第10話 内閣府の人間と保護者としての責任
先日約束した通り、午後三時に内閣府の担当者が来た。
ピンポーン
僕が未成年ということもあり自宅に訪問するとのことで、僕は事前に義父さん達に伝えたが、内容が分からないため今日義父さんに同席してもらうこととなった。
義母さんは今日は仕事で不在にしている。
「…来たようだね。」
「そうみたいです。開けてきますね。」
担当者は二人で、前回玄関の前にいた男たちと同じだった。
リビングのテーブルに向き合うように座らせた。
片方が名刺を出してきた。
《内閣府ダンジョン対策室 主任研究員 黒沢健一》
もう片方の人も名刺を出した。
《同 調査官 早川美咲》
早川さんの方は、三十代くらいの女性だった。
眼鏡をかけて、表情は固く髪をきっちりまとめている。
仕事ができそうな雰囲気がした。
僕は義父さんの方を見る。
名刺を見て本物か確認している様だった。
確かに、未成年を訪ねて自宅にいきなり訪問してくる人をそのまま信用するのは危ないかもしれない。
すると、黒沢さんが僕の方を見て声を掛けてくる。
「田中さん、単刀直入に伺います。渋谷ダンジョン第二層の碑文が、あなたが入るたびに変化しています。これについて、何かご存知ですか?」
「碑文?なんですかそれは?」
義父さんには、まだ何も説明していないことを思い出し、僕は冷や汗を流す。
とりあえず、話を進めるために僕は答える。
「…碑文の文字は読めました。」
黒沢と早川が目を見開き顔を見合わせた。
「……読める、とは?」
「…そのままの意味です。今書いてあることを翻訳するなら——帰還者よ、門はまだ開いている。汝が思い出す時、すべてが始まる。鍵は汝の血の中にある。器が満ちる時、門は開く、と書いてありました。」
場に沈黙が落ちる。
早川さんがノートに何かを書き始め黒沢さんが前のめりに話しかけてくる。
義父さんは話についてこれず職員の方と僕を交互に見ている。
「田中さん、その文字を読める人間は、8年間の調査で一人も確認できていません。あなたはなぜ読めるんですか?」
「…わかりません。」
なぜ僕に読めるのかはまだ分からなかったので、そう答えるしかない。
義父さんは今は黙って話を聞いてくれているようだが、正直何か問題があったときに追い出されるのではないか、と少し不安に駆られる。
「わ、わからない、というのは?」
「…見たら読めたんです。なぜかは自分でも説明できません。」
黒沢さんがため息をつき早川さんが俺を見た。
「田中さん、もう一点確認させてください。あなたの配信の戦闘映像を解析しました。貴方が放った魔力エネルギーの種類ですが、既知の魔力パターンとは完全に異なります。むしろ、ダンジョン内で観測される異次元エネルギーと酷似しています。」
「…異次元エネルギー?」
「異次元エネルギーとは、ダンジョンが発生時に観測されるエネルギーです。また、渋谷ダンジョンでは、ダンジョンの奥からも異次元エネルギーが観測されています。ですが、調査は難航しており我々の方では手をこまねいているのが現状です。」
「…。」
「…田中さん、ここだけの話をさせてください。」
「…何でしょうか?」
「ダンジョンの奥、第十層より深部には、私たちがまだ到達できていないエリアがあります。そこにあると推測されるある構造物の存在が、各国の研究機関で議論されています。」
「…構造物というのは?」
「門、です。」
門?門って入り口の門だろうか?
そういえば、碑文にも門と書かれていたのを思い出した。
「…碑文に書いてあったやつですね?」
「……はい。そしてその門を開けられる可能性がある人間が、この五年間、日本国内に一人もいなかった。田中さん…あなたが、その初めての候補者です。」
静かだった。
義父さんはまだ黙っている。
僕のことを不気味に思っただろう。今まで解析ができないものが僕に読めてしまったことを。…だから、今も黙っているんだろう。
「…それで、僕に何をしてほしいんですか?」
「協力をお願いしたい。国家プロジェクトとして、あなたの調査を——」
「お断りします。」
黒沢が止まった。
そして、僕も止まった。
なぜなら、その言葉を言ったのは義父さんだったから。
「……え?」
「…国家プロジェクトとか以前に子供に頼らなくてはいけない現状はあまりよろしくない。それに、その国家プロジェクトは危険なのではないですか?」
「…田中さん、これは国の問題なんです!場合によっては世界規模の——」
「…今、国の問題の話はしておりません。私は一人の父親として話をしています。自分の大切な息子を危険にさらされることを容認する親なんていないでしょう?」
「…。」
早川さんが黙り込む。
義父さんは腕を組み黒沢さんと早川さんを見る。
「…私は冒険者ではありません、だから詳しいことは分かりません。…アルトは冒険者としての才能があり、誰にも読めなかった碑文?というのも読めるのかもしれない、ですが、それ以前にまだ16歳の子供なんです。国家プロジェクトなんて責任を背負わせるのは何か違う気がします。…それにこの子は、ダンジョンで本当の両親を失っているんです。そんな国の調査が届いていない危険な場所に行かせるなんて、私はこの子の親として反対させてもらいます。」
義父さんが最初から冒険者に反対をしていたのは知っていた。
普段優しく物事を否定しない義父さんがここまでの拒否を前面に出すなんて思いもしなかった。だが、まるで守られているかのような感じでむず痒い。
早川さんが眼鏡を押し上げた。
「…どうしたら、認めてもらえますでしょうか?」
「…アルト、冒険者としてのランクは?」
「この間登録を済ませてFランクになりました。」
「…貴方達はFランクの子供に国家プロジェクトをさせるんですか?」
早川さんが固まった。
黒沢さんが長く深いため息をついた。
「……田中さん、分かりました。」
「…分かっていただけましたか。」
「…国家プロジェクトではなく少々の協力でしたらよろしいでしょうか?」
「危険ではないことと、アルトの意思次第では私は断りません。」
黒沢さんの目が疲れていた。
そうして、今日の訪問はお開きとなった。
◇
黒沢さん達が去った後、義父さんが僕に話しかけてくる。
「…アルト、冒険者としての活動は楽しいかい?」
「え?…うん。とても楽しいです。」
「俺はね、アルト。アルトが楽しいなら冒険者としての活動を否定する気はないよ。でもね、弟の息子を危険にさらしたくない、その気持ちはあるんだよ?」
「…。」
僕は黙ることしかできなかった。
悪いことはしていないが、活動の内容までは伝えていなかった。
今回はそれが問題になった。それが罪悪感となり顔を伏せてしまう。
「…危険な目にはあって欲しくないけど、それを見守るのも親の責任かぁ。」
「…?」
「義父さんはね、国家プロジェクトは反対するよ。だって、失敗したときの責任がアルトに背負わされる可能性があるからね。だけど、自分たちの意思で行く分なら文句はないよ?流石に行っちゃダメなところに行ったらダメだけどね。そう言う責任を俺たち親に背負わせてくれないかい?」
「せ、責任?」
「アルトは大人びているけど、まだ子供なんだよ?わざわざ国を相手取る必要はないよ。失敗の責任は俺たち大人が取るから好きにやってみなさい。」
「…いいんですか?」
「本当なら反対したいけど、最近のアルトの様子を見ていると良い出会いがあったみたいだし続けるといいよ。それに、その門?って言うのが気になるんだろう?やれるところまでやるのが、男の子だもんな!でも、親としての心配くらいはさせてもらうよ。」
「…ありがとうございます。義父さん。」
「ふふふ。やっと親らしいことが出来たよ。」
僕のことを気味悪がるのではなく、僕を守るためにあの職員達と対立してくれた義父さんには感謝しかない。
ここまで僕のことを思ってくれていたなんて思いもしなかった。
…心が温かい。
今後もきっと心配を掛けてしまうだろう。
でも、きっと義父さん達は否定しないだろう。
だから、出来る限り心配を掛けないようにしたいと強く思うのだ。
もっと、強くなろう。
そして、今日も冒険に僕は出る。
「義父さん、行ってきます。」
「アルト、行ってらっしゃい!」
◇
探索前、ヒナが開口一番に言った。
「内閣府に国家プロジェクトを断ったって本当っ?」
「本当ですね。」
「なんで!?」
「…僕にはまだ早いと思いましたので。」
「アルト君でまだ早いの!?そんなの誰も出来ないじゃん!?」
「…僕にとってヒナさん達との冒険の方が大切なんです。」
ヒナが俺を見た。
信じられないという顔だった。
リオさんが僕を見て言ってくる。
「アルト君、一つだけ聞いていいですか?」
「何ですか?」
「門のこと、気にならないんですか?」
僕は少し考えた。
「…気にはなっていますよ?」
「なのに断ったんですか?」
「…家族に、心配を掛けたくないんです。…それに、国に管理されながら動く気はないというだけで、門を探す気がないわけじゃないです。」
リオが目を細めた。
「……自分で行くつもりですか?」
「……そのうちに。」
「そのうち…。」
「探索しながら、自分のペースで。」
リオがしばらく僕を見ていた。
それから、真剣な顔で言った。
「……私も、連れて行ってください!」
「う、うちもっ!」
ヒナがすかさず言った。
「では、私も同行しましょうかね。」
サクラも言った。
僕は三人を順番に見た。
僕について来てくれる人はこんなに出来たよ、義父さん。
再び三人の方へ向き直り僕は言った。
「……ありがとうございます。一緒に来てください。あっでも、ヒナさんと学校にも行きたいです…。」
「よしっ!」
ヒナが小さくガッツポーズをした。
なぜそこでガッツポーズなのかは、よくわからなかった。
◇
その日の夜。
珍しく夢を見なかった。
代わりに、天井を見ながらぼんやり考えていた。
門。
第十層より深部。
僕がまだ行ったことのない場所。
黒沢さんが言っていた、門を開けられる候補者が、五年間一人もいなかった、と。
なぜ僕が開けられると思われているのか。
王の器。帰還者。血の鍵。
言葉が並ぶ。その意味はわかる。
だが、まだ繋がらない。
僕は目を閉じた。
眠ろうとしたとき、目に温かくなった。
何か見えているわけではない。ただ、温かいだけ。
まるで——何かを思い出しかけているような。
そのまま、僕は眠りに落ちた。
夢は見なかった。
ただ、眠りの底で、誰かの声がした。
声はまだ遠い。
言葉がわからない。
でも、その声を僕は知っていた。
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