その20 聞こえないはずの「声」
「い、イヤァアアァアアァアアッ!!」
そんな自分の悲鳴で目が覚めた。
とても怖い夢を見た時、悲鳴を上げたいけどどうしても声が出なくて、必死で声を振り絞ったらその絶叫で目が覚めることがあるけど、それと同じ。
汗びっしょりで頭を回してみると、そこはまだ三枝先生の診察室だった。
黒猫のぬいぐるみが、枕元でにこやかに笑っている。
「葉子!
ねぇ、葉子、大丈夫!?」
紅に染まった長い髪が見える。沙織さんだ。
彼女に背中を支えられ、私は大きく息を吐きながら、何とか上半身を起こした。うぅ、まだくらくらする……
「あれ……?
沙織さん、終わったんですか? サイコダイブ……」
「あたしはもう、とっくに終わったって。
さっき葉子たちも終わったって聞いたけど、なかなかあんたが出てこないからちょっと心配になってさ。許可とって入れてもらったの。
そしたらあんた、寝ながら大絶叫してるんだもの……びっくりした」
それでも沙織さんはちょっと苦笑しつつ、私の横に腰を下ろす。
すると彼女は、よく冷えた缶コーヒーを私に手渡してくれた。
「はい、これ。
対象者は寝てるだけとはいうけど、あたしも何だかんだで結構疲れちゃったからね~
コーヒーだけでも生き返るよ」
言われてみると、猛烈に喉が渇いてきた気がする。お腹も減ってきた。
「あ、ありがとう。いただきます!」
そうお礼を言った時には、私は耐えられずにもう缶を開けていた。
心地よい音と共にコーヒーの良い香りが漂い、思わずぐいっと飲み干す。冷たくほろ苦いコーヒーの心地よさが、一気に身体を満たしていく。
沙織さんの言う通り、本当に生き返った気分だ。頬に血色が戻っていくような感じが、自分でも分かる。
沙織さんは笑いながら言ってくれた。
「先生も言ってた。嫌な夢を見て起きると、全然疲れが取れないどころか逆に疲れが倍増した感あるじゃない?
だから対象者だって、探索者と同じくらい、いやそれ以上に疲れるんだって。
そりゃそうよね。全身麻酔の手術した時って、医者は当然疲れるけど、目覚めた後の患者の体力の減り方は尋常じゃないし」
確かにそれはそうだ。
だとしたら――
さっきのあの悪夢も、自分の疲れが見せていた幻……なんだろうか?
あのイーグルの過去も、全部、ただの幻?
……いや。
到底、そうは思えない。
あの炎の熱さ。血の臭い。真っ赤に染められた少女。
何より、幼いイーグルの――ギラギラと憎悪に満ちたアメジストの瞳。その瞳孔の周囲に広がる、術力の光輪。
それに、あの声――
考えにふけってしまった私の顔を、沙織さんが心配そうにのぞき込んでくる。
「葉子。あまり深く考え込まなくていいって、先生も言ってたよ。
あたしも変な夢、いっぱい見たような気がするけど――
それでも、試してみて良かったなって思うもの。サイコダイブ」
「そうなんですか?」
「うん。
勿論、あたし自身はあたしの中で何が起こっていたのか、ほぼ分からないんだけどさ。
それでも、分かるの。みなとが滅茶苦茶頑張ってくれたって。
みなとがあたしの中を見て、一生懸命受け止めようとしてくれたって。
あたしだってさっき、夢で見たもの。何がなんだかわけのわからない、とにかく強い敵がいたんだけど。
あいつ、ギャーギャー泣きわめいて文句たらたらで逃げまくりながらさ……
何だかんだであたしを庇ってくれた」
どこかスッキリしたように、天井を見上げて話す沙織さん。
そうか。悠季が私を受け止めようとしてくれたように……
みなと君も、沙織さんを受け入れようと必死だったんだ。
「勿論、あたしの問題がそれで完全に解決したわけじゃないと思う。
よく分からないけど無茶苦茶強い敵の正体。それは多分、あたしの抱えた問題であり、あたしの過去に関わることでもある。
あんなの、みなと一人じゃどうにもならなかったし、あたし自身にも多分どうしようもないことだけど」
「沙織さんの、過去?」
私はまじまじと彼女を見つめてしまう。
すると沙織さんはちょっと困ったように微笑んだ。
「そりゃあね、あるよ。未だにあんたにもみなとにも言えてないことぐらい、あたしにだって。
でもさ……今までは絶対、誰にも言えなかったような過去でも。
墓まで持っていくべきだって、今も考えているような過ちでも。
多分全部、心の中だと、見えてしまうでしょ?
それを、はっきりとではなくても、みなとは見たんだと思う」
「みなと君が……」
「多分その正体が何なのかまでは、さすがにみなとにも分からないとは思うけどさ。
それでも――あたしは、何だかほっとした。
どんな自分であっても、過去に誰をどう思っていたとしても、昔ナニをやらかしていたとしても。
今の自分をちゃんと見てくれて、必死で動こうとしてくれる奴がいるって分かったから」
そうか。
結構長いこと『エンパイア・ストーリーズ』をやってた私は何となく分かる。みなと君――つまりハルマ君の度量が、見た目に反してかなり大きいことを。
だからこそ悠季だって、何だかんだでみなと君と共に行動することも多いのだろう。ケイオスビーストの件で絶体絶命まで追い込まれた悠季を救ったのは、みなと君の機転だったし。
でも――
私は同じくらい悠季に心を見られたはずなのに、まだ、何も解決出来た気がしない。
悠季はきっと私を受け入れてくれる。そう信じているけれど……
じゃあ、私がついさっき見た、あの夢は何だろう?
「あの。沙織さん……
サイコダイブ中や直後に、沙織さんは何か夢を見たような感覚、ありましたか?
みなと君の夢を」
「え? うん、そりゃね。
さっき言ったとおり、みなとは一生懸命走り回って敵と戦ってたな~
何でか知らないけど、魔法少女的なカッコになってさ。
さすがにヒラヒラのスカートとかじゃなかったけど、普段の姿から華麗に変身して、ゲーム中の旅商の衣装っぽくなってた。アレ、よく見たらなかなか可愛いよね♪」
「いや、あの、そうじゃなくて……
みなと君の心の中とか、過去とか、そういうものは?」
「え?」
沙織さんはぽかんと私を見つめる。
でもすぐに唇を引きしめ、逆に私に尋ねてきた。
「葉子は見たの? 神城君の何かを」
「えっと……
うまくは言えないけど、多分、見たと思います。
見せられたというか」
そして私は、かなりかいつまんでだけど、沙織さんに話した。ついさっき夢で見た、炎の光景を。
すると、彼女の答えは。
「えぇ……?
さすがにそこまでのものは、あたしは絶対に見てないなぁ」
沙織さんはうーんと伸びをしながら、首をひねる。
「みなとの想いは確かに感じられたけど、あいつの過去とかに関するものは……
少なくともそれとはっきり分かるものは、何も見てない。
それに、誰だか分からない声が聞こえたってのもおかしくない?
葉子の心の中なら、そこで聞こえる声は葉子の記憶にあるはずでしょう?」
そう。それが、あの夢で最も不気味な部分。
正確に言うと、全く聞き覚えがないわけではない。でも、あの声を聞いたのはつい最近だ。
私が悠季と喧嘩して、思わず会社を飛び出した――あの時に聞こえた声。
その正体は勿論、未だに分からない。
一体、あの声は――?




