第23話 狂気《ねがい》
「君が、何のために冒険者になるのかを僕に教えてくれ」
武田さんの目は、どこか昏かった。
まるで、今まで見てきたもの全部を背負っているみたいに。
それでも、その視線だけは真っ直ぐ僕を射抜いていた。
「おっと、言葉だけじゃダメだね、試験は続行だよ。」
えっ……
武田さんはそう言って、さっきまでは動かなかったのにこちらに向かってくる。
その速さは、とても僕の目では追いきれるものではなく、まるで瞬間移動のように姿が掻き消えた。
……速い!どこ――
視界が揺れる。
次の瞬間、鳩尾に凄まじい衝撃が走った。
気づくと僕は校庭の壁に叩きつけられていた。
呼吸をするたびに脇腹が軋む。
「うっ……ごっ……ぇ……!」
地面に自分の吐しゃ物が広がっていく。
気持ち悪い……息が止まる……っ!
「はぁはぁはぁ……」
靴音だけが、静かな校庭に響く。
その足音は僕の方に近づいてきている。
「……答えは出たかな?」
答え…?
追い打ちを迫るような質問に困惑してしまう。
意味が分からない、この人は、何を求めてるんだ……。
今日会ったばかりのはずなのに、こんな仕打ちされる身に覚えなんてないよ。
「まだ、答えは出ないか…。」
そう言って武田さんは腰に備え付けられていた木刀を僕の方に向けてきた。
「武田先生!いったいどうしたんですか!?」
ヒナさんが声を上げたようだ。
その声は、とても悲痛なもので武田さんを止めようとしている。
「…僕は彼を試さないといけないんだ。これは試験関係無くね。今回試験官を受けたのだって田中君が受験生だからだし。」
意味が分からない。
なんで、この人は僕に執着する?
僕はこの人になんかしたのか?
なんで?
「…加護持ちには、責任が付きまとう。」
「うっ……な、なんです、か、それ?」
加護の責任?
そんなもん知らないよ……。
加護持っているってだけで僕は痛めつけられているの?
好きで持っているわけじゃないのに?
「僕も加護を持っていてね、君のことを少し知っているんだ。それに頼まれているんだ。」
「誰に、です…か?」
まだ呼吸がうまくできず言葉がたどたどしくなってしまう。
少しでも呼吸を整えるために話を伸ばそうとするが――
「加護の送り主から」
武田さんのその声は僕の耳元から発せられていた。
くそっ、やっぱり移動が全く見えない……。
加護の送り主?
「加護の、送り主って、誰なんですか?」
「それは君の態度次第かな。」
僕に選択肢があるようで無いようだ。
だって、武田さんの目が僕を見たまま納得いくまで戦うと言っているから。
このままただ、ボコボコにされるのは嫌だ。
それにヒナさんも見ているんだ、格好悪い姿ばかり見せたくはない。
「…どうすれば、納得しますか?」
「僕と戦って可能性を見せてほしい。君の今の状況は把握している、能力が使えないんだろう?」
「…。」
特殊能力がたとえ使えなくたって、僕は昇華している。倒すまでいかなくとも手傷の一つでもつけてやりたい。
呼吸は苦しいし、立っているだけで精一杯だ。それでも、僕はナイフを握り直し立ち上がる。
「…あなたの目的は分かりません…でも、僕もヒナ、さんと一緒に、学校に行きたいん、です。だから、ここで終わるわけにはいかない。」
さっきみたいな小細工は、きっともう通用しない、だから、僕は再び前のめりになるように地面を蹴った。
「…っと、田中君、D災害について、どう思う?」
僕のナイフを弾き飛ばしながら質問を飛ばしてくる。
問答はどうやら続くようだ。
「それだけじゃない、魔物氾濫にダンジョン出現、加護については考えたことがあるかい?」
左足、脛、腰、肩を狙って次々と攻撃を繰り出すがその全てがはじかれる。
攻撃が当たる気がしない…。
「…D災害の時の記憶はないので何とも言えまっせん!」
それでも、あきらめずに攻撃を繰り出していく。
足払いは片足で受け止められ、殴っても岩を叩いたみたいにびくともしない、ナイフは全て木刀で逸らされる。
後は魔法のみだが、接近戦を仕掛けているから、ここで使うと僕にまでその効果が及んでしまう。
「魔物氾濫は無くなればいいと思っていまっす!」
僕はバク転の勢いを利用して武田さんの顔を狙って蹴りを放つ。
これも軽く避けられてしまった。
でも、これで間合いは確保できた。
「加護については、よく分かりません。勝手に付いていたので。」
僕は距離を詰めさせないように魔法を放つ。
「…火球!」
火球は武田さんに一直線に飛んでいき正面から被弾した。
いや、被弾したように見えたが左手で握り潰したようだった。
魔法って握りつぶせるんだ…。
でも、この人ならば何かしら対策をするだろうと考えていた。
だから、僕は火球を打った直前にそのまま武田さんに向かって走り出していた。そのまま軽い爆発が起きて正面が見えないうちに背後に回って後頭部に向かって攻撃を繰り出す。
「…まだ、甘いね。でも、さっきよりもいいね。」
武田さんは首を鳴らす様に頭を傾け僕のナイフを避けていた。
あれだけ叩き込まれた動きですら、掠りもしない…。
「……本当は君みたいな子供に背負わせたくはなかったんだけどね。」
「えっ?」
「…君は理不尽って知っているかい?」
…今あっているんですが…。
でも、言っているのはそういうことではないのだろう。
「……理不尽はね、突然来るんだよ。」
武田さんは静かに言った。
「理由もなく」
「準備もさせずに」
「人から全部を奪っていく」
…それは既に知っている。
覚えてはいないけど、僕の人生は8年前に壊されているんだから。
「…田中君、君は特別なんだよ…。僕以上に。」
僕が、特別……?
ただのニートだった僕が?
「…君も理不尽な目にあっただろうけど、これから未来もっと理不尽な力に曝されるだろう。でも、君はそこで挫けてはいけないんだ。人類の為にも。君がこれから見るのは、災害なんて言葉で済むものじゃない。」
どんどんと話が大きくなっていく…。
もっと理不尽?人類のため?
僕には武田さんが何を言っているのかわからなかった。
「…だから、君がそこで挫けないように僕が最初の理不尽として君の前に立つことにしたんだ。」
武田さんは静かに僕から離れていき言った。
――神威解放【建御雷之男神】
そう唱えた瞬間、校庭の空気が凍り付く。
校庭を走っていた風が止まり、肌が痺れるような雷気が空間を満たしていく。
更には、武田さんを中心に地面がひび割れていく。
遠く離れているはずの校舎の窓ガラスにも罅が入り始め、野次馬たちがこちらを見始める。
僕は膝が震えその場から動けない。
本能が告げている。
――これは…死んでしまう、と
「さぁ、時間だ。君の答えを教えてくれ。」
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