その9 最強の『美少女』、爆誕
数分後。
私は相変わらずドクドク鳴り響く心臓を抑えながら、後ろ手でドアを閉めていた。
頭が興奮のあまり、ぐわんぐわん鳴っている。
案の定、ドアのすぐ外で待ち構えていたのは、沙織さんとみなと君。
ただ、沙織さんの表情はやや申し訳なさそうだ。
「あの……ごめん、葉子。
神城君に昔色々あったの、知らなくてさ。
なんか……」
決まり悪げに頭をかきながら、沙織さんは横目でみなと君を睨む。
「っていうか、あんたも止めてよ!
あたしが変なこと言い出したら止めるのが役目って、あんたさっき言ったばっかじゃない!」
対してみなと君は、のほほんとした糸目を崩さない。
「いえいえ、沙織さんは何もおかしなことは言ってませんよ。
この際ですからそろそろ葉子さんにも、知っていただいた方がいいと思いまして。
兄さんに過去、何があったのかを」
そうか。
私の抱えた問題はまだ、全て解決出来たわけじゃない。
むしろ、まだまだこれからなんだ。悠季に支えてもらいながら、自分の幸せを掴めるようになるまで――
ならばこうして、センシティブな部分に踏み込んででも、お互いをより深く知ることは不可欠。そう、みなと君は考えてくれたのだろう。
何しろ私は数分前まで、悠季の性別さえはっきりと分かっていなかったんだから。
「それで……どうだったんです?
兄さんは、ちゃんと『兄さん』でしたか? 『姐さん』ではなく?」
腕組みしつつ糸目の片方をちょっと開きながら、ちらりと私を見上げるみなと君。
ほうっと大きくため息をつきながら、私は呟いた。
「――うん。
ちゃんと、男の子だったよ。悠季は」
言葉と共に情景をまざまざと思い出してしまい、かあっと頬が熱くなった。
わ、わ、私は一体何を言っているんだろうか。
そんな私を、みなと君はいつもの糸目でニコニコ眺めている。
私たちに気を使ってくれたとはいえ、今だけは――
この笑顔が、微妙に憎たらしい。
「いやぁ、良かったっす!
これでお互い、一歩前進っすね♪
なんだかお二人とも、お互いがお互い想い合っていながら、どうもなかなか距離が縮まらない感じ……
傍から見るとじれったくてねぇ」
何故か得意げに語るみなと君。
そんな彼に、沙織さんが突っ込んだ。
「ナニ生意気に、知った風な口きいてんの。
神城君が葉子に見せたのなら当然、あんたもあたしに証明しなきゃいけないわけよね?」
「へっ!?」
「あたしだってあんたの性別、よく考えたらちゃんと分かってないわけだし?
お互いバディなら、あたしだってあんたのこと、ちゃんと知っておかないとだし?」
「あ、いや、あの、その、えと!」
自分に矛先が向けられるや否や、みなと君は滅茶苦茶取り乱す。
冷や汗をだらだら流しつつ抗弁するみなと君。
「あ、あの、沙織さん。
兄さんと葉子さんは世にも稀なる運命の出会いを果たして今に至るわけで、私と貴方はそれとは違ってあくまで……」
「ひどい。みなと、あたしのことは単なるビジネスパートナーとしてしか見てなかったわけ?」
ヨヨヨとわざとらしく泣き崩れてみせる沙織さん。
慌てて駆け寄るみなと君。
「ち、ちち、違いますってばぁ!
あぁもう、分かりましたよ! 見せますよ、見せればいいんでしょ!」
真っ赤になりながらみなと君は、ズボンのベルトに手をかける。
あ、ちょ、みなと君も、駄目、それは。
私が慌てて止めに入ろうとした時――
不意に、背後の扉が開いた。
さっきまで、悠季と私がずっといた部屋の――
私が初めて、悠季の性別をはっきり確認した部屋の扉が。
「おい、ハルマ。
とりあえず、この案件の方を先にしてくれねぇか」
不機嫌そうに視線をちょっと逸らしている悠季が、少し乱れた服を無造作に整えながらそこに立っていた。
頬はまだほんのり赤い。
「た、たた助かりましたぁ。兄さぁ~ん!」
ほぼ涙目になって駆け寄るみなと君に、悠季は乱れた髪をかき上げながら言う。
「というわけで、頼むぜ。
俺の指定さえ守ってくれりゃ、後は何でもいいから」
「はい、モチのロンです!
全力で、腕によりをかけて完成させてみせますです! 一世一代の芸術品を!!」
うん。滅茶苦茶力いっぱい言ってるけど、みなと君。
それ、悠季の女装のことを言ってるんだよね?
*****
そして、運命の土曜日の朝。
その『彼女』は――私たちの前に現れた。
約束の時間より数時間前に、私たちは近くの喫茶店に集まることにしていた。
私と沙織さんは喫茶店に先に待機し、みなと君と『彼女』を待つ。
そして、やってきたのは――
「「か……
可愛い……!!」」
私も沙織さんも驚きのあまり、ほぼ同時に立ち上がってしまっていた。
すらりとした身体に、グレーのブレザーとスカートを身につけた、超美人女子高生。
勿論その『彼女』とは――我らが神城悠季である。
大きなアメジストの瞳が一層可愛らしくなっていると思ったら、睫毛が若干長くなって、眉も少し細めにカットされ。
胸元のネクタイの紅が白い肌を引き立たせ、とてもよく似合っている。
ほんのり桜色に塗られた唇は濡れたように煌めき、ジューシーな果実のようだ。
ボサボサだった髪はちゃんと梳かされ、耳の上あたりからはみだした横髪は紅のピンでとめられている。耳たぶには桜を象った可愛らしいイヤリングが見えた。
髪型そのものはそこまで変化しておらず、頭頂部から飛び出したアホ毛もそのままで、ウィッグなども使っていないようだ。それだけに、毛先のかかった細い首筋が一層艶めかしく見える。
――完全に、まごうことなき、ショートカットの美少女。
最大の問題だと思っていた喉仏も、どんな化粧をしたのかそれとも術を使ったのか、丁寧に隠されているようだ。胸にも若干細工がなされているのか、私より若干小さめのサイズぐらいに盛られている。
そして、比較的短めのプリーツスカートから伸びた脚は黒のストッキングを着用し、その伸びやかなラインがより鮮明に浮き上がっていた。髪とほぼ同じ色のローファーには可愛いリボンがついている。
生足を見せたらその筋肉の付き方から、さすがの岩尾君でも分かってしまうだろうと思ったけど、これなら心配ないようだ。いや何の心配をしているんだ私。
「こ、ここまでの美少女になるとは思わなかった……
勿論、擬態は解いちゃってるのよね?」
あんぐりと口を開けたまま、上から下まで悠季を眺める沙織さん。
みなと君は当然とばかりに胸を張って答える。
「一応、広瀬管理官にも相談しましてね。
問題の岩尾さんと仲間うちだけなら、擬態術を解除しても大丈夫だろうということでした。
でなけりゃ、この兄さんの御姿っすよ? ここに来るだけでもエライことになっちまいますからねぇ」
「ほえ~……」
そんな沙織さんを後目に、どっかと私の隣に腰かける美少女。
綺麗すぎて、一瞬アイドルが隣に来たかと思った。
彼女――いや、彼の身体からはほのかにミントの香りがする。これは変わらないなぁ。
「って……
向こうの世界の女装もキツかったが、こっちはこっちでキツイなぁ。
何なんだよ、この短いスカートは」
声には若干術がかかっているのか、少し高めになっている。普段でも悠季の声、ちょっと高めだけど。
みなと君が少々眉をしかめた。
「向こうは向こうで、こっちの世界じゃパ〇ツにしか見えない衣装をお召しになっていた女帝様もいらっしゃったことですし、そーいうもんですよ。
っていうか、『姐さん』」
「その呼び方やめろ」
「その喋り方やめてもらえます?
声質は術でごまかせても、喋りはどうにもならんですって」
「今更、俺のこの口調直せったってどうにもなんねぇよ」
「せめて、『俺』じゃなく『わたし』とか『あたし』って言えねぇスか」
「今から下手に直したって逆に墓穴掘るだけだろ。
女装は初めてってわけじゃねぇし、それぐらいは分かってる」
いわゆるオレっ娘でごり押すつもりか、悠季は。
若干苛々と脚を組み、襟元のネクタイを緩める。スーツの時もそうだけど、こっちの世界の服は悠季にとってはかなり襟元がキツイようだ。
「あぁ、ちょっと! あんまり胸元緩めるとブラジャー見えちまいますから、気ぃつけてください!
脚を組む時も、注意しないとこの短さはパ〇ツ見えますぜ」
「ストッキング履いてんだから大丈夫だろ、面倒くせぇなあ」
「それでも透けて見える時は見えちまうんです!」
…………。
ということは悠季、今、女性用の下着をつけてるってことか。
その扱い方を懇切丁寧に指導しているみなと君……
うん、深く考えるのはやめよう。どんな仕事に対しても手を緩めない、それが二人のポリシーなのだから。




