第31話 模擬戦《ナイフ&マジック》
佐藤さんが先にステージに上げっていく。
隣にいるマサトが苦笑しながら僕に教えてくれた。
「俺たちも入学して1年と半年くらいしか関わってないけど、佐藤さんはお姉さんが関わると頭がおかしくなるんだよなぁ…。」
そうだ…さっき佐藤さん(姉)の話をした瞬間から僕に対して厳しくなったんだよなぁ。
「僕は指名されちゃったから行ってくるね…。」
「おう…。転入初日からお前も大変だな…がんばれよ?」
僕も佐藤さんを追いかけステージ上に登った。
目の前の彼女から敵意をひしひしと感じながら先生からの試合の合図を待つ。
「田中アルト!逃げなかったことは評価します。ですがここがあなたの処刑場です!」
僕は彼女にここまで恨まれるようなことをしてしまったのだろうか。でも、今は試合に集中しなくちゃ。
審判役の先生もステージ脇に到着し試合の合図を告げる。
「両者準備はいいな?…試合開始!」
佐藤さんは、いきなりバックステップでステージ端まで下がった。
なんで、あんな端っこに?
気づいたら彼女が詠唱を行っていた。
まずい…魔法だ。距離を潰すか?いや間に合わない僕も魔法を使うしか――
「ᚱᚨᚷᚾᚨ ᚠᛚᚨᛗ ᛖᛚ|《火は生命、火は怒り、火は滅びの象徴なり我が敵を灼き尽くせ――》――火球」
佐藤さんが詠唱を謡うと空中に陣が浮かび始めそこから魔力が溢れ始めた。
詠唱が完成すると陣から僕の使う魔法スキルとは比べ物にならない大きさの火球が姿を現した。
幸いなことに、距離が開いていたため僕も魔法行使するだけの時間が稼げる。
「火球」
間に合った…。
二つの火球が激突した瞬間、爆炎がステージ中央で弾けた。
熱風が観客席にまで吹き荒れ、生徒たちからどよめきが上がる。
佐藤さんの火球と僕の火球がぶつかり魔法は霧散したが、大きさで負けていた僕の方に魔法の余波が襲う。
熱いっ!それに、温度のせいかまるで熱中症になった時みたいに頭がくらくらする。
佐藤さんの魔法が通ったステージ床を見ると――
溶けてる…っ⁉
ステージの床素材は石材だぞ…なんで溶けるんだ…。
僕のスキルと全然違うっ!?
直感でまずいと感じた僕は彼女との距離をつぶ――
「ᚺᚱᛁᛗ ᚾᛁᚠᛚ ᚱᛖᚷᛁᚾ|《白銀の空よ、永久凍土の裁きを示せ。降り注ぐ氷槍にて万象を閉ざせ》――氷雨」
早い…っ!
既に彼女は詠唱を唱えていた。
氷雨自体僕は見たことが無いためどんな魔法なのかは分からないがレインと言うくらいだ、きっと連続した拡散攻撃なのだろう。
僕は直線を避け左から回り込むようにステージを回り込む。
やっぱり、想像した通りの氷粒の波状攻撃みたいだ。
魔法陣から放たれた無数の氷槍が、豪雨のようにステージへ突き刺さる。
これはいつ途切れるのだろうか…。
いや、魔法なんだから彼女が魔力を注ぐのを辞めたら止まるのだろうけど…。
魔法スキルだとこうはいかない。
威力は人によって様々だけど、魔法の発動時間は固定されている。
魔法陣ならではの戦い方なのだろう。
今の僕は魔力視を使えないから魔力の流れを見ることができない。だから魔法を利用したり、魔法陣を消したりはできないけど、僕だって昇華をしているんだ、こんな簡単に負けたくない!
覚悟を決めろ、僕っ!
僕は木製のナイフと一応予備で持っていたもう一本の木製ナイフを走りながら構える。
勝負だっ!
「ふっ!やぁぁぁぁ!」
そう僕がとった行動は、魔法との真っ向勝負だった。
氷系統魔法なら炎系統魔法と違い触れることができる。
それなら、魔法をナイフでそらして落とせばいい。
魔法のスピードはそこまで早くないから、今の僕でもギリギリ何とか対応できる。
飛来した氷槍の腹へ、右手のナイフを滑らせる。
刃をぶつけるのではなく、流す。
角度を逸らされた氷槍は火花のような氷片を散らしながら横へ弾け飛んだ。
「…っ!」
佐藤さんの僕を見る目が変わる。
弾いて、落とす。
言うだけなら簡単だ。
でも実際は、自分に被弾する魔法のみ対処するだけでも、とても難しい。
しかも、今使用しているのは木製のナイフだ。
少しでも力を籠めたり、魔法に致命的打撃するとナイフが砕けてしまうかもしれない。
だから、あくまでナイフは魔法に沿わせて弾いて落とすしかできない。完璧に対応することなんてまだ僕にはできない。
氷槍が頬を掠める。
太もも辺りを掠める。
冷気で皮膚が裂け、血が散った。
それでも止まらない。
右のナイフで受け流し、
左のナイフで軌道を逸らす。
木製の刃が悲鳴を上げるたび、腕に鈍い衝撃が走った。
ダメだ…その場に留まり続けていたら埒が明かない。
――前に出よう…。
そこからは時間との勝負だった。
氷雨を完璧に弾けず、少しずつダメージを負っているのもあるけど、氷系統魔法を使われいるため僕の周りの温度が先程とは違い極寒なのだ。体が悴み少しずつ動きづらくなっていく。
早く勝負に出なくちゃっ!
僕は弾く魔法を最小限にして佐藤さんへ全力で駆けていく。
弾く、落とす、走れ、前に進めっ!
動きを止めるな走れっ!
しばらく攻防が続き、ついに――
――辿り着いた!
そう、僕はなんとか佐藤さんの元に辿り着いた。
辿り着いたのは良かったもののここまで来るのに体力を浪費してしまい息が切れてしまう。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「…正直ここまで貴方が出来る人だとは思いませんでした。凄いですね、田中アルト。」
「はぁ…はぁ…これでも、一応、昇華しています、ので!」
「へぇ、貴方も昇華していたんですね。私もしていますよ?昇華。」
「えっ――」
正直、昇華は僕にとってのアドバンテージだと思っていた。
これが…冒険者学校…これが学年主席っ!
「ちなみに私は昇華を3回しています、言うならばレベル3って言ったところでしょうか?」
レベル3…僕は昇華は1回しかしていない。彼女の言い方に合わせるなら、レベル1ってことになる。
「ふふふ、でも凄いことですよ?この私に近づける人なんて一部の例外を除いて、あなたが初めてでした。ウジ虫から間男に昇格してあげます。では――」
佐藤さんはそう言って拳を握って振り上げ――
「くたばれぇぇ!間男ぉっ!」
僕に振り落とした――が。
「15分経過!そこまで!試合終了だ!」
審判の先生の声が、ステージ全体に響き渡る。
寸前で、佐藤さんの拳が僕の目の前で止まった。
拳圧だけで前髪が揺れた。
…あ、危なかった。
「…チッ。」
舌打ちしたっ!?
佐藤さんは悔しそうに眉を寄せたまま、ゆっくり拳を下ろす。
「……運がいい人ですね、田中アルト。」
「はぁ…はぁ…。」
僕は返事をする余裕もなかった。
全身が冷え切っていて呼吸をするたび肺が痛い。
制服代わりの実習服はところどころ凍り付き、頬や腕には氷槍で裂かれた細かな傷が残っていた。
でも――
僕は倒れなかった。
それだけは、少し誇らしかった。
「ふんっ!」
佐藤さんは長い髪を翻すと、そのままステージから降りていく。
観客席が一気にざわめき始めた。
「おいおいマジかよ…。」
「佐藤の氷雨突破したぞ、あいつ…。」
「転入生ヤバくね?」
「ていうか木製ナイフで魔法捌いてたよな…?」
そんな声が聞こえてくる。
…いや、僕からしたら佐藤さんの方が何倍もヤバいんだけど。
「アルトぉぉ!生きてるかー!?」
マサトが慌てて駆け寄ってきた。
「な、なんとか…。」
「なんとか、じゃねぇよ!途中から観客席凍ってたぞ!?」
そう言われて周囲を見ると、確かにステージ付近の床には薄く霜が張っていた。
…学校の実習でこれは大丈夫なんだろうか。
「田中。」
不意に、別方向から声が飛んできた。
振り向くと、そこには伊藤先生がいた。
相変わらず気怠そうな顔をしているけど、サングラスの奥の目だけは少し光っていた。
「……お前、思ったより面白ぇな。」
「えっ?」
「普通、初見の魔法陣術師相手に真正面から突っ込む奴はいねぇ。しかも木製ナイフで魔法を捌くとか正気じゃない。」
褒められているのか、呆れられているのか分からない。
「でもまぁ、悪くねぇ戦い方だった。」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
僕は…まだ弱い。
武田先生にも、佐藤さんにも遠く及ばない。
だけど、
――この学校でなら。
少しずつでも、僕は前に進める、そんな気がした。
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