第16話 異世界魔王、絵を描く
美術の授業の時間となった。
「今日の課題は絵を描くことです。題材は動物です。動物ならなんでもいいですよ。本とかスマホの資料を見てもいいですし、なにも見ずに書いてもいいです」
と美術教師から言われ、各々絵具で絵を描き始めた。
「魔王君はなに書くの?」
澄香が俺の席に来てそう尋ねる。
「昔飼っていたペットをな」
「わっ。ペット飼ってたんだ。犬とか?」
「犬ではない。後で見せてやるから楽しみにしていろ。澄香は何を描くんだ?」
「私もペット描こうかなって。犬飼ってるんだ。ほら見て見て」
澄香はスマホの画面を見せてくる。
そこには大きな白い犬の写真が写っていた。
「かわいいでしょ? シロスケっていうの」
「ああ。確かに可愛いな」
「今度見に来る?」
「それはいいな。犬を手なずけるのは得意なんだ」
前世で俺は犬を飼っていた。
ケルベロスという三つ首の犬だ。
強力な魔獣であり、大半の魔族よりも強い存在だった。
たしか魔王城の門番として飼っていたんだったな。
なつかしい。
「そっかー。じゃあ家に案内するから見に来てね。絶対ね」
「念押しなどせずともわかっている」
「♪」
なぜだか澄香は機嫌よさそうにしていた。
犬を見せるのがそんなに嬉しいのだろうか。
まあ、たしかに自分のペットを他人に見せるのは悪い気分ではないな。
自分の好きなものを他人と共有したいという気持ちは理解できる。
「おいマジか……」
「あの陰キャ、もしかして弓村さんの家に行く約束した……?」
「弓村さんの家に行くとかうらやましい。前世でどんな善行を積めばそんなことになるんだ」
「ていうかなんで弓村さんのこと下の名前で呼んでんだよあいつ」
「ありえない! あんな陰キャがモテるなんてありえない!」
「クソがクソがクソが……。羨ましい羨ましい……!」
「王真よ、犬など見ずに俺と共に甲子園を……」
どうやらクラスの男どもはまたくだらないことを言っているようだった。
特に最後、まだあきらめてなかったのか。
そして、時間が経ちそれぞれ絵が完成し始める。
「できたー」
澄香は自身の絵が完成したようだった。
「見て。シロスケ。うまくかけてるでしょ」
見せてくれたその絵は、確かにうまくかけている。
さきほど見せてくれた姿にそっくりだ。
「おお、弓村さんは描けましたか。犬ですか。上手ですね」
見回っていた美術教師が、澄香の絵を見て褒める。
「はい。飼っている犬なんです」
「なかなか可愛い犬ですね」
「ありがとうございます!」
「王真君はどうですか? もう描けましたか?」
「ああ。もう完成したところだ」
「おお、それはいいですね。王真君は何を描いたのですか?」
「俺もペットだ。といっても、昔飼っていたものだけどな。見せてやろう」
完成した絵を、美術教師に見せてやる。
「なかなかうまくかけた」
「どれどれ――ひぃぃぃぃ!」
俺の絵を見た美術教師は、悲鳴をあげながらその場で腰を抜かした。
「ど、どうしたんですか先生!?」
その様子を見た周りの生徒たちは騒ぎ始める。
「あ、ああ、あ――。え、え……」
美術教師は震える指で俺の絵を指さす。
「絵!? 絵がどうかしたんですか!?」
「王真の絵がなにか!?」
みんなが俺の絵を注視する。
すると――。
「「「ひぃぃぃぃ!」」」
全員が、恐怖の悲鳴をあげた。
美術教師のようにその場で腰を抜かしたり、あるいは後ずさったり。
「加奈子が倒れたぁぁぁぁ!」
失神する生徒まで現れた。
「王真君! こ、これは……! これはいったいなんなんですか!?」
「なにって。俺が昔飼っていたペットだ」
美術教師からの質問に、俺は端的に返す。
「昔飼っていた、異形生命体ゲリュオスタシスだ」
俺の絵に描かれているのは、前世の魔王時代に飼っていた謎の生命体ゲリュオスタシスである。
種族・性別・生態・習性が一切不明の謎生物である。
いつのまにか魔界にいたからペットとして飼っていたのだ。
鳴き声は基本的には「キシャァァァァァ!」とか「ィィィィィィィィィ!」だが、時折「タスケテ」と鳴く面白い生物だった。
文字で描写することは難しい、名状しがたき恐ろしい姿をしている。
その姿を見た俺以外の魔族たちは、恐怖のあまり悲鳴をあげたり失神したり、中には発狂するものまでいたくらいだ。
これはただの絵だから、さすがに発狂するものはいないな。
「え、えっと……。魔王君。魔王君が昔飼っていたのって、犬じゃなかったっけ」
「犬は飼っていたぞ。こいつも飼っていたというだけだ」
「こんなものを飼っていたの!?」
「さすがです魔王様!」
澄香は驚き、千歳はなぜか感動していた。
「いやこんな怪生物いるわけないでしょ!」
「なんで絵なのにこんなこええんだよ!」
「実在しているにしろもっとマイルドにかけ!」
「王真! ひとまずその絵を裏にしろ! 俺たちに見せるな!」
「俺トイレいってくるわ……吐きそう……」
「ああ……やめて……来ないで……。私は生贄にはならない……」
「ねえみんな! 加奈子が! 加奈子が倒れて目を覚まさないの! しかもうなされてる! やばい寝言言ってる!」
美術室は阿鼻叫喚といった騒ぎだ。
「こ、こんな恐ろしい絵は初めて見ました」
いくぶんか回復した美術教師は、立ち上がってこちらに近づいてきた。
「恐ろしい……恐ろしいですけど、なぜでしょうか。目が離せません」
美術教師はその絵をしっかりと見る。
「過去の優れた美術の中には、恐怖を掻き立てるものもたくさん存在しています。おそらくこの絵もそういった作品の一つなのでしょう。確かに恐ろしい絵ですが、恐ろしいがゆえに傑作でもあります」
「ほう。なかなか見る目があるではないか」
美術教師のその慧眼を褒めると、彼は意を決したように言葉を続ける。
「王真君。この絵を美術の展覧会に出してもよろしいですか?」
「先生!? 気は確かですか!?」
「こんな恐ろしい絵を展覧会にだしたら偉いことになりますよ!」
「展覧会にきた人全員恐怖で卒倒しますよ!」
「恐怖のバイオハザードでも起こす気ですか!?」
「どこの大罪司教!?」
「ダメだ先生はもう正気じゃない!」
「あまりの恐ろしさから心を守るために好意を抱いてしまったのか……!」
「おい王真! お前の絵のせいで先生がおかしくなってんじゃねえか!」
「知るかそんなこと」
こいつの行動を俺のせいにされても困る。
「俺の絵を展覧会に出すというならば好きにしろ。どうせ描いた絵に興味はない」
「わかりました。では、こちらは展覧会に出させていただきますね」
「先生ー! お願いだから正気に戻ってくれー!」
そんな阿鼻叫喚の様相を呈しつつ、美術の時間は終わりを告げた。
これは余談だが。
俺の絵を展覧会に提出したところ、「こんなものが世に出たら精神汚染が起こる」と選考委員が判断し、展覧会に出すことは見送られた。
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