第3話 異世界魔王、美少女を助ける
午後6時となり、蛍の光が校内に流れ出す。
「もう下校の時刻か。ちょうどいい。実験も済んだことだし、これで終わりにしてやろう」
クズ4人を魔法の実験台から解放する。
治癒魔法を施していたので、4人に外傷はいっさいない。
まあ、精神面の傷は知らんがな。
クズたちは解放されるとその場にうずくまってぶつぶつと小声で何かを言い始めたり、あるいは空を見て呆けていた。
やりすぎて人として壊れてしまったか?
「……どうでもいいな」
こいつらがどうなろうがどうでもいい。
生きていようが、死んでいようが、廃人になろうが。
どうでもいい。
興味もない。
こいつらのことも今日の夜には忘れていることだろう。
クズを放置して俺は家に帰ることにした。
この地球にある、王真勇人の家に。
●
帰宅の途中。
毎日通っている通学路を歩いていると、声が聞こえてきた。
「やめてください」
「なあ、いいだろ。ちょっと遊ぶだけだって」
「離して――」
男女の声だ。
痴話喧嘩か?
いや、聞こえてきた会話から察するに、片方が女を口説いているようだ。
うまくはいっていないようだが。
声の方向と俺の向かう先が同じだった。
近づくと、曲がり角で男が女を口説いていた。
「なあおい。ちょっと遊ぶだけだって。俺がおごってやるからさ」
男は女の手をつかみ、無理やり連れていこうとしている。
「やめてください。興味ないですからっ――」
女の方はその強引な誘い方に迷惑な様子だ。
うむ。
実にどうでもいいな。
興味もない。
どうでもいいから放置して過ぎ去るつもりで歩いていると、女の方がこちらを見た。
目が合う。
まあそれだけならどうでもいいのだが、女の目線につられて男の方もこちらを向く。
「何見てんだてめえ!」
こちらに怒声を飛ばしてきた。
「黙れ。その口を閉じろ。そして二度と俺に話しかけるな」
悲鳴ならば好きなのだが、それ以外のうるさい声は嫌いだ。
特に実力差もわからずに俺に絡んでくるアホの声はな。
「なんだとこの野郎!」
俺の言葉を聞いたアホは女の手を離してこちらに来る。
「なんだ? 貴様は人間の言葉が理解できないのか?」
理解できないことが起こり、俺は首をかしげる。
「俺は二度と話しかけるな、と言ったはずだが」
その言葉に、アホは興奮からか顔を真っ赤にする。
「てめえこのもやし野郎。誰に向かって言ってんのかわかってんのか」
「貴様など知らん。俺に名乗ってもないのだから当たり前だろう。そんなこともわからんのか?」
どこまでアホなのかこのアホは……。
呆れため息をついていると、アホが身の程も知らずにこぶしを握り締め俺に殴りかかって来た。
「舐めてんじゃねえぞこのや――ぷげっ!」
魔法を使うまでもない。
殴りかかって来た男の顎に拳の一撃を入れる。
男は足をふらつかせ、その場に倒れた。
「立てなくなるほど強く殴ってはいない。立て、そして去れ。二度目はないぞ」
「は、はいっ! すみませんでした!」
男はほうぼうの体で立ち上がり、俊敏な動きで逃げるように立ち去った。
アホは口で言ってもわからない。
体に言うことをきかせた方が理解が早いな。
「やっと静かになった」
やれやれ。
面倒なことだ。
俺はその場を去ろうとすると。
「あの」
と声を掛けられる。
俺に声をかけたのは、先ほどまで口説かれていた女だった。
「助けてくれてありがとう。えっと……王真君だよね?」
無視して去ろうかとも一瞬思ったが、女が俺の名前を口にしたことが気になった。
足を止め、少女の方を向く。
顔を見る。
少女は口説かれていたのも納得するくらいには美しい顔立ちをしていた。
少女は制服を着ている。
俺と同じ高校の制服だ。
つまりは同じ学校の生徒ということだろう。
「なぜ俺の名前を知っている?」
「え? あ、ああ。ごめん。話したことなかったし覚えてないよね。私、弓村澄香。いちおう、王真君と同じクラスなんだけど……」
「俺と?」
弓村と名乗った女の顔をもう一度よく見る。
ふむ。
……よく見ると、その顔には見覚えがあった。
確かに、弓村は俺と同じクラスの生徒だ。
クラスのアイドルだとか、男子生徒が噂していたな。
確かにクラスにいる他の女どもと比べて、一段とびぬけて美人と言えるだろう。
すぐに思い出せなかったのは、俺の記憶力が悪いからということではない。
今は4月半ばで、新しいクラスに変わったばかりだ。
顔を思い出すのに時間がかかるクラスメイトがいたところで、別におかしくはない。
去年同じクラスだったならば覚えてもいるだろうが、あいにくと去年のクラスに弓村はいなかった。
「いま思い出した。確かに同じクラスだな」
「あ、思い出してくれたんだ! よかったー」
えへへ、と嬉しそうに弓村は笑う。
屈託のないその笑顔は、魅力的と言えるものだろう。
「しかし、よく俺のことを覚えていたな」
その容姿と性格の明るさから目立つ弓村とは違い、俺は目立たない立場の生徒だ。
俗に言う陰キャという奴か。
3年の生徒からいじめられていたしな。
まあ、そのいじめていたクズどもはつい先ほど俺が落とし前つけてやったが。
「もっちろん! 王真君のことは覚えているよ。クラスメイトだからね! 私、クラスメイトの顔と名前はすぐに覚えるようにしているの!」
「……ご苦労なことだな」
クラスメイトの顔をすぐに覚える。
4月半ばの今の時期に、それをするのは簡単ではないだろう。
奇特な行動をする者もいるものだ。
「あー、その顔。変な人だなって思ったでしょ。名前を憶えていたら、そのぶん仲良くなるのが早くなるんだよ。王真君だって、クラスメイトと早く仲良くなりたいでしょ」
「他人と仲を深めたいなどと思っていない」
クラスメイトと仲良く?
別にそんなものに興味はない。
魔王の前世を思い出す前ならばいざ知らず、今の俺にそんな気持ちなどなかった。
「じゃあ……、私とも仲良くしたいとは思っていない?」
「ああ」
「そうなんだ」
一瞬、弓村はシュンと落ち込む。
が、すぐにこちらに笑顔を向けてきた。
「でも私は王真君と仲良くしたいな! だって、私のこと助けてくれたし!」
助けた、とは先ほどのナンパ男の件をいっているのだろう。
「ありがとね、とっても嬉しかった!」
「別にお前のことを助けたわけじゃない。アホが俺に絡んできたから、追い払っただけだ」
「王真君からすればそうかもしれないけどさ。結果的には、私は助けてもらったじゃない? なら、助けてもらったお礼は言わなくちゃ」
「……起きた出来事を、お前がどう認識しようがお前の勝手だ。好きにしろ」
「ありがと。好きに認識するね」
弓村はそういった後、「ふふっ」と笑う。
「何がおかしい?」
「王真君のそのしゃべり方がちょっと面白くて」
「ほう?」
「なんか、偉い人みたい。王様みたいな」
「ふん。あながち間違いではない。俺は魔王だからな」
「あはは、なにそれー」
「俺を魔王と知ったうえで笑うか? 不敬だぞ」
こいつも自身の立場をわからせる必要があるか?
「あ、ごめんごめん。助けてくれた恩人に失礼だよね。はい。もう二度と笑いません」
「わかればそれでいい」
言葉を使えば、物事を理解できる知能をもっている。
なんと素晴らしいことか。
この弓村という女は、先ほどまで相手にしていた愚物どもよりは頭がいいらしいな。
「その理解力と謝罪をもって、先ほどの不敬は許してやろう」
「ふふっ。許してくれてありがと」
言った後、弓村は鞄からスマホを取り出す。
「王真君がこんなに面白いなら、もっと前から話していればよかったなー。ね、ライン交換しよっか」
「あいにくだが、俺はスマホを持っていない」
「え? うそ」
「嘘ではない。代わりにこれならば持っている」
俺が取り出したのは、折り畳み式の携帯電話。
いわゆるガラケーだ。
「うわ。これガラケー? 初めて見た」
「そんなに珍しいか? いまでも買えるのだがな」
「へー、そうなんだ。え。王真君、なんでガラケーなの?」
「家が貧乏だからな」
俺の言葉を聞いて、弓村は一瞬申し訳なさそうな顔をする。
「あ、あー。そうなんだ。ごめんね、変なこときいて」
「別に構わん」
「あ、でも、ラインは無理でも電話番号は教えてほしいな」
「なぜだ?」
「んー。もっと王真君と仲良くしたいから、かな」
「番号を教えても、仲良くなったことにはならんぞ」
「電話番号を教えてくれたら、離れていても話せるじゃない? 家に帰ってからも、王真君と話したいの。話していてすっごく楽しいし」
楽しい、か。
そんなふうに言われたのは、前世でも今世でも初めてだ。
魔王時代の俺ならば、それすらもどうでもいいと切って捨てたのだが。
しかしそれを悪い気分ではないと思うのは、今世の王真勇人と融合したからだろう。
「……別に電話番号くらい構わん。知られて都合の悪いことは、俺にはないからな」
「やった! ありがとね!」
ということで、弓村とお互いの電話番号を登録しあう。
「用は済んだな。では、俺はもう帰るぞ」
「あ、そうだね。じゃあね、王真君。助けてくれてありがとう!」
「なんど礼を言うつもりだ。お前は」
「お礼っていうのはね。何度言ってもいいものなの!」
「……そうか。覚えておこう。ではな」
「ばいばい。また明日!」
手を振る弓村をしり目に、俺は自宅へと歩みを進めた。




