おバカ貴族と最適化された日常
2026/1/6 大幅な修正
深夜にも拘らず、ヴェズィラーザムの本邸にはかつてない活気が灯っていた。
だが、その熱源はもはやカサルの部屋にはない。
事件から数ヶ月。
「神童カサル」の葬儀は、誰に看取られることもなく静かに終わっていた。
代わりにこの家が手に入れたのは、知能を幼児まで退行させた「美しい偶像」と、それまで兄に注がれていた莫大な教育資金を一身に受けることになった「新たな希望」──ザラ・ヴェズィラーザムであった。
(クククッ……計算通り。いや、予測以上の最適化だな)
カサルは月明かりの下、自室のベッドの上でゆったりと寛ぎながら、風が運んでくる「音」を解析していた。
隣の部屋からは、深夜まで続く厳しい講義の声。
かつて自分を磨り潰そうとしていたあの家庭教師たちが、今は必死にザラを「加工」している音が聞こえる。生産効率を最優先する工場のように、この家は優秀な製品だけにリソースを注ぎ、不良品となった自分をシステムの端へと廃棄したのだ。
そんな折、扉が静かに開き、一人の少年が入ってきた。
ザラだ。
一年前の、あの痩せ細った影のような面影はもうない。仕立ての良い服に身を包み、肌には健康的な艶が戻っている。
「……お兄様。お休みなのですか?」
ザラの問いに、カサルはよだれを垂らしながら、焦点の合わない瞳を向けた。
手には、意味もなく振り回している一本の「ガラガラ」が握られている。
「あー、うー……。ざら、お肉、おいちい?」
自分で言っておいて爆笑しそうになるのを抑えつつ、カサルは完璧な演技を行う。
「……っ。……はい。お兄様……。僕、今日もお肉を食べました。お兄様が、あんなことになってしまったから……。僕が、お兄様の分まで頑張らなきゃいけないから……」
六歳を迎えようかというザラは兄の手を握り、ぽろぽろと涙をこぼした。
その涙の熱を、カサルは冷徹に、しかしどこか満足げに受け止める。
(いいぞ、その責任感だ。お前が『家』を背負えば背負うほど、我の自由は強固な城壁となる。お前は肉を食え。我はこの自由を貪る)
ザラが去った後、カサルは美しい所作で、ザラが差し入れに置いていった「冷めた豆のスープ」を口にした。
かつて弟が啜っていた、あの不味そうで、しかし温かい味。
極上の一杯を味わうように飲み干すと、カサルはベッドから起き上がった。
「さて……。本格的な『不労の聖域』に移動するとしようか」
カサルは部屋の隅、一見するとただの装飾に見える壁の一部に触れた。
精密な魔力操作──落馬時に「失った」とされるはずのその力で、隠された機構を起動させる。
音もなく開いた床の底。そこには広大な地下空間に繋がるトロッコが設置されていた。
「さてと……行くか」
トロッコに乗って移動する先は、城下街から更に進んだ最も栄える街ペントの地下。
誰にも邪魔されず、誰からも期待されず、ただ「趣味」として世界を再構築するための実験場がそこには在った。
(まずは『働かなくても食糧が生成されるシステム』のプロトタイプからだ。人を動かさず、機構を動かす。機能美の極致を、この暗闇の中で育ててやろう)
地上で人々がザラという「新たな太陽」を仰ぎ見ている頃。
地下の暗闇では、後の世界を支配する「カサル経済圏」の最初の歯車が、静かに、しかし力強く回り始めていた。
過去編終了。
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