その21 あいつは、俺が殺したんだ
一方、会議室では。
「ベレトが、スレイヴに酷似してた……?
わけが分かんねぇよ……最初から話せ!!」
デスクに広げられたデータを前に、感情を爆発させてしまう悠季。
しかし広瀬はあくまで淡々と説明する。
「これは私の推測だが――
神城。ベレトというお前の友人が、まだ生きていたとしたら。
そして、スレイヴとしてこの世界に来たのなら」
「そんなはずねぇよ!」
広瀬の言葉を拒絶するかのように、悠季は声を限りに吼える。
その叫びは最早、悲鳴に近かった。
「あいつは、俺が殺したんだ! 俺が、この手で!!
この指が未だにはっきり覚えてんだよ! あいつの頬が、どんどん冷たくなっていくのを!!」
しん、と静まりかえる室内。
見ていられないというように、悠季から視線を背けるみなと。
そのまま悠季はがくりとうなだれ、頭を抱えて突っ伏してしまう。いつもの飄々とした雰囲気は吹っ飛んで、その姿はまるで暴力に怯える子供のように力を失っていた。
さすがに広瀬もそれ以上を問えず、三枝に視線をやる。それに答えるように、三枝も無言で首を横に振った。
軽くため息をつきながら、広瀬は諭す。
「神城。当時どういう状況だったのかを詳しく知りたいところだが――
話したくないなら、それでもいい。
しかし、だ」
広瀬は悠季の真正面に陣取り、伏せられた顔を覗き込むようにして説明を続けた。
「厄災発生時に殲滅出来なかった個体は、今も管理局で捜査を続けている。だが、未だ発見には至っていない。
もしスレイヴが生存していて、今なおこちらの世界に悪影響を及ぼすのであれば――
管理局としては、一刻も早く手を打たねばならない。それは、分かるな?」
「……分かってる。
だけど……何で、スレイヴがベレトを? あいつの魂を、スレイヴが乗っ取りでもしたのかよ」
「理由や方法までは分からん。
ただ、神城。スレイヴらはお前に、異様ともいえるほどの憎悪で執着していた。
だとしたら――お前の過去をイタズラに暴くような真似をしたって、不思議じゃない」
まるで、悠季を決して逃がすまいとするような広瀬の態度。
口調こそ穏やかだったが、その冷静さは容赦なく悠季を抉っていく。
「もし、そのスレイヴが……
天木さんの中に入り込んでいたら?
しかもお前の言う通り、故人の魂を乗っ取った状態で」
その言葉に弾かれたように、悠季は思わず顔を上げた。
「葉子の中に?
それこそわけが分かんねぇ。どうやってあいつの中にスレイヴが入るんだよ!?」
「それを聞きたいのは我々の方なんだ。
事実、彼女の精神世界にはスレイヴの痕跡が残っている。だとすれば、今なお彼女の中にスレイヴが生きている可能性が高い。そんな状態を見逃すわけにはいかないだろう。
もしそいつが覚醒して、天木さんを――」
「か、管理官!」
みなとが慌てて声をあげ、広瀬の言葉を止めた。
「あ、あの、さすがにそれ以上はちょっと……
ヘタしたら兄さん、ぶっ壊れちまいますって」
それでも広瀬はなお容赦しない。今度はみなとにも鋭い眼光を向ける。
「仁志。そういうなら、お前に説明してもらうぞ。
ベレトという人物と、神城の過去。そこに何があったか、お前なら知ってるだろう」
「へ? わ、私ですか?」
「神城が言えないのなら、この場ではお前に聞くしかないからな」
「そ、そりゃそうですけど、でも!」
「放置すれば、今度は須皇さんが同じようになるかも知れないんだぞ」
「え、あ、うぅ……
あぁ、もう!!」
糸目をぐにゃぐにゃにするほど困惑しつつも、みなとは悠季を見据えた。
再び頭を抱え込んでしまった悠季を。
「……兄さん、すいません。
借金、3割までチャラにしますから……言っても、いいスか?」
すると、悠季の口から呟きが漏れた。
よく耳を澄まさなければ聞き取れないほどの呟きが。
「……全部じゃねぇのかよ」
「3割が限界っす。これでも私にしちゃ大大大出血サービスです。
それ以上はさすがに無理っすよ」
「……いや、いい。
自分で話す。お前にも話してねぇことなんて、山ほどあるんだから」
表情を隠したまま、必死で頭を振る悠季。
その背中は小刻みに震えていた。
「親友だったんだ、ベレトは。
俺たちがガキで、奴隷だった頃から……ずっと」
静まり返った部屋に、絞り出すような声だけが響く。
「だけど……あいつに乗っ取られて……完全に正気を失って……
ベレトは、仲間にまで襲いかかった。
どれだけ俺が呼びかけても、止めようとしても、無駄だった。
だから俺は……!!」
ぐしゃぐしゃと髪をかきむしりながら、悠季はそれだけを呟いた。
まるで獣のような、痛々しい呻きと共に。
それでも広瀬は冷酷なまでに訊ねる。
「その、『あいつ』というのは?
人の魂までも乗っ取るほどの危険な魔物だったとか?」
「…………」
悠季は頭を抱えたまま答えない。
そんな彼を見るに見かねたのか。みなとが遂に口火を切った。
「管理官。兄さんが元々は奴隷で、とある貴族の元で幼少の頃から働かされていたのはご存じですよね?」
「あぁ……そこまでは把握している。名のある貴族らしいな。
確か、オーランドと言ったか」
その名を聞いた瞬間、悠季の肩がびくりと跳ねた。
同時に呼吸も、急激に浅く短くなっていく。
そんな彼を心配そうに眺めながらも、みなとは思い切って打ち明けた。
「結論から申し上げますと――
その、オーランドという人物です。
異形に変化し、ベレトさんを乗っ取り、操っていたのは」
一瞬、意味がつかめなかったのか。
広瀬はみなとと悠季を交互に見据えた。
「何だって?
話がよく見えないが――」
「私も当事者ではありませんから、詳しい状況までは分かりませんがね。
一言で表すと、世にも稀なるクズ野郎だったんス。オーランドという貴族は。
ですが同時に、天才的な術師でもあった。
驚異の術力で権勢を広げ、奇蹟と言われる御業を成し、多くの奴隷をあらゆる手段で屋敷に呼び寄せた。後継者を育てるという名目で。
その奴隷たちは、幼い子どもが殆どだったといいます。しかも少しでも有能な子どもを見つけると、親を殺して子どもだけを攫うような非道もしていたそうな……」




