第4話 異世界魔王、帰宅する
魔王だった前世の記憶を思い出してから、俺は初めて帰宅した。
築五十年以上たっている、木造建築の小さい一軒家。
そこが俺の家だ。
「お兄ちゃんおかえり!」
鍵を開けて家の中に入ると、妹が出迎えてくれる。
「ただいま。愛華」
妹の名前は王真愛華。
俺の唯一の家族だ。
母親は俺と愛華が小さいころに病気で死亡した。
父親は少し前まではいたが、俺たちを残して蒸発してしまった。
稼ぎ頭のいない俺たちは、貧乏暮らしをしているのである。
我が家はボロイが持ち家(祖父の代から住んでいる)なので、家賃の心配の必要はない。
家賃以外の生活費は、俺のバイトで賄っている状態だ。
俺が稼いだ金のほとんどは生活費や学費へ消えているため、スマホを買うほどの余裕はなかった。
ガラケーは安いからなんとか買えたがな。
愛華を見る。
友人も恋人も両親すらもいない王真勇人の、ただ一人の大切な人間。
王真勇人は、いじめられていた弱者だ。
だがそんな弱者でも、妹のために頑張っていたし、実際にこうして守っていた。
そこだけは、王真勇人のことを認めてもいいだろう。
俺は魔王であるが、己が認めた存在に対しては甘いところがある。
俺が認めた男が大切に思っていた存在なのだから、俺も愛華のことを守ってやろう。
これまでの王真勇人のように。
それに、記憶が目覚める前の王真勇人の影響だろうか。
俺も愛華に対していくぶんか甘くなっているらしい。
情のようなものだろうか。
情か……。
ふっ、と自嘲する。
異世界を恐怖で支配した魔王たるこの俺が、人間の小娘に対して情を抱くなど。
死ななきゃわからない、といった類の言葉があるが。
実際に死んで変わるものもあるということだな。
まあいい。
俺は俺だ。
俺は俺の感情のまま、好きなように生きるのみ。
それがかつての魔王のふるまいと異なっていようが、そんなことはどうでもいいことだ。
大切なのは、今の俺である。
「お兄ちゃん、今日はバイトある?」
「バイトはない」
「そっか、じゃあ勉強教えて!」
「構わん」
魔王の記憶が目覚める前から、ずっとこうして勉強を教えていた。
記憶が目覚めても、行動は変わらない。
「なにその変な話し方?」
きょとんとしながら愛華は尋ねる。
「まるで偉い人みたい」
「偉いぞ。俺は魔王だからな」
「……ついにお兄ちゃんが中二病になっちゃったか」
あちゃー、と愛華が顔に手を当てている。
「そっちいっちゃったかー。普段真面目に頑張っている人ほど、はじけると変な方向に行っちゃうからなー」
「その中二病というのはよく知らんが、お前が俺に対して不敬であるということはよくわかった」
いくら守るとはいっても、俺に対する不敬は容赦せんぞ。
「わー、ごめんごめん。ごめんなさい! 生意気言いました!」
「わかればよい」
謝罪する愛華を寛大な俺は許し、鞄をおいて机の前に座る。
「よし、では勉強を教えてやろう。どの教科だ?」
俺には王真勇人として過ごした17年の記憶がある。
もちろん学校の勉強に関する知識もあるから、愛華の勉強を見ることくらい簡単だ。
愛華は現在中学三年生。
高校受験を突破した俺ならば、中学三年生の範囲は何の問題もないだろう。
畳に置かれた机の上には、学校から出されたであろう宿題が置いてあった。
「えへへ。数学がわかんなくてね。答え教えてお兄ちゃん」
「答えは教えん。考え方は教えてやるから自分で考えろ」
「ぶーぶー。ひどいぞー」
「残念だったな。前の俺ならばいざ知らず、今の俺は甘やかしはしない」
前の俺は、愛華に頼まれればダメだと分かっていてもうなずいてしまうという悪癖があった。
基本的に妹に甘かったのだ。
だが今の俺は違う。
そんな甘さは存在しない。
「仮にも魔王の妹ならば、出された課題くらい自分の頭で考えろ」
「……言ってることは正しいのにその感じだからなー」
「ほう。なにか文句でもあるか?」
「べっつにー。あるわけないじゃん! お兄ちゃんは、ちょっと中二病になったとしてもさ。こうして勉強みてくれる、優しいお兄ちゃんだからね!」
「優しい、か……。俺は魔王だぞ?」
「魔王でも優しいの!」
愛華ははっきりと言う。
「お兄ちゃんが中二病でも、本当に魔王でも、別にどっちでもいいんだ。たとえお兄ちゃんが私以外の他の人に優しくなくても、私に対して優しいなら、私にとっては優しいお兄ちゃん。私にとってはそれでいいの」
「自己中心的な考えだな」
「魔王の妹だからね」
「ほう。自覚が出てきたではないか」
「……いちおう言っておくけど、魔王っていうのをほんとうに信じてるわけじゃないからね? いまのはどっちだとしても大好きだよってことだからね」
「ふっ。皆まで言わずともよい」
「なーんかわかってない気がするけど、まあいいか……。うん、いいよ。お兄ちゃんの魔王ムーブが黒歴史になるまで、私は付き合うよ」
「ならば生涯魔王の妹として生きるのだな。俺は今生――いいやたとえ来世においても、魔王であり続けるのだからな」
来世などというものがあるのかは知らん。
前世があったからといって、次があると短絡的に考えるべきではない。
例え来世があるのだとしたら、その時も俺は俺のまま魔王であるのだろう。
「はいはいかっこいいかっこいい。魔王様ー答え教えて♡」
「自分で考えろ」
「ケチ」
愛華の文句を聞きながらも、俺はこういうのも悪くないと感じていた。
不思議と、悪くない気分だった。




