第24話 神威解放《想いの形》
――神威解放【建御雷之男神】
神威解放?なんだそれは。それに、武田さんから感じる圧が先程と段違いなほどに強くなっているっ。僕の本能は、今すぐここから逃げろと言っているけど、背中を向けた瞬間にきっとやられてしまう…。
「さぁ、時間だ。君の答えを教えてくれ。」
正面から武田さんの圧を浴びている僕は地面に押し付けられるような姿勢になる。
その姿勢のまま僕は答えるしかなかった。
声を出さなければ、本当に死ぬ気がしたから。
「わ、わかりません。武田さんが僕に何を求めているのかが…。」
僕が言葉を発した瞬間、武田さんが雷を置き去りする動きで僕の眼前に移動する。
さっきまでのスピードは全然本気じゃなかったのか…。
「さっき僕は言ったはずだよ。理不尽な力は僕みたいに待ってはくれないよ。」
そう言って武田さんは僕の顔面を鷲掴みにし――
僕はヤバいと思い再度声を上げる。
「……分からないんです!武田さんが、僕に何を求めているのか……!」
武田さんの目が、細くなる。
「そんなことを言って欲しんじゃないんだよ。」
本当に分からないんだよ、この人が僕に何を求めているのかが…っ!
武田さんは僕を掴んだまま軽く振りかぶり――
投げた。
投げたというのは、そのままの意味だ。ボールのように投げ飛ばされてしまったのだ。小柄と言えど16歳の人間を、だ。
僕は抵抗することすら出来ず、そのまま投げ飛ばされていく。
死んでしまう!これは死んでしまう!
校庭の向かい側の壁がどんどん迫っていきこのままだとぶつかってしまう、と思っていたら僕を投げたはずの武田さんが壁の前に立っていた。
なんで…投げ飛ばしたはずの人が僕よりも前にそこにいるんだよ。
焦りに焦っている僕には考えがまとまらず、どうすればいいか分からなかった。
でも、これで壁とぶつからずに済むと考えていたが、それは間違いだった。
「…ヌン!」
武田さんが受け止めてくれるものだと考えていた。
武田さんがとった行動は、裏拳で僕の顔を迎えてきた。
そう、僕は武田さんにそのまま叩き落とされたのだ。
「…ガハっ」
拳はそのまま僕の顔面にめり込み、人生で初めて吐血した。
吐血なんてフィクションだと思っていた。
人間ってこんなに血が吐けるのか、口の中で血と砂が混じってじゃりじゃりと音を立てる。
倒れ伏したまま武田さんを見る。
彼はこちらに向かってゆっくり、ゆっくり向かってきている。
指が震える。
動悸がおかしい。
息がうまく吸えない。
怖い、怖い、怖い、怖い――
ごめんなさい。
…ごめんなさい――
こっちに来ないで…。
…視界の端にヒナさんが見えた。
当たり前だ、彼女は試験会場に一緒に来たんだから。
ヒナさん…ヒナさん…助けて…。
僕はゆっくり近づいてくる武田さんから離れるように地面を這う。
僕が這って逃げても、武田さんが歩くだけで距離を詰めてくる。
そして、動きが止まった。
止まった――?
何故か止まった武田さんに視線を合わせる。
立ち止まった武田さんの視線の先には、ヒナさんがいた。
ヒナさんも武田さんに見つめられていると気づいたようで地面にペタンと崩れ落ちる。
「…理不尽って言うのは、君だけじゃなく、君の周りも巻き込んでいくんだよ。君は、その状況でも逃げるのかい?」
地面でうずくまっている僕を一瞥し、武田さんは興味を失ったように、ヒナさんの方へ歩き出した。
えっ…
まって…
待って――
待って、なんでヒナさんに――
嫌な想像ばかり浮かんでくる。
あぁ、昔にもこんなことがあった。
それが今フラッシュバックしてくる――
女性の影が言った。
「…アルト…ずっと愛しているからね。」
男性の影が言った。
「アルト!生きてくれ。絶対にそこから出てくるなよ。」
女性と男性は足を引きずりながら離れていき――
そして、魔物の群れに飲み込まれた。
その光景を潰された車の中で僕は膝を抱えて震えることしかできなかった。
これは…たまに見る夢だ。
でも、これはきっと僕が小さい頃に本当にあったことなんだろう。
そして、ヒナさんが、あの二人に重なって見えてしまう。
武田さんの背中がゆっくりヒナさんへ近づいていき、僕は地面に転がり震えながらその光景を見ていることしかできない。
昇華して、魔法を覚えても僕はあの頃と何一つ変わっていない。
やめて…
やめてください…
僕が悪いなら謝ります…
だから…これ以上僕から奪わないでください…
「…あ、アルト君…たすけて――」
ヒナさんの声だ。
ヒナさんの声が聞こえてくる。
か細く僕に助けを求めている。
――嫌だ。
その言葉だけが、頭の中に響いた。
「――嫌だ!やめろぉぉぉ!」
武田さんはこちらに振り向き僕に向かって叫び出す。
「お前は、叫ぶことしかできないのか!」
武田さんの顔はひどくイラついたような顔でこちらを見ていた。
なんで…あなたがそんな顔をしているんだ…
「言うだけなら誰でもできるっ!動け!助けたいなら、動けっ!守りたいなら、まず行動で示せっ!」
武田さんの周囲で、雷が荒れ狂っている。
いや違う、荒れているのは――感情だ。
怒り、焦り、苛立ち、それが雷になって溢れているんだ。
でも、僕にできることなんて…いや待て――
――神威解放【建御雷之男神】
さっき武田さんはそう唱えていた。
神威と言うんだから、これは神様関連なのだろう。
そして、彼は言っていた【僕も加護を持っていてね】、と。
僕の冒険者カードにも、加護が記載されていたことは覚えている。
建御雷之男神というのは、おそらく武田さんの加護を与えた神様の名前なのだろう。それなら、僕にだって――
――神威解放【天照大御神】
僕は立つことも出来ず、格好悪く地面に向かって叫ぶ。
そう僕には、もう叫ぶことしかできない。
――それなのに何も起きない。
なんで…だよ。
武田さんと同じようにやったのに、なんで僕には何も出てきてくれないんだ…っ!
地面を叩く。
叩くことでした今の感情は表しえなかった。
視界がぼやけていき、自分が泣いていることに気づいた。
どんどん涙が溢れていき止まらない。
そうか、僕は――
弱くても、無力でも。 それでも僕は、誰かを守りたかったんだ――
もう、僕は独りになりたくないから――
なら、ここで諦めたくない。諦めちゃダメなんだ。
震える足を無理やり立たせる。
武田さんは僕を待っていたのか正面で何も言わずただ立っている。
僕が立ち上がることを期待していたかのように。
「…答えは出たようだね。聞かせてくれるかい?」
その声はとても穏やかで優しいものだった。
それでも先程の光景が浮かびやっぱりこの人は怖い。
でも、僕の中で答えは出たんだ。
「僕は…もう誰からも、何物からも奪われたくありません。」
「…なら、どうするんだい?」
「守ります。」
「どうやって?」
「…強くなります。誰よりも」
「僕よりも圧倒的劣っている君に何が出来るんだい?」
武田さんの言葉は冷たかった。
でも、その瞳だけは僕の奥を見ている。
覚悟を。
意思を。
――本当に、僕が立ち上がれる人間なのかを。
体中が痛い。
足は震えているし、視界もまだ滲んでいる。
それでも、僕は武田さんから目を逸らさなかった。
「……今は、何もできません。」
声が震える。
悔しくて、情けなくて、涙まで出てくる。
「武田さんの足元にも及ばないし、さっきから一方的にやられてばかりです……。」
拳を握る。
爪が掌に食い込む。
「でも……それでも!」
僕は叫ぶ。
「それでも僕は、もう逃げたくないんだっ!」
さっきは発動しなかった。
なぜかは分からない、でも今なら解る。
僕には、守りたいという覚悟が足りなかった。
今ならできる、そんな気がするんだ。
魂から願い叫べ――
――神威解放【天照大御神】
空から強い陽光が差し校庭を照らす。
温かいオーラが溢れ、不思議な安心感のベールに包まれているようだ。
「…それが、田中君の神威解放、か。」
そう言って再びヒナさんの元へ歩いていく。
でも、もう僕にはそれが恐ろしく映らない――
「…これが最後の試験だよ、田中君。」
武田さんは右手に雷を集めヒナさんに向かって腕を振り落とす。
ヒナさんが短い悲鳴を上げ強く目を瞑る。
「雷撃【ミヅチ】」
雷が激しく唸り僕の所までその空気が伝わってくる。
でも、今の僕なら――
何を唱えるべきなのかが自然と浮かぶ――
「陽光【繭】」
僕と武田さんの詠唱はほぼ同時だった。
雷の一撃がヒナさんに迫るが、僕が放った【繭】がその一撃を包み込み、荒れ狂う雷光を静かに霧散させ、手刀はヒナさんに届く前にポヨンっと優しく跳ね返す。
「…なるほど、これが君の力《願い》か。」
武田さんは目を見開いた後優しく微笑む。
「…君のことが分かったよ、ありがとう。」
僕もヒナさんと同じく地面にペタンと座り込む。
おそらく今ので試験が終了だと察したから。
「田中君…試験は合格だよ。おめでとう」
こうして僕の恐怖の途中入学試験は終了した。
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