第108話 時を管理する大精霊《クロノリア》
光が、晴れ眩しさが消えていくにつれて、景色が見えてきた。
「……っ!?」
さっきまでいた夢の世界ではもうない。
だけど、現実のあの祠の中でもないっ!?
ここはどこっ?
あのアマテラスさんがいた白い空間にとても似ているけど。
そう僕は今何もない空間…まるで、デバッグのような空間に立たされていたのだ。
空?壁?地面すべてが真っ白の何もないただただ真っ白なだけの空間に。
「……ここは。」
立ち上がろうとしたけど、身体が重くて膝をついてしまう。
夢の中でずっと何かしらのエネルギーを吸われていたのか、全身が鉛みたいに重い…っ。
「……もしかして、僕、現実に、戻れないのっ?」
一度あの優しい世界に負けてしまったからっ?
どうしよう…っ。帰り方が分からないし、小林さんの声ももう聞こえなくなってる…。
帰るって言ったのに……っ。
「戻れていないわよぉ。」
声が聞こえ振り返ると、先程の世界で最後にお父さんから出てきた女性が静かに佇んでおりじっと僕を見ていた。
さっきまで誰もいなかったはずなのに、どこから…。
彼女の方を見ると僕の視線は彼女に釘付けになってしまう。
彼女の背は高く長い足元にまで届く銀色の髪が、風もないのに揺れていた。
顔は彫刻のように作られた美形なのだけど、片方の瞳が、時計の針のような模様をしており一目で人間ではないのだと悟ってしまう。
服装は、黒を基調としたワンピースのようなものを着ており、彼女は見惚れそうになるほど、綺麗だった。
綺麗なのだけど……。
だけど――
「……っ。」
何か危なかった。
見た目の美しさと裏腹に、その存在から放たれる何かが、ドロドロとしていて…。
いわゆるヤンデレ?メンヘラ?の超強化版のように感じる…、彼女は何かが歪んでいる、と。
だって碌に女性経験のない僕のショボい本能が、警告していたのだから。
「ふふふぅ。」
女性が、微笑んだ。
とても可憐で、綺麗で吸い込まれそうになる微笑み……。
まさに女神の微笑みだけど、僕は彼女に近づけない。
――こ、怖い…?
そう感じてしまった。
全身の肌の毛穴が開き汗腺から汗が噴き出てくる。
「怖がらなくていいわよぉ?今は、ねぇえ。」
「……あ、貴女は誰、なんです、か?」
「あらあらぁ~、私ぃのことぉを知らないのぉ?ならぁ、自己紹介するのだわぁ。」
女性が、一歩前へ出て僕に近づく。
本当は僕も彼女の動きに合わせて下がりたいところだけど、身体が恐怖心で金縛りにあったかのように動かなくなってしまっている。
近づいて来る彼女のワンピースの裾が、揺れ白磁色の足魅を覗かせる。
……裸足っ!?
いや、ここは外?ではないから問題ない…のか?
「私はぁ、時をぉ管理する大精霊ぃ…クロノリアだわぁ。」
「……大精霊?」
「そ~うぅ、大精霊なのだわぁ。アルカディアの時間をぉ管理する精霊なのだわぁ。」
常時なら自称精霊系不思議女子と笑って流すところだけど、状況が状況なために聞き流すことはできなかった。
その精霊さんが僕をここに閉じ込めたのっ?
「……ど、どうして、こここに?」
「ふふふ、あなたにぃ、用があるからよぉ?」
クロノリアと自分で呼んだ彼女が、また微笑んだ。
やっぱりその笑みはとても綺麗だけど、濁った瞳の奥の時計の針のような模様がチクタクチクタクと動いており、とても不気味に映っている。
「……よ、用、というのは…?」
「試練なのだわぁ。」
「……し、試練?」
じゃあ、さっきまでの世界はなんだったのっ!?
だいたい彼女は長耳族に所以があるのだろうか?
存在感も繋がりという繋がりが見当たらない…。
「さっきまでのは、準備運動みたいなものだったわぁ。優しい夢の世界に落ちて、そこから抜け出せた、それは合格だわぁ。」
「……準備運動。」
その準備運動《優しい夢の世界》を抜け出すのに凄い苦労したんですけど……。
「ここからがぁ、私があなたに課すぅ、本当の試練なのだわぁ。」
クロノリアが、両腕を広げその場でクルクル回り出す。
その彼女の顔は紅潮していた…。
ヤバいよ、この人?
「楽しいでしょぉ?」
楽しくないよ…。
全然楽しくなんてないよ…こんなあくどい試練。
「……何をするつもりなんですか?」
「見ていれば分かるわよぉ。」
クロノリアが、指を鳴らすと空間が、揺れる。
白い世界に、亀裂が走りその亀裂から、黒い靄が湧き出てきた。
最初は、黒い靄だった。
その黒い靄が、ゆっくりとだけど輪郭を持ち始める。
そしてその輪郭が、何かになっていった。
「……っ、あれは。」
見覚えがある……。
巨大な金属の体にメタリックな腕が、異様に太い物体。
「……アイアンゴーレム?」
現れたのは、渋谷ダンジョン第三層のボスだった。
「ふふ、覚えてるのねぇ。」
クロノリアが、また指をパチンと鳴らす。
また、亀裂が走る。
今度は別のものが僕の前に現れた。
――それは人間だった。
「……っ!?」
そう、これは武田先生だった。
東京ダンジョン以来だけど、先生を見間違えるわけがない。
僕を散々痛めつけ……指導した先生が今僕の目の前にいる……なんで?
「……武田先生っ!?」
先生からの返事がなかった。
先生は、終始無言でこちらへ向かってきた。
「先生、僕です、田中ですよっ!?」
やっぱり返事がなかった。
なんで…そんな気に障ることをしただろうか?
「記憶も意識もぞ、ないのだわぁ。私が召喚したものだからぁ。」
クロノリアが、またパチンと指を鳴らす。
また、亀裂が走り、そこから現れたのは――
「……僕?」
――そう、今度は僕が現れたのだ。
「未来のあなたよぉ?どんな未来になるかは、あなた次第だけどねぇ。」
東京ダンジョンのコロシアムで現れた僕のことだろうか?
どんどん召喚しているけど、どんな試練が僕を待っているのだろう…?
その後もどんどん召喚していくクロノリア。
新宿ダンジョンの宝石ゴーレムに、カーバングルの変異体、騎士兎、剛腕炎蛙更にはダンジョン賊かと思っていた閉門衆の男たちが、複数。
そして――
「……っ、ヒナさん。」
僕にとって最後のトラウマだった魔物化したヒナさんまでもが、そこに現れた。
この人?は、僕のトラウマを刺激したいのか…?
「全員、あなたの記憶から召喚したものよぉ?意識はないけどぉ。素敵でしょぉ?」
「……何のために、こんなことを…。」
正直僕への嫌がらせの為と言われた方が納得できるまでもある。
本当に何がしたいんだ?
「試練だって、言ったのだわぁ?」
だから、試練の内容はっ!?
クロノリアが、ドロリと笑いそして告げた。
――さあ、試練をぉ始めるのだわぁ、と。
全員が一斉に動き始め僕に襲い掛かった。
……っ!?なるほど、戦う試練ってことかっ!?
「……っ、武器っ――」
腰に手をやると、何もそこにはなかった。
「……っ!?」
フランベルジュも宝魔短槍も、何もなかった。
「武器はないわよぉ?」
クロノリアが、とても楽しそうに言う。
まるで、クレマチスが花開いたような顔で。
「この試練では、武器は持ち込めないわぁ。」
「……っ!?」
召喚された全員が、僕にどんどん迫ってくる。
僕には武器がないっ!?
マサト達仲間もいないっ!?
どうすればっ――
「……っ、魔法っ!」
詠唱する時間なんてない。
スキルの魔法を行使する。
「炎球!」
手のひらから、アイアンゴーレムへ向け炎球を出す。
炎球は、アイアンゴーレムに当たりはしたけど…まるで効いてはいなかった。
前に戦ったアイアンゴーレムより強いっ!?
僕だってあの頃に比べかなり強くなったはずなのに、魔法スキルがまるで効かず疑問に感じる。
「っ!」
横に転がり攻撃を回避する。
ゴーレムの腕が、空を切り地面を凹ませる。
何もない空間だと思っていたけど、凹むということは質量はちゃんとあるのか?
考察する僕の後ろからは、閉門衆が迫ってきていた。
「氷床!」
僕は床を凍らせ男が転ぶけど…。
しかし、多勢に無勢、別の男が次々と現れる。
数で押し切られるっ!?
「……っ!?」
僕は走った。
広い白い空間を活かし走り続けた。
だけど、体格差があるヘカトンケイルが追い付いてきて、腕を振り下ろしてくる。
足を止め同属性の炎で攻撃を防いだ。
しかし、僕は派手に弾き飛ばされてしまった。
「……っ、がっ!」
床にバウンドしながら叩きつけられた。
……っ!?立てっ!次が来るっ!
すぐに立ち上がり状況を確認すると、魔物化したヒナさんが、こちらへ来ていた。
「ヒナさん!」
やっぱり反応がない。
「ヒナさん、僕ですっ!」
僕の掛け声を無視するかのようにヒナさんの攻撃が飛んで来る。
カウンターでやるかっ!?
……いや、敵であったとしても僕に…ヒナさんは攻撃できない、よ…。
「……っ!」
急いで氷の壁を作りヒナさんと僕の間に隔たりを生成するが、ヒナさんの腕が、壁を突き破ってきてしまった…。
僕は後退するしかなくバックステップで下がると武田先生が、僕の後ろに回り込んでいた。
「先生っ!」
ダメだ…まったく攻撃が緩まない…。
神威を使ってこないだけマシ…なのか?
炎壁で足撃を防ぐと先生の動きが止まった。
いや次の瞬間、後ろからアイアンゴーレムに近づいていた。
誘導されていたっ!?
「……っ!」
距離が近すぎて防御が間に合わなくアイアンゴーレムの攻撃が、僕の背中を直撃してしまった。
「……がっ!!」
また、僕は吹き飛んでしまった…。
「吹っ飛んだのだわぁっ!」
彼女の声を最後に僕は白い壁に激突した。
壁……あったんだ…。
無限に続いてるのかと思っていたよ…。
うっ……。
痛みで身体が、軋み上手く立ち上がれなかった。
「……っ、は。」
目前には既に全員が、迫ってきていた。
アイアンゴーレム
武田先生
【僕】
騎士兎
ヘカトンケイル
閉門衆
魔物化したヒナさん
こ、れは、もう……。
「……戦う、だけの力が、僕、には、もう――」
立ち上がる力は、既に無くなっていた。
魔法を出そうにも魔力が、ほとんど残っていなかった。
「……っ。」
もうだめかと諦めかけた瞬間――
どこからともなく声が聞こえた。
――我を呼べと言ったはず
「……っ、この声、は?」
――私を呼んで?
もう一つの声がした。
こちらは、高い声だった。
ど、どこから……?誰なんだ……?
いや――
「……っ!」
分かった。
二人の声が、誰なのか分かったよ。
「ルージュっ!えんあっ!」
僕の声が、したたかにこの空間中に響き渡る。
そして白い空間には、僕にとっての2つの光《希望》が現れた。
赤黒い光と、紫紺の光が。
僕の胸元…心臓付近から――
――宴か…参加しようかな。
――ふぬぅ、妾の出番は…?
あやつらばかりズルいのじゃ…。
あれ?妾の出番そろそろなのじゃっ!?急ぐのじゃぁぁぁぁっ!
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