第75話 白川グループの話
次の日、公休を貰い指名斡旋の依頼主の所へ訪ねることにした。
大崎駅を降りると、高層ビルが並んでいた。
品川と五反田の間に位置するこのエリアは、大企業の本社が多く集まっている場所だ。
ダンジョンが出来てからは、特にダンジョン関連の会社がここに移ってきたらしい。
白川グループの本社ビルは、すぐに分かった。
大崎駅から徒歩三分、ガラス張りの外壁が陽光を反射している高層ビルで、入口の前には白川グループのロゴが刻まれた大きなプレートがあった。
ヒナさんには、今日どこへ行くか話していなかった。
いや、正確には、話せなかった…。
理由は分からないけど、白川グループと聞いた時のあの表情を、思い出してしまうから。
「……行くか。」
一人で呟いて、自動ドアをくぐった。
◇
受付は、一階のロビーにあり、天井が高く、吹き抜けになっている。しかも、床は大理石で、高級感があった。
こんなところ初めて来たよ…。
僕が指名されて問題なかったのだろうか?
受付には、制服を着た女性が三人並んでおり、オドオドしながらも声を掛ける。
「……あの、田中アルトと申します。先日、担当者の方からご連絡をいただいたのですが。」
「少々お待ちください。」
受付の女性が端末を操作した。
「田中アルト様、ご予約確認できました。担当の者がご案内いたします。」
しばらく待つと、廊下の奥からスーツ姿の男が歩いてきた。
30代半ばだろうか。
顔立ちは整っていて、動きに無駄がない。
笑顔だけれど、笑顔の奥に何を考えているのか分からず身を少し引いてしまう。
「田中アルト様ですね。お待ちしておりました。担当の西条と申します。」
「よろしくお願いします。」
「こちらへどうぞ。」
エレベーターで、上層階へ向かった。
西条という男は、エレベーターの中でも当たり障りのない話をしてきた。天気の話とか、ダンジョン業界の話とか、若い冒険者が増えていることについての話、僕は相槌を打ちながら、この建物を観察していた。
廊下のあちこちに、社員が歩いていた。
みんな足が早く少しせわしなさを感じてしまう。
社会人ってこんな感じなのかな…。
エレベーターが止まった。
「こちらです。」
通された部屋は、会議室だった。
窓が大きくて、大崎の街並みが見えている。
テーブルの上に水が置いてあって、向かいの椅子に西条が座った。
「改めまして、本日はお越しいただきありがとうございます。」
「……こちらこそ。それで、依頼の詳細を教えていただけますか?」
「承知しました。では、単刀直入にお伝えします。」
西条が、薄いファイルをテーブルに置いた。
「今回の依頼は、渋谷ダンジョンの特定区画における調査です。具体的には、第三層から第五層にかけての構造変化の確認と、特定の碑文状の構造物の記録です。」
「……碑文、ですか。」
「はい。弊社の研究部門が、渋谷ダンジョンに碑文が存在することを把握しています。ただ、読解できる人材が社内にはいません。田中様は、碑文を読める希少な冒険者だとの情報を得ていましたので、今回指名させていただいた次第です。」
「……どこでその情報を?」
「調査の過程で。」
西条が、にこやかに言った。
その答えが、とても引っかかった。
調査の過程で、という言葉は、何も言っていないのと同義だ。
「……報酬はどのくらいですか。」
「これが提示額になります。」
紙が差し出された。
見た瞬間に、目を疑った。
桁が、想像していたより一つ多かった。
「……これは。」
「冒険者ランクに見合わない金額であることは承知しています。それだけ、弊社が重視している依頼ということです。」
「……碑文を読むだけですか。」
「はい。記録して、内容を弊社にご報告いただくだけで構いません。危険な戦闘は伴いません。」
「……少し考えさせてください。」
「もちろんです。ただ、回答は今週中にいただけると助かります。」
西条が立ち上がった。
「ご検討よろしくお願いします。何かご不明な点があれば、いつでもご連絡ください。」
「……はい。」
案内されて、会議室を出た。
廊下を歩きながら、考えていた。
碑文を読んで、内容を報告する。
それだけ、と西条さんは言っていた。
でも、どうして白川グループが碑文に興味を持っているのか?
どうして僕が碑文を読めると知っているのか?
調査の過程で、という答えは、何も説明していない。
だって、僕は最初の配信に映ってしまったとき以外は、身近な人にしか読めることは分からないはずなんだ。それとも、黒沢さん達が情報提供を行ったのか?
…いや、それなら調査なんて言わないよね…。
考えれば考えるほど、怪しく思えてしまう。
でも、あの金額を貰えるのなら多少怪しくても受ける価値はあるのかな…。
エレベーターを待っている間、廊下の奥のドアが少し開いていた。
会議をしているらしく、複数の声が聞こえてきた。
「……田中の件、どこまで進んでいる。」
声が聞こえた。
「来週中には動けます。渋谷への誘導も、依頼という形で自然に完了しました。」
「問題ない。あとは実行するだけだ。」
エレベーターのドアが開いた。
僕は中に入って、ボタンを押した。
ドアが閉まった。
田中の件?僕のこと?でも、田中なんて苗字珍しくなんてないしなぁ。
渋谷への誘導?…碑文の記録のこと…?
依頼という形で自然に完了した。――っ!?
「……っ。」
額から、汗が伝い落ちる。
チーン
一階に着いた。
僕は自動ドアをくぐって、足早に外に出た。
外に出ると大崎の街が、変わらず明るかった。
よかった…囲まれているわけではなかったようだ。
もしかしたら、僕のことじゃないかもしれないし…。
なのに、足元がどこか心許なかった。
誘導、という言葉が消えなかったのだ。
依頼は、本物の依頼じゃないかもしれない。
渋谷ダンジョンに僕を連れて行くための、口実かもしれない。
スマホを取り出した。
連絡しようとして、止まった。
誰に連絡するか、考えた。
マサトに言えば、飛び込ん来てくれるだろうし、エミリさんに言えば、僕にはない視点で分析してくれるけど危険に巻き込んでしまう。小林さんは…ダメだ一緒に巻き込まれる未来しか見えない…。
ならば、先生ならどうだ?
武田先生は、いま日本にいるだろうか?
伊藤先生は…まだ入院中だった。
クソっ!あのパチンコ中毒者め…。
「……。」
いや、まだいる…。
ヒナさんに連絡しようとして、また止まった。
あの人の名前が、昨日見た書類に書いてあった。
依頼主:白川グループ代表 白川 貴之
白川…?
そういえば、ヒナさんの苗字の苗字も白川だったような。
いや、考えすぎかもしれない。
白川という苗字の人間は他にも大勢いる、はず。
でも、碑文を読んだ時のヒナさんのあの表情が浮かんだことと何か関係があるのだろうか?
依頼主を聞いた時の、あの手が震えていたし…。
僕はスマホをポケットに入れ大崎の駅へ向かって、歩き出した。
考えながら、歩いていく。
答えは、まだ出てこなかった。
――どうしようもなくなったら、我を呼べ。
――いや、わたしを、呼んで?
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