その8 その、運命の瞬間は
数分後――私の部屋。
悠季と私は、二人きりになって布団を挟み、正面から向かい合っていた。
部屋の照明はちょっと暗めに落としてある。
沙織さんとみなと君は多分、ドアのすぐ向こうで耳を澄ませ、じっとこちらの様子を窺っているのだろう。
それぐらいは、私でも分かった。
二人揃って何故かきちんと正座し、互いの膝を突き合わせながら。
口火をきったのは、悠季の方。
「……なぁ、葉子。
どうしても、見せなきゃ、駄目か?」
こくりと、私は頷く。
そりゃ、沙織さんが納得しないのなら、仕方ないだろう。
それに――
何より、私も気になる。
「……お前さ。
仮に、俺が……その……」
皆まで言えず、口ごもってしまう悠季。
そんな彼に、私も顔を赤くしながら呟いた。
「私は、男だろうと女だろうと、悠季が好きだよ」
これを言ったら、怒られるかも知れない。お前も俺を信じないのかって。
そう思ったけど――
でも、仕方ない。それが私の本心なんだから。
悠季は滅茶苦茶カッコイイけれど――
私の目から見ても、本当に女の子かも知れないと思う程、可愛いのも確かなんだし。
「あ……
勿論、出来れば男子であってくれた方がいいに違いないけど。
もし女の子だとしても、それで悠季の何が変わるわけじゃない。
イーグルが私に答えてくれて、神城悠季としてこの世界に来てくれて。
ずっと私のそばにいる。その事実は、何も変わらない。
――悠季が私にとって、一番大事な人なのは、絶対変わらないから」
そんな私の言葉に、悠季はじっと俯く。
「信じてもらえないのかって、悠季は思うかも知れないけど。
沙織さんの言ったとおり、悠季が男だってはっきり分かる証拠は、私も見てない。
根拠もなしに物事を信じ込むのは、それこそおかしいでしょ?」
「…………」
「それに、ちゃんと悠季のことは、知っておきたいの。
それで何が変わるわけじゃないけれど、それでも、大事な人のことはちゃんと知りたい。
そう思うのは、変かな?」
それでも悠季は答えてくれない。
わずかな灯りの中、じっと布団に視線を落としたまま考え込んでいる。
もう――こうなったら。
「ねぇ、悠季。
仮に、私が男だったとしたら。貴方は私を見捨てる?」
私は思い切って、自分のブラウスの胸元に手をかけた。
そうだ。
よくよく考えたら、私だって悠季に全てを見せたわけじゃない。
私自身、自分が女性じゃないかも知れない。
胸にちょっと贅肉がついて、大事な部分がすごく小さなだけかも知れないし。
生理? 女性ホルモンが過剰なら、男性でも来ることがあるとかないとか、web小説かなんかで読んだことがあるようなないような――
「お、おい待て! 葉子!!」
その瞬間、慌てて悠季は私の手を押さえつけてきた。
必死で手を掴んでくるその両手は――確かに、どこまでも力強い、悠季の手。
奥底に不思議な補色を湛えるアメジストの瞳が、真っすぐに私を見つめていた。
――それで気づいた。
自分自身が、大分混乱していたことに。
「……分かったよ。
今から――見せっから。ちゃんと、見とけよ?」
そう言って悠季はぽんと私の手を軽く叩くと、静かに立ち上がった。
わずかに衣擦れの音が響くと同時に――
ぱさっと布団の上に、パーカーが脱ぎ捨てられた。
続いて、下に着ていた黒いシャツも。
白い布団の上に落ちた悠季の影が、綺麗な曲線を描いている。
恐る恐る顔を上げてみると――
「――え?」
思わず、間抜けな声を上げてしまっていた。
そこに現れたのは、いつも何となく妄想していたような、美しい背中
――では、なかった。
いや。細身だがしっかり筋肉がついているのは確かだ。しかし――
薄明かりの中でも、はっきり見えた。
背中に刻まれた、無数の黒い傷痕が。
それも明らかに、この間のケイオスビースト戦によるものではない。
ずっと昔から悠季の身体に刻み込まれ、決して癒えることも消えることもない傷。
恐らくどんな治癒術をかけても、完全回復しなかったのであろう傷痕が――
悠季の背中を、縦横無尽に切り裂いていた。
「……きったねぇだろ?
だから、あんまり見せたくなかった」
思い出したのは、二人で入院している時、アガタさんから聞いた話。
奴隷だった子供時代に、イーグルは仲間を守ろうとして、何度も酷い拷問を――
「ご……ごめん、悠季!
私……」
何て言っていいのか分からない。
悠季がなかなか素肌を見せてくれなかったのは、このせいか。
そんな私に、そっと悠季は告げてくる。
「いいんだって。
葉子がそこまで言ってくれたから――俺も、見せようと思ったんだから」
背中もそのままに、悠季は振り返る。
胸も、お腹も、――その背同様、あらゆる場所に癒えない傷痕が見えた。
それでも悠季は、もう怒っていない。それどころか、どこかほっとしたような笑みさえ浮かべている。
「あの……本当に、ごめんなさい。
私、何も気づかなくて」
「葉子が謝ることじゃねぇよ。
気づかないのは当然だ。だって、この傷をつけた奴らは――
服を着てたら分からないような場所を狙ったんだから」
「え?」
「俺は奴隷だった。つまり、奴らにとっちゃ売り物さ。
傷がついた商品は売れない、当然の道理だろ?」
悪戯っぽく笑う悠季。
女性や子供へのDVを隠す為に、加害者は顔や目立つ場所への暴行を避けるというのはよく聞くが……
全く同じことが、悠季にも?
傷の様子から考えると、恐らくとても幼い頃から。
それでも悠季は笑顔のまま、さらにジーンズに手をかけた。
「さて。
まだ俺は、大事なとこはなぁんも見せちゃいないぜ、葉子?
本題はここからだ。お前だけに見せるんだから……
ちゃんと、確かめてくれよな」
少し腰を屈めて私に顔を近づけ、薄明かりの中で囁く悠季。
その唇がほんのり濡れている気がするのは、気のせいだろうか。
よく見ると、艶やかな鎖骨のあたりにも、うっすら汗が滲んでいるように見える。
そう、落ち着け。本番は、ここからだ。
悠季よりも明らかに、私の心臓の方がバクバク言っている。
体温を今計ったら40度、いや50度あるんじゃないかというレベルに、顔が真っ赤になりつつある。
でも、逃げちゃ駄目。
悠季が見せたくなかった古傷まで、全て曝け出してくれたんだ。
ならば、最後まで確認するのが、私の当然の義務。
改めて姿勢を正し、両拳を握りしめる。
悠季の素肌を前に――思わずごくりと唾を呑み込んでしまった。
カチャカチャと金具の軋む音と共に、ベルトが外されていく。
細身の割にがっしりした指がジーンズにかかり、緩まった布地と素肌の間から黒のトランクスがちらりと見え。
余計な肉など一片たりともついていない、引き締まった下腹部が見えてくる。
そしてお腹の真ん中に、随分可愛らしい窪みが見えてきた。あれが多分お臍で、そして、もうその下には――
何度も言い聞かせる。
私は大丈夫。悠季が男の子でも、女の子でも、どちらでも、悠季は悠季だ。
私は――!!




