第24話 異世界魔王、金を得る
「なにを言っているん、てめえ――」
重力につぶされながらも、店長は言う。
「これはてめえがやっているのか!?」
「ああ。俺の魔法によるものだ」
「魔法!? なんでもいいからさっさとやめろ!」
「《《やめろ》》?」
俺は、店長にかける重力を増やす。
「どうやら今の自分の立場を理解していないようだな。お前風に言うならば、口の利き方をわきまえろ」
「がああ――!」
店長の身にかかっている重力は3倍。
それほどの重さ、こいつの身にふりかかった経験などないだろう。
「さあどうする? なんて言うのだ?」
「や、やめてください! おねがいします!」
「よくわかったな。それでいい」
重力魔法を解除する。
「はぁっ――。ぜーはー」
3倍重力から解放された店長は、その場で深呼吸をする。
「さて、いまので理解できたろう。お前を苦しめるのも助けるのも、生かすも殺すも俺しだいだということに」
「ぐ――。てめえ、俺に何させようってんだ」
「おいおい、俺がさっき言った言葉をもう忘れてしまったのか? やはり知能が低いな。しょうがない、もう一度言ってやろう。これまでお前が天引きして来た給料を支払えと言っているのだ。いまここでな」
「な――なに言ってやがる! いまさらそんなもん支払うわけねえだろうがががががあああああああ!」
なにやら反抗的なので、重力魔法を再開。
今度は3倍なんて生ぬるいことを言わず、5倍にする。
「や――やめ――。やめ、て、くだ。わ、かりました――。はら、い、ます。はらい、ますから」
「それでいい」
重力魔法を解除する。
「では、さっさと支払え」
「ぜぇ……はぁ……。金ははらう。はらうが……どれだけ罰金をしたのかなんて、俺だって覚えてないんだ……。払いたくとも払えねえ」
「何を言っている? タイムカードと給与明細はあるだろう。それらを照らし合わせれば、差額から天引きした分はわかるはずだ」
労働した時間はきちんとタイムカードに残っている。
支払った金は給与明細として残っている。
その差額分を渡せばいいだけ。
なにも難しいことはない。
「……ああ、わかった。なら差額分を計算するから、今日はもう帰れ」
「ダメだ。いまここでやれ」
「い、いまからだと夜の営業時間が――」
「それまではまだ一時間あるはずだ。そこまでは待ってやる。さっさとしろ。やらなければ重力魔法だ。ああ、そうそう」
俺はその場にあった椅子に重力魔法をかける。
約1万倍の重力をかけた。
ドン! という激しい音がして、椅子がつぶれる。
かつて椅子だったものは、それがなんだったのか理解できないほど潰れて圧縮されていた。
「俺の重力魔法は望めば千倍にでも一万倍でも増やすことができる。それだけあれば、人体は潰れて消え去るだろう。後に残るは血と肉の潰れカスだけだ。お前を殺し、死体を跡形もなく消すことなど、造作もないということだ」
「な……な、なな……」
それを見た店長は、ガタガタと震え始める。
「数字に少しでも偽りがあった場合、その椅子と同じ末路をたどることになる。お前が嘘をついているのか判断する魔法もあるから、騙しとおすのは不可能だ」
「そ、そんな……うそなんて、とんでもない……」
「ほう? ならばいいのだ。お前も商売人ならば、嘘偽りなく、誠実に対応しろ。できるな?」
「は、はい――! もちろん!」
「ではさっさとやれ。一時間だけ待ってやる。少しでも遅れたら、お前はその床のシミになる」
店長は椅子がつぶれた後の残骸を見て、顔が真っ青になる。
「はい! すぐに計算させていただきます!」
●
「調べ終わりました……」
「いくらだ?」
「これまで支払っていなかったお金は、200万円ほど。正確には、205万4600円です」
「かなりの額だな。まあ、あれだけ罰金を繰り返していたらそうもなるか」
いちおう判定魔法を作動させて嘘かどうか確認するが、嘘ではなかった。
脅した効果はあったようだ。
「では支払え」
「くっ……。わ、わかりました。今月の振込で――」
「違う。いまここで支払えと言っているのだ」
「え!? で、ですが、そんなお金、いまこの店にはありません! レジにも金庫にも、そんなまとまったお金は保管していません!」
「そうか。ならば銀行から引き出せばいいではないか。その程度の額の貯金はあるだろう?」
「な、なにを……! それは店の金じゃなくて、俺の金――」
「グラビティ」
「がああああ!」
ああだこうだ言い始めた店長に、再び重力魔法をかけた。
「よく理解していないようだから言っておいてやろう。俺は、本来受け取るべき金を受け取りたいだけだ。それが店の金であろうがお前の金であろうが、どうでもいい。関係のないことだ」
「ち、貯金も……持ち合わせが……」
「貯金が足りないなら金を借りろ。銀行の借り入れやクレカのキャッシング、それが無理なら消費者金融にでも行けばいい。方法はいくらでもある。そら、あと少しで一時間だぞ」
時計の方を見る。
時間に余裕はもうなかった。
「俺は一時間しか待たない。どんな理由があろうともな。それを超えたらお前は床のシミだ。なんなら、いまここでそうなりたいか?」
「い、いえ……! いやですっ!」
ぶんぶんと首を振る店長。
その顔は、涙と鼻水で濡れていた。
「はらいます。はらいますからっ……! 払いますから命だけは勘弁してください!」
「よし。ではさっさとしろ」
重力魔法を解除して、店長を解放する。
「今から急げば間に合うはずだ。銀行が近くにあってよかったな?」
「は、はい……」
「急げ」
「はいっ――!」
店長は急いで裏に引っ込み、己の財布を持って銀行へと急いだ。
そして、一時間となる少し前に店長は戻って来た。
「はぁー、はぁー。もって、来ました」
店長は震える手で200万円の札束を渡す。
「端数はそこに置け」
「は、はい」
俺の言う通り、店長は端数の5万4600円を机に置く。
200万円を数え終わり、ちょうどあることを確認した。
「たしかに。これまで天引きされていた分は受け取った」
200万円か。
かなりの大金だな。
これで俺たちの暮らしも少しは楽になるだろう。
「どうした? なぜ顔が固い?」
そんなとき、店長の顔が固いことに俺は気づいた。
「本来支払うべき金を支払った。お前はいま、正しいことをしたわけだ。ならば、笑うのが筋だろう?」
「そ、そんな――。こんなに金を失って、笑えるわけ」
「笑えないならば無理矢理そうさせてやろうか?」
俺がひとことそう言うと、何をされるのかわからない店長は恐怖に顔を引きつらせながらも笑うことを選択した。
「い、いえ! 笑います! はは、ははは!」
「そうだろうそうだろう。正しいことをするのは気持ちいいなあ?」
「は、はい! そうですね、あはははは!」
店長は無理矢理にひきつった笑顔を見せる。
「はははははは!」
ひきつった笑顔で笑いながら、その目には涙が流れている。
魔王時代によく見た顔だ。
なつかしいな。
「よし、もういいだろう。俺はそろそろ行く」
俺はその場に千円を置いた。
「これは壊した椅子の弁償代だ。もらっていけ」
まったく。
最後に弁償代を置いていくとは、我ながら甘くなったものだ。
「は、はい! ありがとうございました!」
俺に教育を施され従順になった店長の礼の言葉を聞きながら、俺はバイト先から出ていった。




