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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第6章 彼と彼女が「向き合う」時
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その58 久しぶりに、逢えた

 


 気が付いた時には私は、何もない真っ白な空間にいた。

 いつものように先生に酷く叱られて、お母さんにもそんなの当たり前って言われて。

 でも、それを真正面から否定してくれた男の子がいた。

 イーグル――ううん、悠季。

 貴方はずっと、私を助けようとしてくれていたんだね。



 その貴方が水槽に沈められて、酷いことをされているのを見た時。

 何とかして助けなきゃって思った、その時。

 私は、やっと思い出せた――貴方のことを。

 そして、ずっと手放していた自分のことを。



 何でだろう。ずっと夢を――悪夢を見ていた気がする。

 現実の私はとっくに学校を卒業して、OLになってるはずなのに。

 ここでは永遠に先生に怒鳴られて、お母さんに否定されていた。そんな気がする。

 ――この、心の奥底では。


 でも、そんな私の心の奥の奥まで、悠季は来てくれた。

 どんな目に遭っても、自分のトラウマを呼び覚まされても、それでも私を助けようとしてくれた。



 ふと気づいた時、私の膝の上では小さな男の子が横たわり、苦しそうな呼吸を繰り返していた。

 それは勿論、さっきまで水槽でもがき苦しんでいた子供――イーグル。そして、神城悠季。

 あの大男に無理矢理羽交い絞めにされ、胸に石を埋め込まれていた……あれはやっぱり、悠季の過去そのものだったのか。

 その石は今も悠季の胸で光を放っているし、石を中心にして全身に光の亀裂が拡がっている。まるで蜘蛛の巣のように。

 悠季自身も苦しげな呼吸を繰り返しているし、びしょ濡れのセーラー服は見る影もないほどボロボロ。引きちぎられたズボンは最早スカートと見分けがつかないし、スカイブルーの襟も、清潔だったはずの白い布地も殆どが赤く染まった上、あちこち裂けて焼け焦げている。確か、元はとっても可愛かったはずなのに。

 手足や首に今も絡みついている赤黒い枝は、切断されてはいるものの未だに悠季の身体の上を、執拗に這いまわっていた。ぴちゃぴちゃと微かに動きながら、先端は服の裂け目から中へと入り込もうとしている

 ――まだ残存している、あの男の意思のように。


 最も気になったのは、眼だ。

 固く閉じられたままの悠季の眼。瞼の間からぷすぷすと音がしている上、煙のようなものまでわずかに噴き出している。

 当然、非常に痛むのだろう――悠季は無意識のうちに、左手で目元を押さえていた。指の間からは大粒の涙が、次々に零れ落ちていく。

 悠季の眼の中で何が起こっているのか。あの、見つめられただけで魅了されてしまう、アメジストの大きな瞳は――


「う、うぅ、あ……

 よ……ぅ……こ……」


 切れ切れの呼吸の中、それでも私を呼ぶ悠季。

 空いている右手を必死に伸ばし、何度も何かを掴もうとしている。

 その手にも指先にも、私を呼ぶ唇にも、既に光の亀裂が侵食を始めていた。


 私は、そっとその右手をとった。

 傷だらけの手を、なるべく余計な力を入れないように、きゅっと握りしめる。


「悠季……ありがとう。

 ずっと、私を探してくれたんだね」

「……?」


 ここまで魂を投げ出してくれた悠季に、そのぐらいしか言えないとは。

 自分が何とも情けなくなったけど――

 悠季の呼吸は、それだけで少し落ち着いた気がする。


 いつかのケイオスビースト戦の時、スレイヴたちに一方的に酷い目に遭わされていた悠季を思い出す。

 あの時も悠季は、私の知らないところでずっと一人で戦っていた。

 今も――私の中なのに、私の知らないところで。


 改めて、その身体をそっと抱き寄せてみる。傷に触れないように注意しながら。

 血と水を吸い切ったセーラー服の重みと冷たさが、じわりと膝から伝わってくる。体温や鼓動、熱い呼吸も、濡れた布を通して感じられる。

 でも、そんな悠季の身体そのものは――驚くほど軽かった。

 幼い頃の悠季なのだから当たり前なのだけど、それにしたって、軽い。

 まだ十分に筋肉のついていない、二の腕にふくらはぎ。とても細い。

 少し握りしめるだけで折れてしまいそうで、怖くなる。

 私の知っている悠季もだいぶ華奢ではあったが、それでも筋肉は十分に鍛えられており、それが敏捷さと強さに繋がっていた。

 しかし、子供の姿になってしまった彼は――


 とてつもなく非力な上、儚く、痛々しい。

 この身体でずっとあんな暴力を受けながら、彼は生きてきたのか。

 そう思うと、胸の奥がチリチリと焼けるように痛くなった。


 何か……何か、私が悠季にできることはないか。

 だけど、周りには何もない。悠季を治す為の薬もガーゼも包帯もない。

 勿論、いつもは手助けしてくれるみなと君や沙織さん、広瀬さんもいるわけがない。

 もう。私の世界のはずなのに、どうしてこうもままならないのか!



 そんな風に自分自身への怒りを感じ、悠季の手を少しだけ強めに握りしめた時。

 何かが、私の手から悠季へ流れ込んでいく感覚がした。

 同時にどこからか聞こえてきたのは、声。それも、一つだけじゃない。


 《大丈夫だよ。

 私が悠季を治すから。私の水の力を使えば、きっとすぐだから!》

 《いーや、水だけじゃ無理だろ。ちゃんと風も送って、呼吸を整えるんだ》

 《それでもまだダメ。こんなヤバイのが入り込んできたら、術石に対抗する為に心臓に炎を灯す必要もあるって。血流に活力を取り戻させるの!》

 《貴方たちはこれだから……皮膚や骨の組織を再建する為に、大地の力も必要でしょ!》

 《……毒は毒をもって制す。身体が治っても、毒が残ってたらどうにもならない。

 あの男の毒は、私の黒でかき消すのが一番》


 それぞれ全然性質は違うけど、その全てが私の声。

 ずっと前から、絶えることなく激しい衝突を繰り返してきた、私の心。

 その争いがどれだけ醜く、酷いものだったか。それはもう、私自身にも何となく分かっていた。

 だけど今、その力が集まってくる。悠季を癒す、ただその為に。



 私の指先から悠季へ、小さな光となって伝わっていく力。

 それは、どこまでも穏やかな月の光にも似ていた。

 悠季の手の甲を裂いた青い亀裂。光がそこに触れた瞬間、亀裂は水のように溶けだしていく。

 光はやがて細かい砂にも似た粒子となり、裂かれた皮膚を再生させていく。

 握りしめた手から溢れていく光。それは悠季を蝕んでいた毒を、少しずつ回復させていく。

 右手から二の腕、肩。幾筋も走っていた亀裂が光によって浄化され、元の肌を取り戻していく。


 もしかしたら――


 私は必死で眼を押さえている彼の左手を、氷細工をすくいあげるようにそっと取り上げ、頬に触れてみた。

 指先から流れていった光は肌の上で溶け、頬に深く刻まれた傷さえも癒していく。

 流れていた悠季の涙が私の指を濡らしたけど、その熱さはむしろ心地よかった。

 そして、指を少しずつ頬から目元へ動かしてみると。


「う……」


 涙の跡を逆に伝い、悠季の眼へと流れていく光。

 それだけで、瞼の裏から漏れていた煙は消失した。恐らく、痛みも。

 それに気づいたのか、悠季は恐る恐る瞼を動かし始める。

 ――そして。



「……葉……子?」



 かすれた声と共に、開かれる眼。

 そこには間違いなく、いつも通りのアメジストの大きな瞳があった。

 いや。身体も顔も幼くなった分、端的に言って――とっても、可愛い。

 だけど、それ以上に明確にいつもと違う点がひとつあった。



 瞳孔の周囲に、光輪のような青い炎が揺らめいている。

 悠季が術力を最大限まで発動した時だけ出現する、瞳の中の光輪。

 ゲームで見ていた時も、現実で見た時も、とても綺麗だと思っていたけれど――

 それが、もう、この時に?



 光輪が輝く瞳で、じっと私を見つめる悠季。

 まるで信じられないものを見つめるかのように、ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。そのたびに目尻から、まだ残っていた涙が零れ落ちていくさままでが、何とも可愛い……

 悠季の子供の頃って、こんなに可愛かったんだなぁ。



 そして次の瞬間、そんな可愛らしい悠季の顔が、くしゃっと歪む。笑顔とも泣き顔とも解釈できる、様々な感情が入り混じった表情で。


「良かった……葉子……

 ホント、良かった……ゲホッ」


 喉への侵食がまだ治っていないのか、苦しそうな声でそれだけ言って、咳き込んでしまう悠季。

 そんな彼を、私は左腕だけで思い切り支え、きゅっと抱きしめた。

 私の片腕にさえすっぽり収まってしまうほど、小さくなってしまった彼を。

 それにしても――私は多分元の成人女性に戻ってるのに、どうして悠季だけ戻らないんだろう?


「無理しないで、悠季。

 今、治すから。貴方の傷、全部治すから。

 ……本当に、ありがとう」


 そんな言葉と共に、私の手から悠季の身体へと流れ込んでいく光。

 消えていく亀裂。元の張りを取り戻していく肌。

 それを見て悠季は、やっと笑ってくれた。


「へへ……葉子。

 お前の色んな姿見たけど……やっと、久しぶりに葉子に逢えた。

 そんな気がする」



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