その22 分かった風な口きく以外にどうしろと?
広瀬は深々とため息をつきながらうなずく。
「なるほど。その子どもたちの中に――
神城もいたのか」
「そうです……
しかも兄さんは、オーランドにかなり気に入られていた。最大の後継者候補といっても過言ではなかったそうで。
だから兄さんのあの術力は、元々はオーランドの指導によるものと言ってもいい。勿論、ケイオスビースト撃破可能になるまでその力を育てたのは、葉子さんの尽力と本人の努力の賜物ですがね。
まぁ……どのような方法で奴に『指導』されたのかまでは、私にも分かりかねますが」
そこでみなとは言葉を濁した。
自分は本当に知らないし、知っていたとしても容易に口にできる内容ではない。怒りさえこめられたそんな意思が、糸目の間から覗く瞳にも見え隠れしている。
悠季自身はずっと、頭を抱えたまま黙り込んでいた。
「いずれにせよ、それがろくでもない方法だったのは間違いないです。そのお屋敷の実態はまさしく、世の邪悪を煮詰めに煮詰めたと形容するに相応しいものだったそうで……
そんな酷い暴虐に長年耐え続けた兄さんは、密かに多くの仲間を集め、ある時オーランドに反旗を翻した。
そのお仲間の中には、ベレトさんや……あと、アガタさんもいらっしゃいましたね」
「宝楽か。
そういえばあいつも、元は神城と同じ環境だったな。酷い貴族に拾われたってしょっちゅうぼやいてたよ。
……それで?」
ひとつ息をついて、みなとは続けた。
「ただ、決死の抵抗を試みたものの――
結局兄さんたちはオーランドには勝てず、お仲間の殆どは殺されてしまったそうです。
必死で逃げのび、マイスまでたどりついたはいいですが……
その時兄さんと一緒に生き残れたのは、ベレトさんと、アガタさん。たった3人だけだったそうで」
思わず天井を見上げ、ため息をつく広瀬。
三枝も黙り込んだまま、じっと悠季を見据えている。
誰とも目を合わせないまま、トラウマから逃げるように頭を抱えているばかりの悠季を。
しかしみなとが続けて語った内容は、さらに驚愕のものだった。
「ですが――
兄さんはオーランド本人には、確かに致命傷を負わせたはずなんです。
実際その瞬間、はっきりと剣で刺した手ごたえがあったようで」
「ん?」
広瀬はすぐに顔を上げた。
「おかしいじゃないか。
なら何故、神城は負けた? オーランドを葬ったのなら――」
「管理官。
それだけ恐るべき術力の持ち主だったんス。オーランドという輩は。
刺されても焼かれてもなおその魂は現世に留まり、グールと化した兵隊や家臣を操って多くの子どもを殺し。
やっとの思いでマイスまで逃げた兄さんを、亡霊となってまで執拗に追い続けて
……そして」
「……ベレトを乗っ取った。
そういうことか、神城」
悠季は激しく背中で呼吸しながら、頭を振るばかり。
ただ、うわごとのように絞りだした言葉は。
「……あそこで俺が止めなきゃ、みんなが死んでた。全員が不幸になってた。
あそこで俺が、ベレトを止めなきゃいけなかったんだ!!」
吐き出された言葉と共に、不気味なまでに静まりかえる部屋。
みなとも悠季を心配そうに見守ったまま、口をつぐんでしまった。
だが広瀬は敢えて声を出す。あまりにも重い静寂を、無理にでもうち破ろうとするように。
「神城……だいたいのところは分かった。
だが、問題はここからだ」
頭を抱え込んだままの悠季。
その指の間から、微かな呟きが漏れた。
「……分かった風な口きくんじゃねぇ」
しかし広瀬はすぐさま答える。冷酷ともいえるほどの平静さで。
「部外者の私が、分かった風な口しかきけないのは当然だろう」
「…………」
「それとも、頭でも撫でてほしいか?
頑張ったね、大変だったね、もう大丈夫だよとでも言ってほしいか?
必要ならそうしてもいいが、今お前がやるべきことは違う」
平坦な声に秘められた、抗えない圧。
悠季はもとより、みなとまでも押し黙ってしまった。
広瀬はさらに畳みかけていく。
「神城。オーランドに乗っ取られ死亡したはずのベレトがもし本当に、スレイヴに変化してこの世界に来たのならば。
そして万一、天木さんの中にいるのならば――
何をするべきか、分かるな?」
「……うるせぇ。
わざわざてめぇに言われなくたって……」
悠季は口では強情にそう言いながらも、頭を抱えたまま誰とも目を合わせようとしない。
そんな彼に、さらに詰め寄ろうとする広瀬。
思わず悠季の手首を掴みかけたが――
「もう十分だ、広瀬。
それ以上はやめとけよ」
場にそぐわずのんびりと響いたのは、三枝の声だった。
「いずれにせよ、今日は2度目のダイブは無理だろうしな。
嬢ちゃんたちは勿論、トサカも糸目も相当疲労してる。今日は4人とも帰ってゆっくり寝るのが一番だ」
「しかし」
広瀬は慌てて振り返ったが、三枝は呑気な笑みを浮かべつつも大きな眼球をギロリと光らせる。
「広瀬。お前の立場としちゃ、今すぐにでも神城をもう一度嬢ちゃんにぶちこんでスレイヴを引きずり出したい、ってトコだろうが――
サイコダイブはそうそう何度も連続で出来るもんじゃねぇ。それに、今の状態でこいつを嬢ちゃんにダイブさせても、正直そこまでの結果は期待できんぜ。
それだけ、サイコダイブってのは対象者も探索者も疲労するモンだ」
三枝にそう指摘され、広瀬もようやく渋々ながら納得した。
「先生にそう言われては、確かに無茶だな……
申し訳ない。事が事だけに、焦りすぎた」
そんな広瀬に、三枝はウィンクさえしつつ微笑む。
そして悠季とみなとを振り返った。
「天木葉子の中に隠れていたスレイヴが偶然にも発見された、今日はそれだけでもめっけもんだ。
これって結構なお手柄なんだぜ、トサカ頭?」
彼の言葉に少しばかり冷静さを取り戻したのか。
悠季は重いため息をつきながらも、顔を上げた。
「……あったり前だろ。
俺は何があったって、葉子から離れない。そう決めてんだ」
そう口にしつつも、目の下には隈までこしらえている悠季。横顔は明らかに疲弊が見え隠れしている。
それでも三枝はニヤリと笑いながら、その肩をぽんと叩いた。
「それ聞いて安心したぜ。
明日も時間は空けておくから、ヒマならまた挑戦してくれてもいいんだぞ?
勿論、お前と嬢ちゃんのコンディションが良ければ、だが」
気軽に口にする三枝。
しかし勿論、悠季には分かっていた――
葉子の中にベレトの気配がある以上、時間的猶予はそこまで残されていないことを。




