第38話 ヒナとダンジョン探索 2
「全部バフ付きだから。」
「…バフ付き?」
聞き慣れない言葉に首を傾げてしまう。
するとヒナさんが楽しそうに笑った。
「アルト君って意外と知らないこと多いよね!」
「う…っ。」
…否定できない。
冒険者になってまだ日も浅いし、ダンジョン関係の知識なんてほとんど独学だ。
「簡単に言うと、一時的に身体能力とか魔力とかを強化してくれる料理だよ。」
「料理でですか?」
思わず聞き返してしまった。
料理は料理じゃないのだろうか?
「冒険者の間では結構常識よ?」
サクラさんが紅茶を口に運びながら言う。
「ダンジョン産の食材や魔石を加工すると特殊な効果を持つ場合があるの。」
「もちろん永続じゃないけどね。」
ヒナさんがメニューを開く。
「ちなみに今日はうちが奢るから!」
「えっ?」
「新宿ダンジョンの予習代♪」
「いや、でも――」
「後輩に奢るのは先輩の特権ですよ?」
そう言われると断りづらい…。
僕はおずおずとメニューを覗き込んだ。
そこには、
『力が漲る美味しいステーキ』
『硬くなるカチカチパン』
『マジカル☆パフェ』
『今日は暑くいくぜ!ホットチリサンド』
『冷え冷え冷麺』
『知性のカフェオレ』
『マスターの今日のおすすめ』
など、何とも言えない名前の料理がずらりと並んでいた。
…品名、もう少しどうにかならなかったのかな。
まるでメイド喫茶のようなネーミング…。
「…名前はと・も・か・く!味と効果は確かだから!」
それならと一番名前がまともな今日のおすすめを注文しようと思った。
「…決まりました。」
「じゃあ、呼ぶね。…マスター!」
「はいは~い。」
「私は、今日は暑くいくぜ!ホットチリサンド!」
ヒナさんはチリサンドかぁ、名前からして炎関係なのかな…?
「私は、冷え冷え冷麺でお願いします。」
サクラさんは氷系の魔法が得意みたいだから、それ関係かな。
「…僕は、今日のおすすめでお願いします。」
「はいよ~!」
マスターは軽い調子で注文を受けると厨房へ消えていった。
◇
数分後、最初に運ばれてきたのはヒナさんのホットチリサンドだった。
真っ赤なソースがたっぷりとかかったサンドイッチだ。
「いただきま~す!」
ヒナさんが一口かじった瞬間だった。
ボっ!
「えっ…。」
ヒナさんの髪の毛の先に小さな炎が灯った。
「熱っ!?」
思わず立ち上がってしまった。
「大丈夫大丈夫。」
ヒナさんは慣れた様子で笑っている。
…どうやら本当に問題は無いようだ。
すると彼女の身体から赤い光がふわりと溢れる。
「これが火属性強化のバフだよ。」
「食べ物でそんなことになるんですか!?」
「なるよ~。」
続いてサクラさんの冷え冷え冷麺が運ばれてくる。
「…頂きます。」
一口食べた瞬間、
パキっ!
コップの表面に薄く霜が張った。
「…。」
「…。」
「これが氷属性強化です。」
サクラさんは淡々と説明した。
なんだろう…。
すごく当たり前みたいに言われているけど、全然当たり前じゃない。
そして最後、僕の前に『マスターの今日のおすすめ』が置かれた。
マスターがスパイスから調合しているカレーだった。
「これなら普通そう…。」
安心して一口食べる。
その瞬間――
ドクンっと心臓が大きく跳ねた。
「えっ?」
身体の奥から力が湧いてくる。
疲れが一気に吹き飛んだような感覚。
「どう?」
ヒナさんが楽しそうに聞いてくる。
マスターはニヤニヤしながら答えた。
「おっ今日は当たりだな。」
「…当たり?」
「それ、全能力微強化セットだ。」
「…おすすめってそんな適当なんですか?」
「日替わりだからね~。」
「アルト君、それ結構当たりだよ?」
「そうなんですか?」
「全能力強化系の料理って人気だし、作るのとても大変らしいからね!」
そう言いながらヒナさんは僕のお皿を覗き込む。
顔が近い…。
って、本当に、近い近い近いっ!
「…。」
「…?」
「な、何でもありません。」
危なかった…。
カレーの味が分からなくなるところだった…。
◇
ここまで効果がありそうだと料金が気になるところだったけど、学割が効くらしく全品500円らしい。
本当に大丈夫なのだろうか、このお店…。
でも、また来たい、とそう思えるお店だと思う。
お腹も膨れお店を出た僕たちは本来の目的通り新宿ダンジョンに向かった。
ダンジョンの前の広場とても混雑していて、列も乱れている。よく見ると露店も多く並んでおり、屋台、道具屋、装備研ぎ屋など様々。
「…渋谷ダンジョンとは、全然違いますね…。」
「まぁ、目的が違うからね。」
「目的ですか?」
「簡単に言うと新宿ダンジョンは金策ね、それはなんとなく分かるでしょ?」
「それは、まぁ、なんとなく、はい。」
「それで渋谷ダンジョンは8年前に突然現れた謎のダンジョンでつまり未知の探索かな?…遺跡が多いしね!」
なるほど…。
そういえば、新宿ダンジョンはリオさんのお父さんが行方不明になったダンジョンだったような…。
「ヒナさん、新宿ダンジョンってどこに碑文があるんですか?」
「あぁ、碑文は新宿ダンジョンの深層の天井部分にあるらしいよ?うちも行ったことないから詳しくは分からないけど…。」
深層か…。
僕たちが今日行くのはせいぜい中層までだと思う。
今の万全じゃない実力じゃ到底届かない場所だ。
「そういえば…。」
気になっていたことをヒナさんに聞いてみることにした。
「…リオさんのお父さんって、新宿ダンジョンで行方不明になったんですよね。」
ヒナさんの表情が少しだけ真面目になる。
「うん、そう言っていたね。」
「もしかして、その碑文を調べていて…とかですか?」
「どうだろうね。」
ヒナさんは首を横に振った。
「…行方不明になった理由は公表されてないし。」
「そう、ですか…。」
結局、真実は分からない。
でも――
もし深層に何かあるなら。
リオさんのお父さんが追っていたものがあるなら。
リオさんの力に少しでもなれるのなら少しでも力になってあげたい…。
「…アルト君、リオさんのこと考えていたでしょ?」
「えっ、あ、はい…。」
ヒナさんはプクっと頬を膨らませ僕に迫ってきた。
「…女の子と一緒にいるときに別の女の子のことを考えるのは失礼だよ?…それともアルト君は女子大生が好きなの?」
「えっ!?」
思わず変な声が出てしまった。
「そ、そういう意味じゃなくて!」
「ふ~ん?」
ヒナさんはじーっと僕の顔を覗き込んでくる。
「じゃあどういう意味?」
「その…リオさんのお父さんのこととか、碑文のこととか…。」
「むぅ。」
ヒナさんがさらに頬を膨らませた。
「それでもリオさんのこと考えてたのは事実だよね?」
「そ、それは…。」
ど、どう返事をしたら…。
すると横からサクラさんが呆れたように口を挟む。
「ヒナ?」
「なに?」
「貴女、自分でも気付いてないでしょうけどかなり面倒臭い女になっているわよ。」
「サクラは黙ってて。」
即答だった。
怖い。
笑顔なのがとても怖かった…。
「アルト君?」
「は、はい。」
「今日は誰と来たの?」
「…ヒナさん達です。」
「誰が誘ったの?」
「…ヒナさんです。」
「誰がご飯奢ったの?」
「…ヒナさんです。」
「つまり?」
「…?」
分からない…。
ヒナさんは僕に何を求めているのだろう…。
すると、何故かヒナさんが頭を抱えた。
「サクラぁ~。」
「…ご愁傷様。」
何故か哀れむような目を向けられてしまった。
…僕は何か間違えただろうか?
◇
そんなやり取りをしながら列に並ぶ。
新宿ダンジョンは人気ダンジョンだけあって入場待ちの冒険者が多かった。
学生、社会人パーティー、ソロ探索者。
年齢も装備もバラバラだ。
「すごい人数ですね…。」
「休日はもっと凄いよ?」
ヒナさんが言う。
「今日は平日だからまだマシな方だよ?」
「これでですか…。」
渋谷ダンジョンとはまるで別世界だった。
まるでテーマパークの入場列みたいだ。
すると――
「おっ。」
ヒナさんが何かを見つけたように声を上げた。
「見てアルト君。」
指差した先には大きな掲示板があった。
【本日の宝石買取価格】
そんな文字が並んでいる。
ルビー、サファイア、エメラルド。
聞いたことのある名前がずらりと並んでいた。
そして――
「えっ…。」
僕は思わず目を見開いた。
一番上に書かれていた金額、
【ダイヤモンド(高品質) 1カラット 500,000円】
「ご、ごじゅうまん…。」
「だからみんな夢見るのよ。」
サクラさんが肩を竦める。
「宝石一つで今日の入場料なんて簡単に回収できるもの。」
「もちろん見つかれば、だけどね。」
ヒナさんが笑う。
…なるほど。
だから、金策ダンジョン。
だから、冒険者が集まる。
だからこその一攫千金。
その理由がようやく分かった。
「でもね。」
ヒナさんが少しだけ真面目な顔になる。
「お金に目がくらんで無理をすると死じゃうよ?」
「…。」
「新宿ダンジョンはそういう場所でもあるから。」
さっきまでの明るい雰囲気が少しだけ消える。
周囲を見る。
確かに冒険者達の目は真剣だった。
夢を見る目をした人、そして危険を知っている目をした人、その両方が混ざっている。
「アルト君?」
「はい?」
「今日は見学も兼ねてるんだから無茶は禁止ね?」
「…分かりました。」
「絶対だからね?」
「はい。」
「本当に?」
「はい。」
「…。」
何故かヒナさんが不安そうな顔をしている。
「…どうしたんですか?」
「いや。」
ヒナさんは小さくため息を吐いた。
「アルト君、約束守らなそうだから。」
「そんなこと――」
否定しようとして、渋谷ダンジョンでマグマトードに突っ込んだことを思い出した。
「…。」
「ほらぁ~。」
「…善処します。」
「善処じゃな~い!」
ヒナさんのツッコミが響き、サクラさんが吹き出した。
そんなやり取りをしているうちに、僕たちはついに新宿ダンジョンの入口へと辿り着いた。
面白いと思ったら、コメント、フォロー、評価をお願いいたします!
とても、励みになります!




