第18話 代償《ペナルティ》
消毒液の匂いが鼻を刺激し僕は目が覚めた。
目を覚ますと僕はベッドの上に寝かされていた。
ここはどこだろう…。
寝かされていた部屋は、とても簡素な個室だった。
物はなくベッド脇のローテーブルには、花が添えられていた。
既に夕方でオレンジ色の光が窓から差し込んでいる。
知らない場所で目が覚めるのは、これで2回目だ。
1回目はD災害に遭った時…両親がいなくなってしまった時、だ。
僕は急激な不安に襲われ周りを見渡す。
僕の私物はどこにもなく途轍もない孤独感に襲われる。
その瞬間、扉が開く。
「…お邪魔しま――アルト君!?起きたのっ!?」
扉を開いたのはヒナさんだった。
「…ヒナ、さん。」
「とても心配したんだよ!受付嬢さんに連絡貰って駆け付けてみれば、全身ボロボロで倒れてるし、いつ起きるのかと待っていたら二日も目を覚まさないし!」
二日っ!?
そんなに僕は寝ていたのか…。
義父さんと義母さんは…
「アルト君のご両親も来ていたけど憔悴してたよ…。お母さんなんてずっと泣いていたよ?無理しちゃだめだよ…!私だって、とても、心配したんだからっ…!」
「…ごめんなさい。」
ヒナさんの目はどんどん潤んでいき涙が流れ始める。
……ちょっと不謹慎かもしれない。
それでも、僕のために涙を流してくれる人がいる。
その事実だけで、先程まで僕を締め付けていた孤独感が、少しだけ和らいでいく気がした。
◇
「…いきなり泣いちゃって、ごめんね…?」
「…いえ、ご心配ありがとうございます。」
ヒナさんが落ち着いたようで僕に謝ってくる。
調子が戻ってきたようでヒナさんは明るく言ってきた。
「本当だよ!感謝してよね?」
本当に、ありがとうございます、ヒナさん。
ちょっと前までは、一人でも大丈夫だったのに今は一人きりでいることが辛くなっている自分がいる。
「…そういえば、僕の他に人はいませんでしたか?佐藤さんとか…」
そうだ、僕の他に佐藤さんと冒険者さんたちがいたはずだ。
その後どうなったのか分からず僕は尋ねた。
「佐藤さん?…あぁ、受付嬢さんだよね?」
「昨日…この間の難度審査の時に怪我をされていたので…。」
「…ふ~ん。名前で呼ぶんだね、アルト君。」
「…?ダンジョンに一緒に潜る都合上受付嬢さんと呼び続けるのは手間だと思うので。」
なんか機嫌が悪い…?僕なんかいけないこと言ったのかな…?
今まで交友関係がなかったから、どうしたらいいのか分からない…。
「ふ~ん。まぁ、今はいいや。受付嬢さんは多分すぐに来るよ?廊下ですれ違ったから。」
今はってどうゆうことだろう。
後に何か僕はされるのかな…。
冷や汗をダラダラ流していると扉がノックされる。
コンコンコン
「…失礼します。…っ!田中様っ!目を覚まされたんですかっ!…よかった、私たちのせいで目を覚まさなかったら、と考えたら…。」
佐藤さんは自分を責めているようだが、元を辿ればあのマグマトードは僕のせいで階層移動したようなものなので佐藤さんや、あの冒険者さんたちに自分を責めてほしくない。
俯く佐藤さんに僕は声を掛ける。
「…佐藤さん、あのイレギュラーは僕のせいで発生したんです…。だから、あまり責任を感じないでください…。むしろ責められるのは、僕なんです…。」
…正直伝えづらい内容だった。
伝えたら失望されるんじゃないか?離れられるんじゃないか、と。
あの時、もう迷わないと決めたのに、既にこんなに迷ってしまっている。
そんな僕を見て佐藤さんは口を開く。
「…ダンジョン内で言っていましたね、…マグマトードを見逃した、と。」
「…は、い。」
ヒナさんの前で罪の告白をしている若干の気まずさを感じながら、僕は佐藤さんの言葉一つ一つにビクビクしながら言葉を待つ。
「……確かに、最初の判断に問題はあったのかもしれません。ですが、田中様は最後まで私たちを見捨てなかった。それどころか、命を懸けて助けてくださいました。……だから私は、貴方を責める気にはなれません。」
「…あり、がとう、ございます…」
人を危険にさらしてしまった恐怖か許してもらえた安堵か僕の視界が滲んでいく。
呼吸がうまくできない。
泣くつもりなんてなかった。
今回の件は僕が戦犯だった、だから、泣いてしまったらまるで被害者のような振る舞いになってしまう。
それに、ヒナさんや佐藤さんの前で泣くのはなんか嫌だった。
だけど、溢れる涙が止まらない。
「…田中様はあの時、出来る最善を尽くしてくれました。もう一度言います、貴方のおかげで私たちは生きて帰ってこれました、ありがとうございました。」
その言葉を聞いた瞬間。
張り詰めていたものが、完全に切れた。
「……っ、ぅ……。」
声を押し殺そうとしても、涙が止まらない。
僕は顔を伏せたまま、ただ震えることしかできなかった。
◇
「…すみません、もう大丈夫です。」
「ふふふ、気にしなくても大丈夫ですよ?」
恥ずかしい…。
人前で泣いたことなんてなかったのに…。
「…っ!佐藤さん、僕のナイフがどうなったか知っていますか?」
あの時は余裕がなくナイフに状況を確認していなかった。
最後使った時、ナイフには亀裂が入っていた。
まだ治せるかと思ってはいるが、確認を行いたい。
「…田中様のナイフなんですが…。」
歯切れが悪いのに嫌な予感がする。
「…うちが預かっていたから、見せてあげる。」
ヒナさんはそう言ってカバンから丁寧に包まれた布を取り出した。
布を解くと――
「…持ち手と破片?」
布の中には緑色の破片と見覚えのある持ち手が包まれていた。
見覚えはあったけど、一瞬何を見せられたのか、分からなかった。
「…アルト君、武器は消耗品で、いずれ壊れるものだよ。」
ヒナさんは僕が何も言っていないのに言葉を紡ぐ。
「だから、そう気を落とさないで!」
元気づけようとしてくれているのは伝わってくる。
だけど、僕にはその声が頭に入ってこなかった。
僕の初めての武器が…。
義父さんが頑張って工面してくれたお金で買った武器が…!
あの時――
通路を崩した瞬間、ナイフから亀裂と悲鳴が走っていた。
それでも僕は、魔力を止めなかった。
助かるために。
皆を生きて帰すために。
……でも。
ここでも僕の選択は、間違っていたのだろうか。
その日、佐藤さんとヒナさんは僕をひたすら励ましてくれた。
僕はヒナさんに謝れていなかったのに――
◇
深夜、病室で僕はうなされていた。
目が熱い…っ!
胸が苦しい…っ!
まるで、身体の中で何かが暴れているみたいに。
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