第106話 夢の試練 10――優しい世界の罅
気付くとリビングが、夕方の光に染まっていた。
お父さんは、向かいの席で笑っていて、お母さんは、キッチンから続々と料理を運んでいる、それも僕の大好きないなり寿司…。マサトは、隣でうるさいくらいにまだ喋っていた。
そしてヒナさんが、そっと静かに僕の隣に座っている。
「……これが幸せなのかな。」
本当に、幸せだった。
ここには、痛みがない。
あるのは、優しさを感じる温かいのみ…。
「アルト、ご飯おかわりは?」
「……うん、食べるよっ!」
「はいはい。」
お母さんが、笑いながらご飯を盛ってきてくれるけど…、
僕はそのお母さんの笑顔を、見ていたけど、こんな顔だったっけ?、と言うのが正直なところだ。
正直ずっと意識していなかったこともあってハッキリと顔は覚えていない。
"家"には写真もなく、ずっと記憶の中だけにあったうっすらとしか覚えていない両親の顔が、今目の前にある。
いや、本能で両親だとはわかってはいるんだけど、本少しの引っ掛かりを感じてはいるんだよ…。
「……ありがとう、お母さん。」
「どうしたの、急に?」
「……ううん、なんでもないよ。」
「なんか、今日は大人しいな、アルトは。」
マサトがそんなことを言う。
そうかな?普通だと思うけど…?
「いつもはもっとうるさいのに。」
「うるさくないよ?それは、どちらかというと、マサトじゃない?」
「そうか?そうかもな、あはははっ!」
「なんだよ、マサト。あははっ。」
マサトが、いきなり笑い出し、僕もつられて笑い出してしまう。。
いつもよりテンションが高い気がするけど、こんな風に笑える日が来たことを喜ばしく思える。
笑っているとヒナさんが、僕の顔を覗き込み見てくる。
「アルト君、楽しい?」
「……楽しいですよ。こんな日常が続くと思うと、猶更に。」
「それならよかったよ。」
「……ヒナさんも、楽しいですか?」
「うん。楽しいよ。」
「……よかったです。ヒナさんが楽しそうで。」
その時――
何かが聞こえた気がした。
「……?」
「どうしたの、アルト君?」
ヒナさんが心配そうに僕の様子を伺ってくる。
確かに何か聞こえた気がしたんだけど…ヒナさんを不安にさせてしまっただろうか?
あっ、もしかしたらヒナさんも聞こえていたかもしれない。
「……いや、何か、聞こえた気がして。ヒナさんは、何か聞こえませんでしたか?」
「何が?」
「……分からないです。なんか、声ような。」
「聞こえてないよ、うちには。」
「……そう、ですか。」
また、聞こえた。
気のせいではなかったようだ。
今度は、少しだけ内容が分かった。
――……アルト、くん
「……っ。」
「どうしたの?」
「……今の、聞こえませんでしたか?」
「何も聞こえないよ。」
「……声が、聞こえたんです。外から、みたいなんです。」
「外?外なんてないよ?ここには。」
ヒナさんが、優しく微笑んだ。
外がない?どういうことだろうか?
「ここには、みんながいるじゃん。それだけだよ?」
「……そうです、よね。」
そうか、外って何のことだったんだろう?
僕の口から勝手に出てきてしまったけど、ヒナさんがそう言うならそうなのだろう。変だなぁ、僕は。
「楽しいでしょ、ここは。」
「……楽しいですよ。」
「じゃあ、問題ないじゃんっ!」
「……はい、そうです、よね。」
「どこにも行かなくていいんだよ。」
「……そうですね。」
ヒナさんにそう言われ忘れようとして見たけど、一度疑問に思ってしまったことは…さっきの声が、僕の頭から離れなかった。
◇
夜になり、窓の外は暗闇に包まれる。
リビングの灯りが、温かく部屋を照らしていた。
マサトたちは帰ってしまい、気づくと僕たち家族3人になっていた。
お父さんは、テレビを見ており、お母さんが、お茶を入れて運んでいた。
「アルト、明日の学校の準備はできているのか?」
「……?できてるよ。」
「そうかそうか、ならいいんだ。」
お父さんが、こちらを見た。
いつも、通りのお父さん顔?だ。
いつも僕が心配を掛けてしまっているお父さんの顔。
「今日は、楽しかったか?」
「……うん、楽しかったよ。」
「そうか、それはよかった。」
お父さんが、また笑った…。
その笑顔が、温かかったけど――
お父さんってこんな風に笑ってい…いや、僕は何を考えているんだ。
この人は僕のお父さんだよ。
やや不安になってしまい僕は、
「……お父さん。」
「うん?」
「……俺は、ここにいていいんだよね?」
お父さんが、少し目を細める。
僕はその細くなってしまった目に少しビクッとしながらもお父さんの顔を覗き込む。
「なんだ、急に。いていいに決まってるだろ?俺たちは家族なんだから。」
「……でも。」
「でも、何だ。」
「……ここは、本当に、そ、存在していいるんですよね?」
「存在しているに決まってるだろ。ほら、お父さんはここにいるぞ?」
お父さんが、手を伸ばして肩を、叩いてきた。
……痛い…。
でも、確かにそこにお父さんの質感はあった。
「……本当に、あるんだよね?」
「あるよ。何を心配してるんだ。」
「……分からないだ。なんか、少しだけ変な感じがして。」
「変な感じって、どんな?」
「……どこかから、声が聞こえる気がして。家の外から、みたいんだよな。」
お父さんの顔が、少しだけ変わった気がした。
先程までの顔と違い急に真顔で僕に語り掛けてくる。
「外なんてないぞ、ここには。」
「……そう、だよね。」
「ここ以外に、何があるというんだ。ここが、お前の家だろ?」
「……う、うん。」
「心配するな。お前はここにいればいいんだよ。」
「……う、うん。」
お父さんは、無表情だった顔を変えまた笑いだした。
お父さんの優しい顔…。
なのに、どこかが引っかかってしまう。
さっきの声が、また聞こえてきた。
――……アルト、くん。私の、声、聞こえ、る?
「……っ。」
今度は、さっきよりもう少しだけ長くはっきり聞こえた。
女の子の声だ、それも強く僕に何かを訴えかけてきているかのような。
――私たちが、ここにいるから
「……これは、いったい誰の声なんだろう。」
――【スタンバイしてます。】
――主しっかりして…。
――主様は、優しくされたことが少ないから優しさに弱弱なの…。
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