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現代冒険者のすゝめ ~高校受験に落ちた僕、冒険者になってみた!~  作者: あっかんべー


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第58話 下っ端の底意地

セーフエリアの宝石の泉に着いたのは、17時頃のことだった。


一階層の最奥に位置するこのセーフエリアは、新宿ダンジョンの中でも特に有名な休憩スポットだ。


地下とは思えないほど澄んだ泉の底に、無数の小さな宝石が沈んでいて、淡い光をゆらゆらと水面に反射させている。


前にヒナさん達と行った二階層のセーフエリアより規模が小さいけどこっちもとても綺麗…。


「あー、生き返るぅ…。」


小林さんが泉のほとりに座り込み、足を水に浸けて伸びをしていた。


「…お前、気ぃ抜きすぎるなよ?。」


マサトが呆れたように言いながらも、自分も近くの岩に腰を下ろしている。


「だって気持ちいいんだもん!」


エミリさんは少し離れた場所で、携帯食料を取り出しながら静かに僕たちを見ていた。


その視線がふと、僕の隣へ向く。


「…ルージュは座わらないの?」


ルージュは僕の袖をきゅっと掴んだまま、首を横に振った。


「…あたしは、いい。」


「無理しなくても大丈夫だよ?」


「…むりしてない。」


そう言いながらも、僕の隣からは一歩も離れようとしなかった。仲間と呼んでほしいと頼んだばかりだけれど、距離の詰め方はルージュなりのペースがあるらしい。それも悪くないと思いながら、僕は岩に腰を下ろした。


「今日はもう上がろうか。」


ぽつりと言うと、マサトが大きく頷いた。


「賛成。色々ありすぎた。」


「カーバンクル、ダンジョン賊…正直、一日でお腹いっぱいです…。」


エミリさんが珍しく愚痴っぽい口調で言った。

それだけ疲れているということなのだろう。


「うん、今日はもう十分すぎるくらい働いたよね~。」


小林さんが泉の水を蹴り上げながら笑った。

水滴が陽光を受けてきらきらと散る。


その時だった。


すぐ近くの茂みの陰から、複数の足音が聞こえてきた。


「…お前ら、まだいたのか。」


聞き覚えのある声に振り返ると、リョウが仲間たちを連れて歩いてきていた。リョウも探索を切り上げ後ここで休憩していたようだ。


「リョウさん。お疲れ様です。」


「お疲れ。…改めて今日は色々助かった。」


リョウは僕たちの様子を一瞥して、それから少し離れた場所に腰を下ろした。彼の仲間たちも荷物を下ろし、各々休憩を始める。


泉のほとりには、他にも数組のパーティーが休んでいた。今日はどのパーティーも一階層から二階層あたりを攻略していたようで、皆一様に疲れた顔をしている。


少し離れた場所に座っていた女性3人組のパーティーが、何やら楽しげに話している声が聞こえてきた。新宿ダンジョンによく潜っている顔馴染みらしく、リョウの仲間の一人が軽く手を振っていた。


ダンジョンの中とは思えないほど平和な光景だなぁ。


ダンジョンの中とは思えないほど、穏やかで、緩んだ空気が泉のほとりを満たしていく。


「…ルージュ、お腹空いてないですか?」


僕が聞くと、ルージュは少し考えるように首を傾けた。


「…わからない。」


「分からない?」


「……はらが減る、って感覚が、まだよくわからない。」


なるほど、と思いながら携帯食料の包みを開いて差し出してみる。ルージュはそれをじっと見つめてから、おそるおそる小さな口で齧った。


咀嚼すること数秒、耳がピンとなった。


「…おいしいっ!」


「よかった。」


「…もう一個いい?」


小さな手が催促するように伸びてくるのがおかしくて、僕は思わず笑った。マサトと小林さんも、その様子を見て笑い合っている。エミリさんも口元を緩めながら、別の食料を取り出してルージュへ差し出していた。


何もかもが、いつも通りだった。

いつも通りの、ダンジョン帰りの休息のひと時だった。


「…さて、そろそろ帰りますか?」


エミリさんがそう言ったその瞬間、僕たちが来た通路の方に先程まで対峙していたと思われる男がふらふらと壁にもたれながらこちらを睨みつけていた。


「…おい、お前何やってんだ。」


リョウが怪訝そうに声をかける。


男は答えなかった。

ただ、懐から何かを取り出した。

掌に収まるほどの小さな結晶だった。


淡く、しかし確かな光を内側に宿している。普通の魔石とは明らかに違う、複雑な紋様が刻まれていた。


「…それは。」


エミリさんの表情が、一瞬で強張った。


「…まさか。」


「あぁ。」


男が、初めて口を開いた。

声色が、さっきまでとはまるで違っていた。低く、冷たく、感情の温度がない声だった。


「悪いな。お前らの槍、結局手に入れられなかったし、頭はあぁは言ったがガキ共に舐められるのはどうしても許せねぇ…。」


「……っ、お前っ!」


リョウが弾かれたように立ち上がった。

だが、遅かった。

男が結晶を、思い切り地面に叩きつけた。


ガキンッ!という乾いた音と共に、結晶が砕け散る。


その瞬間、泉全体が、光に包まれた。


「な…っ!?」


誰かの声が、遠くで聞こえた気がした。

赤黒い光が、泉の底から噴き上がるように溢れ出していた。さっき見たばかりの色だ。騎士兎の魔法陣と同じ色。いや、それよりももっと禍々しい、深い赤黒だった。


「ルージュ……っ!」


咄嗟に抱き寄せようとした手が、空を切った。

視界が、光に塗り潰された。

足元の感覚がなくなる。

突然の浮遊感にそれから、強烈な落下感。


な、なにこの感覚は…っ!


「――っ!!」


悲鳴とも呼べないような声が、あちこちから上がった。マサトの声。小林さんの声。エミリさんの声。リョウの声。女性パーティーの誰かの悲鳴。男の部下たちの怒声。


光が収まっていく。

僕は、地面に膝をついていた。

呼吸を整えながら顔を上げる。


こ、ここは…宝石の泉じゃないっ!?


冷たい、湿った空気。

見上げた天井は、はるか高い場所にあって、闇に溶けて見えなかった。


壁には見たこともない巨大な結晶が突き出ていて、それ自体がぼんやりとした光を放っている。さっきまでいた一階層とは、空気の重さからして違っていた。


「…ここ、どこだ。」


マサトの声が、震えていた。

エミリさんが素早く周囲を見回し、何かを確認するように地面に触れる。その顔から、みるみる血の気が引いていった。


「…階層測定簡易ツールで、確認します。」


冒険者用の深度を測れる道具を使用したエミリさんの表情が固まった。


「…40階層。」


「は…?」


「…こ、ここは、新宿ダンジョン、40階層です。」


誰も、何も言えなかった。

新宿ダンジョンの公式記録における最深到達階層は、確か20数階層だったはずだ。40階層なんて、報告上はどこにも存在しない、未到達の領域のはずだった。


「…っ、おい、お前の仲間はどこに行ったっ!」


リョウが怒鳴るような声を上げた。

視線の先には、さっき結晶を割った男の姿はなく、その仲間と思われる男が尻餅をついていた。


「あいつだけが転移を免れている…っ、いや、最初からそういう仕組みだったのか…!」


リョウの仲間たちも、女性パーティーの三人も、皆一様に呆然と立ち尽くしていた。


誰もこの状況を理解できていない。

いや、したくないのだ…。


「……ルージュ。」


僕は震える声で呼びかけた。

すぐ隣に、小さな体があった。


「…ぬしさま。」


ルージュが僕の袖を強く握りしめていた。その赤い瞳が、僕を見上げている。


「大丈夫…?」


「…?…うん。」


短い返事だったが、その声色は一階層にいた時とさほど変わらない。その様子が僕を少しだけ安心させてくれる。だが、僕の周りはそうはいかない。


それだけで、ここがどれほど異常な場所なのか、嫌でも理解させられた。


エミリさんが唇を噛みしめながら、周囲を見渡していた。


「…皆さん、落ち着いてください。まず状況を整理しましょう。」


声は冷静だったが、その手は微かに震えていた。


「私たちはおそらく先程の男…閉門衆でしたか?によって、未到達領域である四十階層へ強制転移させられました。脱出方法は…現時点では不明です…。」


「不明って…っ、おい、本当にここから出られるのかよ!」


リョウの仲間の一人が叫んだ。

その声に呼応するように。


闇の奥から低く、地の底から這い上がってくるような――哆り声が、響いた。


何重にも重なった、巨大な何かの息遣い。

その場にいた全員が、一斉に凍りついた。


闇の中で、何かが、確かに動いた。


ダンジョン編は終わらない…。


――そろそろ妾の出番かえ?|д゜)チラッ


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