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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第6章 彼と彼女が「向き合う」時
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その57 負けても、諦めないで


※作者注:今回もかなりの流血・暴力表現があります。苦手なかたはご注意ください。





『イーグル――お前は、どれほど傷つけても絶対に汚れない魂の持ち主。

 私はずっと、そんな器を求めていた。

 お前はまさしく、私の理想だよ』


 そう言いながら、悠季の濡れた胸を円を描くようにつうっとなぞるオーランド。

 太い指になぞられた跡に、術の青い光が刻まれていく。同時に、刺すように冷たい痛みが心臓のあたりから突きあがってくる。

 それだけでも、悠季は思わず呻いてしまった。


「……ぐ……っ」


 これから起こること――それは、過去のイーグルに既に起こったこと。

 ただの子供でしかなかった自分が、その身体に見合わぬ強烈な術を縦横無尽に駆使できるように「なってしまった」、一因。

 身体が思わず強張り、震え出す。その恐怖さえも見透かし、にんまりと笑うオーランド。


 同時にそのぶ厚い唇からは、いかなる文字で表現するのもほぼ不可能な発音による、詠唱が開始された。オーランドが編み出した独自の呪文が。

 これにより悠季の四肢は骨ごと凍り付いたように固められ、ほぼ動けなくなってしまう。


『お前はよく暴れるからなぁ、イーグル。

 暴れたら余計に痛くなる。だからこうして、動きを止めているんだ。少しは感謝してほしいな』


 そして、詠唱が進むごとにオーランドの右手に生み出されていくもの。それは――

 膨大な術力をこめた塊、すなわち術石。それが、爛々と光り輝く青い石の形となって空中に出現していく。



 ――葉子!



 まだわずかに動く眼球で必死に視線を動かしながら、悠季は葉子の姿を確認する。

 彼女は――

 あまりに信じられない光景を前に、茫然と悠季を見つめたまま、突っ立っていた。


 オーランドの手中で、次第に明確な石の形となっていく光の塊。

 それは視神経を刺激するほどの輝きを放ちながらも、まるで心臓の鼓動に呼応するかの如く脈打っていた。

 僅かに尖り始めたその切っ先は、明確に悠季の胸の中心を狙い、接近していく。


 水をかいてもがこうとしても、手足は動かない。

 既に術をかけられた影響か、急速に熱くなっていく身体。異常に高まっていく鼓動。

 しかもその心音や体温の全てが、自分を強引に抑えるオーランドに伝わっている。それが、無性に悔しかった。


「や……

 やめ……っ!!」


 悠季の肌に近づくたびに、鋭利に尖っていく石の切っ先。

 それを見て反射的に叫んでしまう悠季。止まるわけがないと分かっていても。

 そんな彼のありさまを、大きな眼を見開いたままじっと見つめている葉子。



 ――駄目だ、葉子。

 見る……な……!!



 どれほどそう叫ぼうとしても、既にまともに言葉すら出せない。

 そして術石は冷たい光を放ちながら、容赦なく悠季の胸に触れた。



「――が……あ、ああぁあああああぁあああ!!!」



 石が肌に食い込んだ瞬間から、バチバチと弾けながら水面で爆ぜる火花。

 その青い光は雷にも似た苛烈さをもって、悠季の全身を貫く。激痛と共に。


 術石の先端は、無防備に晒された悠季の胸に容赦なくめりこみ、その身体は電撃に撃たれたかの如く跳ね上がった。

 皮膚が焼かれ、肉が裂け、肋骨が砕けていく。

 奥で脈打つ心臓が、冷たい手で無造作に握りつぶされていくような感覚。

 四肢がけいれんし、飛沫が大きく跳ね上がる。その中には当然、悠季の胸から噴きだした膨大な赤も含まれていた。


「アァアアア……が、は……っ」


 喉からごぼりと血が溢れ、濡れそぼったセーラー服をさらに汚した。

 それでもなお、オーランドはその拘束を緩めない。突き刺さった術石はそこで止まることなく、胸の奥まで一層深く食い込んでいく。

 そして――術石が埋め込まれた胸の中心から、奇怪な変化が始まっていた。


 メリメリ、バキボキ……


 肉を、骨を食い破る音と共に、術石から悠季の全身にかけて、放射状の亀裂が伸びていく。青く輝く亀裂は血管を、神経を侵食するかのように、ギザギザと乱雑に角度をつけながら肌を食い破っていく。本人の意思などまるで関係なく。

 それを見て、オーランドが歓喜と興奮の声をあげた。


『おぉ……始まったぞ。

 イーグル。これまでの子供たちは、この段階で魔物に変わってしまった……

 だが、お前なら出来る。これは私の愛だからね――

 どれほど痛くても、お前はやり遂げる。私は信じているよ、イーグル!』


 そんな言葉をオーランドが吐いている間にも、光の亀裂は悠季の首筋を駆け上がり、まだ幼さの目立つ頬までもを容赦なく裂き始めた。

 同時に両目にまで酷い熱さを感じ、あまりの激痛に悠季は思わず目をつぶったが――

 瞼の裏までが一気に熱くなる。視界がカーマインレッドに染まる。

 自分の眼球から、煙が出ている。そう気づいた時には、悠季の両目からは高熱と激痛による生理的反射による涙が、ぽろぽろと零れ落ちていた。


 ――駄目だ。

 これじゃ、葉子を見ることすら出来ない。


 痛みと共に悠季の心を犯していくのは、そんな絶望。

 あの時もそうだった。自分の身体が人間ではない、別のものに変わってしまう。

 どんな痛みよりも、その恐怖と絶望は深かった。それははっきり覚えている。


「……よう、こ……」


 酷く荒い呼吸。術石が胸に食い込むたび、舞い上がる赤い飛沫。

 自分の意思では動かず、ひたすら痙攣を続ける手足。

 それでも悠季は、渾身の力をこめて目を開き、葉子を振り返ろうとする。無理だと分かっていても。

 すると見えてきたものは――


 真っ赤な視界の隅で、何かを叫んでいる葉子。

 あまりの光景を前にぶるぶる震えながら。その目からは涙をこぼしながら。

 それでも、眼前で苦しむ悠季を見つめながら――



 彼女は確かに怒りを露わにし、叫んでいた。

 聴覚までが犯されていく中、それでも彼女の声はかすかに聞こえた。



 ――やめて。こんなこと、もうやめて!

 こんなの、大人のやることじゃない!

 もうやめて、やめてよ!!



 さっきまで、教師にも親にも一方的に屈服させられるばかりだった葉子。

 そんな彼女が立ち上がり、これほどの光景を前にして目を逸らさず、叫んでいる。

 ぼろぼろ泣いていても、震えていても、それでも――

 眉を吊り上げ、歯を剥きだし、激昂していた。



 ――あぁ……そうだ。俺までも、忘れかけてた。

 どれほど打ちのめされても立ち上がり、状況を見据えて出来ることを探す。

 そして、理不尽に打ちのめされる他者を見たら、怒り、手を差し伸べる。

 これが、葉子の強さなんだってこと。



 悠季がそう感じた瞬間、不意に聴覚が鮮明になった。

 全身の痛みが妙に軽くなり、オーランドによる拘束もわずかに緩んだ。

 そして聞こえてきたものは――

 悠季が魂をかけて取り戻そうとしていた、葉子の言葉。



「お願い、負けないで。負けても、諦めないで。

 私も、絶対諦めないから。イーグル……

 ――()()!!」





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