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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第6章 彼と彼女が「向き合う」時
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その59 紅蓮の炎、怒りの果てに



 そうして悠季を抱きしめたまま、何分が経過しただろうか。

 元々この精神世界に、時間なんて概念はあまり関係ないかも知れないけれど。

 私はずっと、ひたすら、悠季の治療を続けていた。


 びしょ濡れになった前髪をかき分け、おでこの傷をそっと撫ぜる。

 裂けたセーラー服をめくりあげ、剥き出しの皮膚に触れる。すると、卵みたいに綺麗な肌が戻ってくる。

 そのたびに悠季はちょっと恥ずかしそうにうつむき、頬を赤らめた。

 子供みたいに私の腕にすっぽり抱かれながら治療されるのが、どうにも照れくさいのか、恥ずかしいのか。

 何となく気持ちは分かるけど、仕方ないよね。今の悠季、実際子供なんだから。


 手足に幾つも絡みついていた枝も、しばらく私が触れていたら何とか消失した。

 下着の中にまで入り込んだ枝はどうしようかと迷ったけど――思い切ってそこにも少しだけ手を入れて、治療を続行。

 勿論悠季は「自分でやる! 自分でやるから!!」と騒いでいたが、自分で無理に引き抜くのと私に枝そのものを消してもらうのとどっちがいいかって、後者に決まっている。

 仕方なく最終的には悠季も私に身を任せたけど、トマトみたいに真っ赤になってた彼の可愛い顔は一生忘れないだろう。

 何より、その時にはだいぶ悠季も元気を取り戻し。

 身体中に刻まれた亀裂も、身体中を縛り付けていた枝も、ほぼ全て消失していた。


 ――ただ一か所、胸に埋め込まれた術石を除いて。


 悠季の胸元で、燦然と輝く術石。まるでそこにいるのが当然と主張するように。

 だけど私の知る限り、彼の胸にこのようなものはなかったはず。

 私はちゃんと、現実で、悠季の裸体を見たことはある。間違いない。

 なのに――身体中を這いまわっていた亀裂は消えても、その石は消えなかった。

 恐る恐る触ってみると、熱いはずなのに氷のように冷たい。冷たいはずなのに、炎のように熱い。

 当然、私が触っても簡単には消えない。内部で一瞬、私を拒むように光が微かに蠢きはするが。

 こんな小さい頃から、悠季は――こんなものを、ずっと?



「こいつは……オーランド特製の術石だ。

 俺の術の源。そして――

 俺を支配してコントロールする為の、奴の秘術だった」



 そう呟きながら、悠季は自ら襟元を開き、術石に視線を落とした。

 傷はある程度治っても、ぼろぼろ、血まみれの服までは元に戻らない。

 引き裂かれたセーラー襟。その内側で鼓動する青い光が、濡れた布地ごしに透けて見える。それが、何とも痛々しかった。

 解けた紅いリボンの端から、ぽたりと落ちる雫。そこにはまだ僅かに血の色が混じっている。


「葉子。不思議なんだろ?

 今は何もないはずの俺のココに、こんなん植えつけられてるの」


 石から視線を外したと思ったら、今度は私を見上げる悠季。その口元にはいつもと同じ笑みが少しずつ戻ってきた。

 じいっと音がするほど、私を見つめるアメジストの瞳。その瞳孔の周囲には勿論、まだあの青い炎が揺らめいている。



 ――正直に言おう。とっっっっても、可愛い。

 それに、どれほど傷つけられても決して折れない強さ。それは元の悠季、そのままだ。

 だけど、この愛くるしさと折れなさが――

 当時は一層、悠季自身を苦しめたのだろう。

 愛らしさゆえに目を付けられ、芯の強さゆえに散々いたぶられた。

 それを思うと、目の前の幼い悠季の姿は、あまりにも胸が痛くなる。

 そして、その唇からぽつりと零れた言葉も、また。



「こいつを埋め込まれた時から……俺は、普通の人間じゃなくなった。

 いわゆる、半人半妖って奴だな。

 オーランドによって仕込まれた膨大な術力を、思うがままに使えるようになってさ。

 まぁ……色々と、大暴れしたもんだぜ」



 口元は笑っている。口調も軽い。

 だけど、身体も声も小刻みに震えているのがはっきり伝わってくる。

 それだけで、その頃の悠季がどれほどの苦痛の中にいたか。私にも分かってしまった。


 あのゲームの世界――つまり悠季がイーグルだったあの世界では、半人半妖の存在なんて全然珍しくもなかったけど。

 ただの子供だったはずのイーグルが、幼い日に、無理矢理、人ならざるものへと身体を変えられた。その痛みはどれほどだったか。


「散々実験やら闘技場やらに投げ込まれて、その術力は伸びまくったさ。奴の思い通りに。

 葉子。お前の知ってる俺の術は、殆どがその時に仕込まれたもんだ。

 というか、昔はもっと色々無法が出来たんだぜ? 時間操作術と回復術を延々と繰り返して、ちょっとした屋敷レベルの巨大モンスターの大群を一晩かけて殲滅したこともある」


 恐らくそれもオーランドの実験か、闘技場でやらされたのか。

 いずれにせよ、こんな小さな子がやっていい所業ではない。


「でも、俺はずっと考えてた――奴への反乱を。

 その為に術も鍛えたし、力を利用しながら密かに仲間も集めた。

 長いこと、慎重に計画をたてたよ。その仲間には、アガタや……

 ベレトもいた」


 アガタさんとはケイオスビースト戦の後、直接会ったことがある。私が悠季の過去を初めて認識したのは、彼女と話してからだったか。

 そして――ベレト君。

 悠季自身が手を下さざるを得なかった、親友。

 一度打ち明けられたことはあったけど、その時の私は結局、詳しいことは聞けずじまいだった。


「だけどよ……これを葉子に言うの、ちょっと気がひけるけど。

 ある日、あの娘に出会っちまったんだ。俺」


 何となく分かってしまった。

 それが多分、あの地獄のようなイメージの中に出てきた――紅蓮の炎の中、血まみれで玉座に拘束されていた、金髪の少女。


「俺の計画実行にはもう少しかかりそうってタイミングで、その子はオーランドに連れてこられた。

 盗賊どもに襲われて家族ごと皆殺しにされそうなところを、彼女だけを救ったとか何とか、奴は得意げに言ってたけど……

 俺も仲間も分かってたよ。その娘が欲しくてオーランドは賊を使い、家族を皆殺しにして彼女だけをさらったんだって」


 もうそんな所業は、狂った屋敷の中では当然だったのだろう。

 だけど、誰も逆らえなかった。オーランドの力があまりに強すぎて。

 だからこそ、悠季も虎視眈々と反乱のチャンスを狙っていたんだろう。


「でも、彼女は優しかった。

 毎日毎晩、当たり前のようにいたぶられる俺たちに、ずっと優しかったんだ。

 ちょっとだけ回復術も使えて、俺の怪我も治してくれた。

 ちょうど、今の葉子がしてくれてるみたいに」


 ぽつりぽつりと、涙のようにこぼれていく悠季の言葉。


「自分がどれほどつらくても、一生懸命俺たちを介抱してくれる彼女を見たらさ。

 守りたくなった。助けたくなった。

 多分、その気持ちは……」


 うん――初恋だったんだと思う。

 全てを語ろうとはしない悠季。でも、それぐらいは私にも分かった。

 いつしか顔をふせ、小刻みに震え出している悠季の身体。

 その両肩はあまりにもか細く、幼い。


「だけど、その日――突然、あの娘がいなくなった。

 オーランドの手で、屋敷の奥へ実験用に連れ去られた。そう聞いて、俺はもういてもたってもいられなくて。

 計画を一気に前倒しにして、反乱を起こした。彼女を、助けたくて。

 俺が無茶な指示したせいで、仲間も大勢犠牲になった――けど、それでもその時の俺は、あの娘が助かればそれで良かった。

 何だかんだ、昔っから薄情なんだよ。俺って」


 何を言っているんだ。

 悠季が薄情だというのなら、全ての人間が薄情になってしまうだろうに。


「でも……

 それでも、ダメだった。

 俺が到着した時には――」


 それが、あの地獄の光景だったのか。

 玉座に縛り付けられ、血まみれのまま既に息絶えた少女。

 口にするだけでもつらいだろうに、それでも悠季は喉から声を振り絞り、話し続ける。


「その娘は、とっくに事切れていた。

 で、そこに待ち構えてやがったのがオーランドだ。

 奴の言葉で分かっちまった。俺がやってきたことは全て、奴には筒抜けだったって

 ――俺はずっと奴の掌で、転がされてただけなんだって!」


 襟元を掴んでいた悠季の両拳が、さらにぎゅっと握りしめられる。

 その感情に比例するように、術石の光もギラギラと急速に強くなりだした。

 私は思わず、もう一度強く悠季を抱き寄せる。


「悠季。今はもう大丈夫。

 大丈夫だから……」


 それしか言えない自分が情けない。

 それでもなお、悠季は懸命に話し続けた。熱にうなされる子供のように。


「そこから後のことは、自分でもあまり覚えてない。

 奴の全てを叩き切って、切り刻んで、破壊する――その一念で、真っ向からオーランドと戦ったのだけは確かだけど。

 そんな俺を見ながら、奴は絶頂してたよ。これこそが自分の求めたイーグルだ、とか何とかほざきながら」


 吐き捨てるように言い切る悠季。


「そして、奴と戦ってる途中から――

 術石も、俺の術も、暴走を始めた」


 そう言われて、思い出した。

 三枝先生の診察室で寝ていた時、悪夢の中で見た、悠季――イーグルの姿。

 激しく燃える光輪を宿した瞳。そして彼の背中、ブラウスを突き抜けるかのように生まれていた光の翼。

 あの翼は、術の暴走によるものだったのか。

 あれは決して夢でも幻でもない。確かに、実際に悠季の身に起きたことだった。



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