホが振動した。
見ると、知らない番号からの電話だった。
「……誰だろう。」
とりあえず出てみるけど、詐欺だったら切ればいいか。
『田中アルトさんですか?』
まったく知らない男性の声だった。
「……はい、そうですが。」
『今日の午後、どちらにいらっしゃいますか。』
いきなりなんだこの人…。
「……今は帰宅中ですが、何かご用でしょうか。」
『少しお時間をいただけます?。直接お会いしてお話ししたいことがあります。渋谷の、先日ご一緒した場所の近くまで来ていただけますか。』
「……どちら様ですか?」
無視!?自分勝手すぎ――
『貴方の安全に関わる話です。』
僕は少し間を置いた。
「……今夜は難しいです。」
『明日でも構いません。ただ、急ぎの話です。』
「……折り返し連絡します。」
電話を切った。
マサトが、隣で僕を見ていた。
「……なんか、様子おかしいぞ?」
「知らない番号から電話が来てさ。」
「何て言ってたんだ?」
「……僕の安全に関わる話があるって。」
マサトが、表情を変える。
「……それ、詐欺かなんかか?」
「分からない。けど、相手の口調では僕のことを知っている人みたいなんだ。」
そう電話先の相手は、名指しそれも僕の電話番号に電話を掛けてきていた。
「白川先輩に注意された例の白川グループの依頼のやつか?先輩はかなり怪しんでるって言ってたみたいじゃんか。でも断ったんだろ、その依頼。」
「…うん、今朝に断ったよ。」
「でも、それしか思い浮かばないんだろ?…即日、別番号からそういう連絡が来るって。」
マサトが、歩きながら言った。
「……絶対ろくでもない話だろうな。」
「……そうかもしれない。」
「一人で行くなよ。」
「うん。」
「……本当に一人で行くなよ?」
「分かってるよ。」
「……アルト。」
マサトが、珍しく真面目な顔をした。
「最近、先輩もなんか様子おかしいし、お前にも隠してること多そうだし、何かあるなら言えよ。」
「……まだ、はっきりしてないことが多くて。」
「はっきりしてから遅いだろ。」
その言葉が、刺さった。
「……分かった。まとまったら話すね。」
「絶対だぞ?」
「…うん、ありがとう。一人では行かないようにするよ。」
それならば誰と一緒に行くべきか…。
――全く、あの先生とやらは何をしておるのじゃっ!
――先生を責めちゃいけないの。
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