第105話 夢の試練 9――現実世界にて2
「……だめ、なの?」
私は、アルト君を床に押さえつけたまま、考える。
意識が夢の中に囚われたまま、体だけが動いている。
呼んでも、身体に衝撃を与えても、届かない…。
どうすれば、アルト君の意識は戻ってくるの…?
「……アルト君っ!……私ね、お父さんとの約束を思い出したの。」
私は、アルトの耳元で言った。
しかし、反応は見られない。
「……自分のことも大事にしろって、言われたんだよ。」
返事はない。
「だから、アルト君のことも大事にしたいんだよっ!」
返事はない。
「……私ここにいるよ…?…私はアルト君を絶対に離さないからっっ!!」
アルト君が、少し動く。
私の力がどんどん抜けてきて拘束が緩くなってしまっているんだ。
力を入れ直したいけど、疲労で力が…っ。
「……戻ってきてほしいけど、まだダメ…みたい…っ。」
私は、アルト君を押さえつけたまま、族長さんを呼ぶしかない、そう考え咄嗟に叫ぶ。言葉が通じるか分からないけど…っ。近くにいるなら、助けてよ…っ。
「……族長さんっ!……来てください! 助けてください!!」
扉の外が、騒がしくなり、足音が、近づいて来るのを感じる。
良かった…来てくれたようだ。
「……どうした。」
族長の声がするけど、何て言いているのかわからな――
いや、分かる…っ!?何で…っ!?今朝だって何言っているか分からなかったのに…っ!?いや、今は、そんなことどうだっていい!アルト君のことを…。
「アルト君が、夢から出てこられないようなんですっ!でも、意識がないはずのに、勝手に体が動いてるみたいで攻撃を仕掛けてきますっ!どうすればいいですかっ!?」
族長が、アルト君を見た。
その目が、険しくなった。
いや、急いでよっ!?のんびりしてたら拘束が取れちゃうよっ!
「……時精霊様に捕まったか。」
「時精霊、って?」
「……っ!?おぬし試練を突破したのかっ!言葉が通じるようになったのは、その証だっ!おぉ、これはめでたいな、我が友よっ!」
なんて、自分勝手な……っ!?
こっちは、アルト君を止めているのに……っ!?
「……せ、説明、お願い、してもいい、ですか?そろそろ、本当に、ヤバいのでぇ。」
「……ここの試練のダンジョンに潜む、特別な精霊様だ。実際にあった過去の出来事を優しい夢に変え、対象を夢の中に囚える。現実の体は本能だけで動くようになる……こともあるらしい。」
らしいって、そんな分かりもしないところに放り込んだのっ!?
いや、いい。一旦怒りを鎮めなきゃ話が進まない…。
「……どうすれば、戻ってくるんですか?」
族長さんが、少し考え口を開く。
「夢の中から…いや、時の牢獄から自分の意志で抜け出すしかない。外から呼んでも、届かないことが多い…らしい。」
「……届かない?」
「ただ…。」
族長さんが、私を見た。
勿体ぶらないでさっさと言ってくれないかな?
私…さっきからイライラしっぱなしなんだけど…っ?
「……心に強い感情を持つ者が呼べば、届くことがある……らしい。精霊様が作る世界より、強い何かがあれば、な。」
「強い何かって。」
「それは、呼ぶ者が持っているかどうかによる。」
私は、アルト君を見る。
意識のないアルト君の目は、こちらを見ておらず、何も見ていない空間…夢見心地と言えばいいのかな、そんな目をしている。
「……私には、あるのかな?……私には、アルト君を連れ戻せるくらいの、強い何かが。」
族長さ…いや、もう族長でいいや。
族長は、何も言わなかった。
ただ、見ているだけで、手助けはしてくれないようだ。
これが試練だから…っ?
仕方ない、私は私にできることをやろう…。
私は、アルト君の前に座った。
両手を掴んだ状態で。
「……アルト君。」
アルト君に強く呼びかけてみた。
返事はない、効果がなかったようだ。
大体心の強さって何?アルト君を思う力?私には何も分からないよ…。
「……私の声、聞こえてる?」
返事はやっぱりなかった…。
でも――
「……聞こえてなくても、言うね。」
私は、大きく息を吸って想いを口にする。
「……アルト君は、私の大切な友達だよ。……高校生になってできた、クラスメイトで収まんないくらい本当に大切な友達。」
「……アルト君と一緒にダンジョンに潜ってる時、気づいていなかったけど、私は自由なれていたんだよ、好きなことを出来ていたんだよっ!これって、お父さんとの約束だったんだよっ!?私ね、この試練で思い出したけど…お父さんとした約束を守れていたんだよ…っ。」
アルト君は何を言われているのかは、聞こえていないし、例え聞こえていたとしても私が何を言っているのか分からないだろうけど…っ。
私は…っアルト君に感謝しているんだよ?
私からついて行くと言ったけど、新宿ダンジョンに連れて行ってくれたことを。
初対面で断ってもおかしくなかったあの場面でアルト君は私を拒まないでくれた…っ!
「……アルト君が、私の背中を押してくれた。私が自由でいられる理由の一つは、アルト君なんだよ?」
アルト君の身体が、少し動きが収まった…ような気がする。
どうやら、これで合っていたみたい!
なら、これを…アルト君をいかに強く思えるかが肝になる。
「……だから、戻ってきてよ。夢の中がどんなに優しくても、私たちは現実で生きているんだから。」
「……現実は痛いし、怖いし、辛いこともあるけど。」
「……私たちが、いるから…っ!」
アルト君の瞳が、僅かに揺れている。
「……私たちが、ずっと一緒にいるからっ!」
「……アルト君、戻ってきて。」
届いているのか、分からない…。
でも、私は続ける。
私は、アルト君と一緒にいたいから、こんなお別れなんて許容なんて絶対にしない。私はアルト君を必ず連れ帰るんだっ!
「……戻ってきてっ!!」
アルト君の身体が、また動き出す。
いや、動き出すなんてものじゃない、とても暴れ始めたよっ。
それでも、私は手を放さなかった。
これはきっと、アルト君も必死に自分と戦っていると信じているから…っ!
「……放さないよ。」
アルト君は尚も暴れ続けた。
私も勝ったんだから、アルト君も頑張って…っ。
「……絶対に放さないから…っ!」
私は、ただ手を握り続ける。
夢の中のアルト君に、届くかどうか分からないけど……それでも私は強くアルト君の手を握り続けた。
――そうじゃ、それでいいのじゃ…。
――主様絶対に私を呼ぶのっ。
――兎はこっちいてもいいのじゃ?あっ、もうそろ妾の出番じゃっ!スタンバイスタンバイ。
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