第69話 退院、そして日常へ
僕の入院は、たったの3日間だった。
神威解放の反動と魔力の枯渇による緊急搬送。
エミリさんが付き添ってくれて、点滴を打たれて、ひたすら眠って、気づいたら3日経っていた。
先生の方は、もっと重傷だった。
脇腹の損傷に加えて内臓へのダメージもあったらしく、二ヶ月の入院が決まったと聞いた時は、さすがに血の気が引いた。お見舞いに行った時、先生はベッドの上で漫画雑誌を読みながら「暇だから早く来い」とパチンコ雑誌も持ってきてほしいと真顔で言っていた。重傷者の発言とは思えなかった。
「先生、まだ起きるのも辛いんじゃ。」
「平気だ。寝てるだけの方が辛い。」
「……分かりました、今度持ってきます。」
「助かる。あと五千円——」
「それは病院代に使ってください。」
そんなやり取りをして、僕は学校に戻った。
◇
3日ぶりの教室は、いつも通りだった。
それが逆に変な感じがした。あれだけのことがあったのに、世界はちゃんと動いていて、教室には朝の光が差し込んで、誰かが寝坊して走ってきて、誰かが宿題を写させてもらおうとして断られている。
「アルトっ!」
教室に入った瞬間、マサトが駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?もう動いて平気なのか!?」
「うん、もうすっかり。」
「すっかりって、お前ヘカトンケイル戦の後白目剥いて倒れたんだぞ。普通もっと長引くだろ普通…。」
「……自分でもよく分からないけど、回復が早かったみたい。」
「お前の身体、どうなってんだ。」
マサトが本気で心配そうな顔をするので、なんだか申し訳なくなった。
「アルト君、おかえり〜!」
小林さんが手を振りながらやってきた。
「もう傷とか痛くない?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「よかった~。」
エミリさんも教室の入り口で立ち止まって、僕を見ていた。何か言いたそうな顔をしていたけれど、結局何も言わずに、ただ小さく頷いた。それが、逆に安心感を与えてくれた。
放課後、いつものメンバーで集まった。
机を囲んで、誰からともなく100層での話になった。
マサトが興奮気味に話して、小林さんが相槌を打って、エミリさんが冷静に補足する、いつもの流れ。
「……それで、結局これからどうするんだ。」
マサトが言った。
「あの宝魔槍も、炎蛙の魔石も、お前が持ってるままだろ?」
僕は鞄から、宝魔槍と、あの結晶を取り出した。
赤黒いのに中心だけが白く輝く、あの不思議な魔石。テーブルの上に置くと、教室の窓から差し込む光を受けて、静かに輝いた。
「……どうしよう、これ。」
「鑑定とか、しなくていいのか。」
「鑑定してもらおうとは思ってるけど。」
エミリさんが、その結晶をじっと見つめた。
「……普通の魔石の鑑定では、対応できないと思います。」
「ですよね……。あっ、アクリさんのところに持っていってみようと思います。」
「アクリさん?」
「いつもお世話になってる、アクセサリーショップなんですよ。」
「……アクセサリーショップに持っていくんですか?」
アクリさんは、僕がいつも武器の手入れやちょっとした加工をお願いしている職人さんだ。前にナイフを購入した時からあまり時間は立っていないけど、また行ってみよう。
「武具でもお世話になっているんですよ?」
「おし!じゃあ、行ってみるか。」
マサトが言った。
「…えっ、今から?」
「善は急げだろ?」
◇
アクリさんの店は、学校から歩いて20分ほどの場所にあった。区役所からしか行ったことなかったけど、学校からだと意外と近かったようだ。
「おう、アルトじゃねぇか。」
カウンターの奥から、アクリさんが顔を出した。
「久しぶりですアクリさん。」
「久しぶりって、お前先々週も来てなかったか?」
「あ、そうでした。」
「で、今日は何の用だ?」
僕は宝魔槍をカウンターに乗せた。
それから、炎蛙の魔石も。
アクリさんの目の色が、一瞬で変わった。
「……おいおい。」
「はい?」
「これ、どこで手に入れた。」
「新宿ダンジョンの、深いところで。」
「深いって、どれくらいだ。」
「……100層です。」
アクリさんが、無言で僕を見た。それから、宝魔槍を手に取った。慎重に、まるで赤ん坊を扱うみたいに。
「……こいつは。」
「ルージュって呼んでます。中に意思が宿ってて――」
「意思が宿ってるだぁ?そいつぁ意志武器じゃねえか…。」
アクリさんの声が裏返った。
「お前、こんなとんでもない代物、普通にカウンターに置くんじゃねぇよ……。」
「す、すみません。」
アクリさんはしばらく宝魔槍を観察してから、今度は炎蛙の魔石を手に取った。
その瞬間、アクリさんの表情が変わった。
職人の目になった。
「……それにこの魔石。」
「はい。」
「相当な個体のものだな。それも、複数の個体が混ざり合ってるような気配がする。」
「実は、そうなんです。」
すごいなこの人。見ただけで分かるんだ…。
今更だけど、なんで言ってはアレだけど、こんなお店で働いているんだろう…。
僕は手短に、ヘカトンケイルとの戦いを説明した。アクリさんは黙って聞いていたけれど、話が進むにつれてだんだん顔色が変わっていった。
「……お前、何やってんだ本当に。」
「すみません。」
「謝る前に説明しろよ…いや、もういい。聞いた。聞いちまった。」
アクリさんはため息をついて、魔石を光にかざした。
「……この魔石、提案がある。」
「なんですか?」
「これを使って、短剣を打たせろ。」
「短剣ですか?」
「炎の性質を持った魔石だ。これだけの魔力密度なら、相当な業物になる。それに、これには、特殊能力がつく可能性がある。あと、お前が得意なのは近接に持ち込んだ剣術だろ?」
「……はい。」
「だったら、短剣の方が相性がいい。ナイフよりさらに精密な制御ができる得物になる。名付けるなら…フランベルジュ、波打った刀身の剣だな。これに合わせて炎の意匠を入れる。」
僕は驚いた。
アクリさんがそこまで具体的に提案してくるのは初めてだったから。
「……お願いしてもいいですか?」
「任せろ。」
それから、アクリさんは宝魔槍に目を移した。
「……あと、これだが。」
「はい。」
「短槍にしてみないか?」
「短槍、ですか。」
「今の宝魔槍は、戦闘形態として大型すぎる。お前の体格と戦闘スタイルを考えると、扱いきれてない部分がある。槍中の意――—ルージュって呼んでたか、そいつの力を活かしたまま、もっとコンパクトな形に変える。」
「……ルージュは、それでも平気でしょうか。」
「中身が嫌がるなら無理にとは言わねぇよ。聞いてみろ。」
僕は槍の宝石にそっと触れた。
「……ルージュ、聞こえる?」
槍が、ぽっと温かく光った。
『……ぬしさま。』
小さな声が、頭の中に直接響いた気がした。
「……アクリさんが、槍を短槍にしないかって。形を変えること、平気?」
少しの間があった。
『……ぬしさまが、つかいやすいなら、いい。』
「……ありがとう、ルージュ。」
僕は顔を上げた。
「大丈夫みたいです。お願いします。」
アクリさんは満足そうに頷いた。
「よし。両方とも預かる。短剣は二週間、槍の改造は一週間ってとこか。」
「ありがとうございます。」
「金はその時でいい。それより――」
アクリさんが、真剣な顔をした。
「お前、次はどこに潜るつもりだ。」
「……まだ決めてないです。」
「決まったら、ちゃんと先に教えろよ。今度何か起きてからじゃ遅い。」
「……はい。気をつけます。」
アクリさんは、まだ少し心配そうな顔をしながら、宝魔槍と炎蛙の魔石を奥へしまっていった。
店を出ると、夕方の空が赤く染まっていた。
「……短剣、楽しみだな。」
マサトが言った。
「うん。」
「お前、これからもっと強くなりそうだな。」
「……分かんないけど。」
「分かんないけどって、お前もう人間のレベル超えてんだろ。すっかり置いてかれちまったなぁ。」
小林さんが笑いながら言った。
「ヘカトンケイル戦の話、わたしまだ信じられないもん。」
エミリさんが、少し離れた場所から夕焼けを見ていた。
「……お姉ちゃんにも、報告しないと。」
「あっ、エリナさん、元気ですか?」
「…チッ。はい。最近は、また探索に戻りたいと言っています。」
えっ、舌打ちっ!?
なんでっ!?
「……そ、そうですか。」
僕たちは、夕暮れの道をゆっくりと歩いた。
明日からも、きっと普通の日常が続く。学校に行って、授業を受けて、放課後にダンジョンへ潜って。
それでも、確実に何かが変わったそんな気がする。
「……次は、どこへ行こうか。」
呟くと、マサトが笑った。
「決まってんだろ。」
「え?」
「もっと強くなるための場所だよ。」
夕日が、僕たちの影を長く伸ばしていた。
――無理をしないようにするんじゃぞ!
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