第44話 心威と神威~旧東京駅地下ダンジョンにて
旧東京駅地下ダンジョンとは、東日本大氾濫の発生地として有名なダンジョンである。
ダンジョン難易度も関東圏トップで死者があまりにも多く難度審査の更に上の国家冒険者登録が無ければ入ることすら出来ない。
警備員の数も他のダンジョンとは比べ物にはならない人数が動員されている。
そんなダンジョンの前に僕は今立っている。
当たり前だけど、最初は断ろうと思った。
しかし武田先生は僕の返事を待つことなく歩き出していた。
「安心して。君を危険な場所に放り込むつもりはないよ。」
そう言った先生に連れられ、僕は人生で初めて国家管理区域へ足を踏み入れることになった。
◇
第一階層は広大な森林が広がっていた。
見上げるほど巨大な木々が空を覆い隠し、昼間のはずなのに周囲は薄暗く、木の幹だけで僕の部屋より大きそうだった。
僕は先生の後に続き黙って歩く。
「…先生。なんで僕をここに連れて来たんですか?」
沈黙がつらくて僕から話掛けてみた。
先生はこちらを向かないまま返事を返してくれた。
「田中君に心威を見せてあげようと思ってね。これは、前に使った神威解放にも関係するから覚えておくといいよ。」
神威解放…それは入学試験の時に最後の一瞬だけ使えたスキルなのか、魔法なのか分からない現象のことか。
僕が考えこんでいると、視線の先から突然何かがものすごいスピードで飛んでくる。
「キュっーー!」
な、なにっ!?
目視で視認できないほど早いものが現れ僕に向かてぶつかろうとしてくる。いきなりの出来事で反応できなかった僕はその場で固まってしまう。
何かが飛んで来る、そう認識した時には、もう目の前だった。
「…っ!?」
「よっと!」
先生が軽く剣を振ると飛んできたものは、「キュッ~…」と声を上げそのまま地面に崩れ落ちた。
「い、今のは!?」
「ん?あぁ、流星兎だね。このダンジョンの序盤では絶対に出くわす速さ特化の魔物だよ。」
先生に言われ落ちた魔物を見ると、サッカーボール位の大きさの角が生えた緑色の兎だった。
なんで、緑色なのにスターなんだ…。
「…流星兎は流星の如く真っすぐに途轍もないスピードで突進してくるから回避の練習にはぴったりだよ?」
「いやいやいや!今の全然見えなかったんですけど!?」
思わず声が大きくなる。
だって本当に見えなかったよ!?
しかも、何かが飛んできたと思った瞬間には、もう先生が斬り落としていたし。
「そうだろうね。」
武田先生はあっさり頷いた。
「田中君の今の実力だと、たぶん見えても避けられないだろうね。」
「ですよね…。」
少し安心した。
もし今のが普通に避けられる攻撃だと言われたら自信を失うところだった。
「だから今日はこれを使おうか。」
そう言って先生は足元に落ちていた小枝を一本拾った。
「…?」
何をするんだろう…?
僕が不審な目を向けた、次の瞬間だった。
先生が小枝を軽く投げる。
ヒュッ――!!!
ただそれだけ。
本当に軽く放り投げただけだった。
しかし。
ドガァッ!!
十メートルほど先の大木の表面が大きく抉れた。
「…え?」
思わず声が漏れる。
今のは何だ。
魔法でもないし、スキルでもない。
ただ小枝を投げただけにしか見えなかった…。
「これが心威だよ。正確には、心威を乗せた結果だね。」
「え…?」
「勘違いしている人も多いけど、心威は無から力を生み出す現象じゃない。」
先生は砕けた木を見ながら続ける。
「本来届くはずだったものを届かせる力だよ。」
「届くはずだったもの…?」
「あと少し速ければ避けられた、あと少し威力があれば届いた、あと少し魔力が残っていれば発動できた――」
先生は指を一本立てた。
「心威は、そのあと少しを埋める想いの力。つまり簡単に言うと、火事場の馬鹿力のことだよ。」
「火事場の馬鹿力ですか…。」
「確かに、心威だけで強くなれるなら、誰も苦労しない。元々届きそうだった人がちょっとだけ想いの力の補助を受けて理想に手がかかる。だから弱者をいきなり最強にする力じゃない。」
「…。」
「心威は弱者が最後の一歩を踏み出すための力なんだよ。」
「…なるほど。僕はどうすれば使えるようになりますか?」
「田中君、実は一回だけ心威と神威を使っているんだよ?」
心当たりしかない…。
「…入学試験の最後ですか?」
「そう!本来なら、あの時点の田中君に神威解放はできなかったはずなんだよ、だけど、白川さんを守りたいって強い気持ちが足りない分を補って神威解放を行えた。そういうことだよ!」
先生はとても嬉しそうにやや興奮気味に話しかけてくる。
…なんでこの人はこんなに喜んでいるんだろうか…。
「八百万の神様方に伺ったときは耳を疑ったけど、自分の目で見て確信したんだ、これで少なくとも日本は救われ――」
そこまで言った瞬間だった。
武田先生の動きが止まり顔を青くしてギギギっと僕の顔を覗き込んでくる。
「……あ。」
「え?」
先生の顔が引きつっていた。
「…今の聞いちゃった?」
「いや、普通に聞いていました。」
「…どこまで?」
「日本が救われるってところまでは聞きました。」
「あちゃぁ……。」
先生は額に手をあて天を仰ぐ。
「……忘れてくれない?」
「…すみません、無理だと思います。」
「だよねぇ…。」
「…あ、あの!日本が救われるってどういう意味ですか?」
「うん、その質問が来るよねぇ…。」
武田先生はしばらく黙り込んだ。
「…本当は、まだ話すつもりなかったんだけどなぁ。」
ここまで隠されるとことさら気になってしまう…。
でも、先生が言いたくないのなら無理に聞き出そうと思わないが…。
「…よし!」
先生はパンと両頬を叩きこちらに向き直る。
「救世主の話はまだ秘密!その代わり、神威についてもうちょっと詳しく教えてあげよう!どのみちそっちを先に知らないと話にならないしね。」
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