第31話 異世界魔王、金を得る
「さて、こいつはもう使い物にならん」
苦しみの中にいる社長を捨て置き、いまだ重力魔法で床にはいつくばっている社員たちに目を向ける。
「頼む! 助けてくれ! いえ、助けてください!」
「俺らは貴方に従います。絶対に危害は加えません!」
「い、嫌だ……。あんなふうになりたくない!」
闇金たちは暴力に恐怖し、俺に恭順することを選んだ。
さすがに社長のこの発狂ぶりを見れば、恐れるのは必然だろう。
彼らの心は完全に折れている。
「俺に恐怖し心の折れたその姿勢、なかなか悪くない。面白いのでたすけてやろうか。この馬鹿に代わり金を差し出すのなら、お前たちを助けてやろう」
彼らにかけていた重力魔法を解く。
「さっさとしろ。俺の気は長くないぞ」
来客用のソファに再び腰かけ、待つことにする。
「「「はい!」」」
と社員たちはいっせいに俺の返した金について調べ始めた。
「……そういえば、この馬鹿はなぜ銃を持っていたんだ? こんなものなかなか手に入らないだろう」
ふと気になったので、社員の一人――俺をここまで案内した奴に尋ねる。
「社長はここら辺を取り仕切っているヤクザとも懇意にしていますんで。そのツテで銃を貰ったらしいです」
「なるほど。まあ闇金ならそういう奴らとつるむのはおかしな話ではないか」
「……本当は、敵対するヤクザが攻めてきたときのための自衛として渡されてたらしいんですが」
「俺はヤクザではないから不正使用だな。まあ、ヤクザよりも恐ろしい存在ではあるが」
呆れながらつぶやく。
ヤクザに自衛として渡されていた銃か。
そんなものがあるから虎の尾を踏み、こんなことになってしまうとは皮肉だな。
しかしあの時点で力の差がわからない愚か者だし、仮に俺が来なくともそう遠くないうちに破滅していたことだろう。
「金を調べました。お渡しします」
俺がこれまでこいつらに返していた金を持ってこさせる。
その額はなんと300万円。
我ながらよくここまで返すことができたものだ。
「よし。確かに受け取った。では俺は帰るが、その前に一つ忠告してやる。死にたくなければ外に出ろ」
「へ? なんで」
呆けている社員を置いて、俺は外に出る。
そして重力魔法で闇金事務所の部屋を壊しはじめた。
先ほど闇金の社員にかけた数倍程度の重力ではない。
数百倍、数千倍の超重力だ。
このテナントそのものを潰してビルの階を一つ消すこともできるが、それをすれば余波でビルが倒壊するだろう。
壊すのは部屋の中身だけにしておくか。
部屋の中身がつぶれていく。
棚がつぶれ、パソコンがつぶれ、机がつぶれ、金庫がつぶれ、椅子がつぶれ、ソファがつぶれる。
この部屋にあった全ての物がつぶれていく。
「「「うわああああ!」」」
その光景を見た闇金たちは、このままでは自分たちもつぶされると判断し、一目散にテナントの外へ逃げた。
「良い判断だ。どうやらお前たちは生き残る程度には賢かったわけだな」
そして、賢くなかった馬鹿――俺に銃を撃ち放った闇金の社長は、周囲の状況を判断できる精神状態ではなかった。
そしてそんな状態で逃げることができるわけもなく。
社長は重力につぶされて床のシミになった。
「まあ、あのまま苦しみ続けるよりは、いくぶんか救いのある結末だったろう」
その後もテナントの中身を全部潰し、かつて闇金事務所のあった部屋は床しかなくなっていた。
空きテナントのような状態になったわけだな。
そしてその光景を見ていた闇金たちは、ドン引きしていた。
「マジかよ。社長が……事務所の中身も」
「俺達こっからどうすればいいんだ」
「あれ。っていうかこれ、俺らが夜逃げしたみたいになるんじゃ」
「そうなるだろうな」
闇金社員たちの言葉に俺はうなずく。
「社長はいなくなり、事務所はもぬけの殻。金を持ってどこかに飛んだと考えるのが普通だろう」
「そんな!? どうすんだよ! つぶした金庫の中には、金だけじゃなくて通帳やカードもあるんだ。その中にはヤクザへの上納金とか借り受けた種銭も含まれてんだぞ!」
「このままだと、俺達ヤクザに殺されちまう!」
「そんなこと俺には関係ない。手元にあるはした金を持ってどこか遠くに逃げろ。ああ、俺のことを話したらお前たちも殺すからな」
闇金たちの困惑の声を一蹴し、俺は金を持って帰宅することにした。
●
そして家に帰ってきて。
夕方ごろ、図書館から帰って来た愛華に対して俺は声をかける。
「愛華。お前にいい知らせがあるぞ」
「えっ、なになに?」
愛華は鞄を置いて俺の方へとくる。
「いい知らせって? あ、もしかして彼女ができたとか?」
「その知らせではない。借金がなくなった」
「えっ!? ほんと!?」
「本当だ。俺は嘘はつかん」
「え、いや、魔王云々とかは……。まあ、そのことは今はいいや。借金がなくなったって、ほんとう? どうやったの?」
「借金は年利15%以上の利息が付いている時は法律違反らしくてな。返済の義務はないらしい。俺たちの借金は年利15%どころではないからな。闇金に行って交渉した結果、返済不要になった。ついでにこれまで払ってきた金も帰ってきたぞ」
「そうなんだ……! よかったぁ……!」
愛華は涙ぐみながらも笑顔になる。
家の借金は彼女にとっても悩みの種だったのだろう。
それがなくなったことは、心の底から喜ばしいことに違いない。
「借金もなくなったことだ。金をけちる必要もないし、今日は豪勢にいこうか」
「いいね! 私、ピザが食べたい!」
「ふっ。いいだろう。今ならチキンもつけて頼むことができるぞ」
「す、すごい! ピザにチキンなんて……! そんな贅沢初めてだよ!」
「これからは、こんな贅沢は毎日でもできる。魔王の身内なのだから、この程度の贅沢は当たり前だ」
愛華の喜ぶ声を聞きつつ、俺は宅配ピザのチラシを見て頼むピザを考える。
ほう。
このクォーターとかいうのは4種のピザが一度に食べられるのか。
なかなか贅沢そうだな。
これにしよう。
「――ねえお兄ちゃん」
俺がピザを選んでいると、愛華が話しかけてくる。
「ありがとね、いろいろ」
「何の話だ?」
「借金の件とか、バイトとか。お兄ちゃんが頑張ってくれたおかげで、すっごくいいことばかり」
「……別に礼は不要だ。家族なのだから、助け合うのは当たり前だろう」
前世ならばおよそ思いもつかなかったような言葉を愛華に言う。
これも意識が統合された影響か。
しかし存外悪くない気分だった。
「私も来年は高校生だからね! バイトとかしてお兄ちゃんを助けるから!」
「もう借金もないのだ。頑張って働く必要はない。それに戻ってきた金やバイト先からもらった金はかなりの額だ。これだけあれば、数年程度は働かずとも暮らせる。焦る必要はない」
それに、と付け足して愛華の頭に手をポンとおく。
「お前が一人前になるまではお前のことを守ってやる。気負う必要はないのだ」
「……ありがと。ほんと」
愛華は俺にぎゅーっとだきつく。
「なんか澄香さんと千歳さんの気持ちがわかるかも……。お兄ちゃん、女の子泣かせたりしちゃだめだからね」
「さてな。約束はできん」
「もう……。でもいいよ。お兄ちゃんがどんなに女の子泣かせても、私はお兄ちゃんの味方だからね」
「それでこそ魔王の妹だ」
よしよし、と頭を撫でてやった。




