第5話 異世界魔王、学校へ行く
翌日。
俺が魔王である前世の記憶に目覚めた次の日。
朝、愛華の作った朝食を食べた後、俺は学校へとおもむいていた。
下駄箱につき、靴を履き替えていると。
「おはよう!」
と、後ろから声がかけられた。
誰だ?
いじめられているぼっちの王真勇人には友人がいなかった。
声をかけてくる存在などいないはずだが。
後ろを振り向くと、そこには弓村の姿があった。
昨日、俺が助けた(と向こうは思っている)クラスメイトの女だ。
「おはよう、王真君!」
「おはよう」
挨拶をされたので返す。
魔王とはいえ、一応は王だからな。
基本的な礼儀くらいは弁えている。
挨拶に対して、挨拶を返すのは当たり前の礼だ。
まあ、その礼儀も、俺に対して不敬ではないという前提あっての礼儀だがな。
昨日俺が制裁を与えたクズどものような不敬な存在には礼を尽くす必要はない。
その点、この弓村という女は問題ない。
感謝と謝罪をきちんと実行できるし、俺へ挨拶に来るなど礼儀を弁えた女だ。
礼儀を弁えた存在には、礼儀を持って対応しよう。
「朝に会うなんて偶然だね」
「同じ学校に通っているのだ。大した偶然でもないだろう」
「え~。そうかなぁ」
靴を履き替えると、弓村が隣に並んだ。
「一緒に行こ」
「構わんぞ」
「ふふ。またその話し方」
何が面白いのか、小さく弓村は笑っている。
「私その話し方けっこう好きだよ」
「そうか」
話し方など、好かれようが嫌われようがどうでもいい。
俺と弓村は会話をしながら教室へと行く。
「あ、澄香ちゃんおはよ~」
「おはよ~」
廊下を歩いていると、弓村は周囲の生徒に頻繁に声をかけられていた。
その回数は1回や2回ではない。
それだけ友人が多いのだろう。
「人気者のようだな」
「え~。そんなことないよ」
「謙遜するな。この俺が褒めているのだ。素直に喜べ」
「え~っと。や、やった~」
弓村は恥ずかしそうに小さくバンザイしていた。
頬が少し赤い。
「それでよいのだ」
うん、と頷く。
魔王の言葉に素直にしたがう。
なかなか利口な存在ではないか。こうでなくてはな。
「これでいいの……? 王真君が満足ならべつにいいけど」
弓村はなぜか困惑した様子だったが、まあいいだろう。
俺と弓村が教室へ向かっていると、前方に1人の男が現れる。
キザな笑顔を顔に浮かべた男だ。
「やあ、弓村さん」
「おはようございます」
どうやらこの男は弓村の知り合いらしい。
「おはよう。今日も可愛いね」
「あはは……。そんなことありませんって」
「いいやそんなことあるさ。僕は嘘をつかないことを信条としているからね」
「そうなんですか。えっと……」
前をふさいでいて、その男は進行の邪魔だった。
弓村がそのことを言いづらそうにしている。
「おい、お前」
弓村の知り合いの男に、俺は話しかける。
「そこにいるのは邪魔だからさっさとどけ」
「あ?」
こちらを見て、イラっとした顔を浮かべる。
「きみ誰? 僕いま弓村さんと話しているよね?」
「お前こそ誰だ。邪魔という言葉が聞こえなかったのか?」
「ああえっと、この人は王真君っていって、同じクラスの私の友達なんです!」
険悪な空気を察して、すかさず弓村が俺と高野の間に割って入った。
その後、俺にこの男のことを紹介する。
「この人は高野先輩。3年生の先輩なの」
「僕は高野佐助。軽音部の部長で、この学校で一番のイケメンさ」
「そうか」
どうでもいい情報が手に入った。
「僕のことを知らないなんて人がこの学校にいるなんて思わなかったよ」
はぁー、とため息をつく高野。
「いや、お前の程度の男なら、知らない奴もいるだろう」
「な、何だと!?」
「すぐキレるな。器の小さい男だな」
「お、王真君。あんまり挑発しないで……! 先輩も落ち着いてください」
愛想笑いを浮かべつつ、弓村がたしなめる。
「チッ。年下のくせにずいぶん生意気な奴だな。まあいい。弓村さんに免じて許してやろう」
こめかみをぴくぴくと痙攣させているが、高野はいったん怒りを収めた。
「僕は自分の教室に戻ろうかな。ああまったく。君のせいで朝のさわやかな気分が台無しだよ」
不機嫌さを隠そうともせず、怒って帰っていった。
「さようなら……」
弓村はそんな高野に対して小さく手を振る。
廊下の角を曲がり姿が見えなくなると、弓村はこちらを向く。
「もー。だめだよ、王真君。先輩にあんなこと言っちゃ」
「邪魔だから邪魔だと言っただけのこと。間違ったことはしていない」
「それはそうなんだけどっ。でも一応は先輩だし。敬語とか使わなきゃ」
「敬語とは目上の相手に使う言葉遣いだろう。あのような男に使う必要はない」
「先輩だよ? 年が上の人は目上じゃない?」
「年齢が上だからなんだというのだ。他者を測るのは年齢ではなく能力だ」
「ベンチャー企業の社長みたいことを言い出すね……」
弓村が苦笑しつつ言う。
前世において、俺は魔王軍を率いていた。
その魔王軍は実力主義だったからな。
現代日本の年功序列というのは理解ができない。
能力もない者をただ年齢が上だという理由で上の立場に置くことは、非効率の極みだと思うのだが。
なぜか日本ではそれが横行している。
「しかし、お前は怒らないのか?」
「怒る? どうして?」
「俺としてはあんな男はどうでもいいが、お前にとっては仲の良い先輩なのだろう?」
「あー、うん。それは……実はあんまり仲良くもなかったり」
弓村は目をそらしながら言う。
「けっこう一方的に話しかけてくるし、思い通りにならないとすぐ不機嫌になるからちょっと困っていたっていうか。迷惑っていうか……。あーなんかいま私性格悪いね! はい! この話終わり!」
弓村は「終わり終わりー」と言ってぶんぶん手を振る。
「性格など悪くてもよいだろう。魔王の俺の近くにいるのだ。それくらいどうってことない」
「えー、そう? 王真君は性格とか気にしないタイプの人?」
「気にしないな。むしろ悪い方が好印象だ」
魔王軍など性格悪いやつらのたまり場だったからな。
性格が悪ければ相手の嫌がることを考えることができるから、そういう意味では性格の悪い奴ほど出世していった。
「ふーん。王真君は悪いタイプの女の人が好みなのか……」
「なにか勘違いしているようだが、俺は別に女の好みの話をしたわけではないぞ」
「!? も、もちろんわかってるよ?」
では先ほどの発言はなんだろうか。
まあ、小さいことはどうでもいいか。
「ささっ。早く教室行こー!」
弓村は自らの発言をごまかすように空元気を出しながら、声を張り上げた。
直後、周囲から注目されて赤面していた。




