第21話 異世界魔王、道化を教育する
「さて、残りはお前だな」
「ひ、ひぃっ――」
ただ一人残った高野に向かって告げる。
「ひいいぃぃぃ! なんだよお前! なんなんだよいったい!」
恐慌状態に陥った高野が叫ぶ。
高野はその場にしりもちをつき、ずりずりと地面を後ずさりしていた。
さすがのこいつも、先ほどのクズどもの姿を見れば気づく。
自分が恐ろしい相手に喧嘩を売ってしまったということに。
「いまのいったいなんなんだよ! 影から手が出て、電気とか水が出て……絶対に普通じゃない!」
「ああそうさ。普通じゃない。お前にはいっていなかったかな? 俺は魔王だ」
「魔王……?」
「異世界の魔王が転生した存在だ。少し前に前世の記憶が目覚めたんだが、まあそれはどうでもいい。いま重要なのは、お前の処遇だ」
「そ、そうだ。おい、お前、僕に手を出してタダで済むと思っているのか!?」
「ほう? ただでは済まないのか」
「当たり前だろ! 僕は軽音部部長で、イケメンで、この学校で一番信頼されている男だ。僕に手を出せば、生徒も教師も黙っていない。学校の全員が敵に回るぞっ!」
「学校の全員が敵に回る? 《《それがどうした》》?」
俺は魔王。
前世では人類すべてを敵に回した男だぞ?
日本という国の小さな地域の小さな学校にいる数百人が敵に回ったところで、何を恐れる必要がある?
「そんなものが敵になったところでどうでもいい」
「ま、待て――」
どうやら「学校が敵になる」なんていう脅しは効果を発揮しないと分かったのか、高野は別の言葉を発する。
「それなら、これはどうだ。あの女たちもただではすまない」
「あの女たち?」
「澄香と千歳だよ。君の近くにいた女二人両方に対しても、学校が敵に回るぞ。はは、そうだ。悪評を流して、いじめさせて、地の底まで貶めてやる。どっちも美人だから、あいつらをいじめて楽しむ女なんてたくさんいるぞ。僕が一声かければ、そんなの簡単だ! あいつら両方この学校にいられなくしてやるよ!」
「俺を脅しても効かないとわかったら、次は女を盾に取るのか。驚いたな……」
本当に驚いたよ。
こいつ、どこまで低俗な男なんだ。
「そもそも、澄香はお前が狙っていた女じゃないのか。俺から澄香と千歳を解放するんじゃないのか。いいのかよ、そんなことして」
「も、もうどうでもいいんだよっ! あんな女たち! 澄香はいっこうに僕になびかないしよお! そんな女に価値なんてない! 解放なんてもうどうでもいい!」
自身が助かるため、高野はそう口にする。
「ククク……。独善とはいえ、仮にも正義の味方を名乗っていた男の台詞とは思えないな。笑えてくるよ。やはりお前は道化だ。おもしろい」
しりもちをついたまま滑稽な叫びをあげる高野を笑ったあと、俺は続ける。
「その滑稽さに免じて、お前にはこいつらと同じ目にあう程度で許してやるつもりだった。だが、気が変わったよ」
「え――?」
俺の雰囲気が変わったことを感じた高野の顔が、一気に固まった。
「俺はこれでも自分の配下を大事にするのでな。俺の配下に危害を加えるというのなら話は違う。お前には地獄を見てもらう」
「え、じ、じご――?」
「拷問魔法というものがある。痛み・苦しみを与えることに特化した魔法でな。このクズたちよりもずっとつらい責め苦を味わうことになるだろう。千歳に約束した時間まであと15分か。そのくらいなら、お前を地獄に落とすまで十分な時間だ」
「え? ほ、え?」
道化は自身におこった状況の変化についていけず、ただ戸惑うだけだった。
「余計な言葉だったな。何も言わずに命乞いだけしていれば、お前は気絶程度で済んだのだ」
「――――」
高野の顔が青ざめる。
あまりにも蛇足。
あまりにも藪蛇。
やるべきでないことをやってしまった。
言うべきでないことを言ってしまった。
それを理解した高野の顔が絶望に染まった。
「まって。まってくれ。まってください! お、俺に手を出したら、お前は明日から――」
「明日から? 何を寝ぼけたことを言っているんだ。そもそもお前、明日自分がまともに会話できる状態にあると思っているのか?」
「や、やめ……。た、たしゅ」
「命乞いをするには遅かったな」
一歩、高野の方へ近づく。
絶望しきった高野は、なんとか立ち上がり、そして一目散に逃げ始めた。
しかし、彼は逃げることはできなかった。
見えない壁に阻まれて、走ることができなかったのだ。
「結界を張っているぞ。逃げられないようにな」
ここに来た時点で、逃亡防止の結界を張っている。
こいつらが逃げられないようにな。
「そ、そんな――。やめてっ、やめてええええ! たすけてえええええ! 誰か、誰かあああ!」
ドンドンと見えない壁を叩きながら、情けなく高野は叫ぶ。
しかし、その声にこたえる者はいない。
助けに来る者もいない。
「無駄だぞ。他に2つほど結界を張っている。人避けの結界に、防音の結界だ。誰もこちらに来ないし、音も漏れない。そもそも、先ほどから俺の魔法で大きな音が出ているというのに、誰も来ていないだろう。おかしいと思わなかったのか?」
この3つの結界があるかぎり、誰も逃げられないし助けに来ない。
何が起こったのかも、判明しない。
同じ結界は、一昨日のクズのときも昨日の変態教師のときも張っていた。
だから大声で叫んでも、誰も助けに来なかったのだ。
「お願いします! 助けて! いや、いやだあああああ!」
高野は小便を流し、地面にしりもちをついて命乞いをした。
俺は魔王。
その程度の命乞いで、何か行動を変える気にはならない。
「安心しろ。地獄は15分で終わる」
ただし――。
「お前はそれ以上の長い時間を、病院のベッドの上ですごすことになるだろうけどな」
まずは脳に直接痛みを与える魔法を試すか。
学校の校舎裏。
高野の悲鳴が響き渡るが、その声は俺以外の誰にも届くことはなかった。




