6 瑠璃子の休日
「そういえば、今日はお休みだった」
重たい瞼を擦りながら、瑠璃子はけたたましく鳴り響く目覚まし時計のスイッチを気怠そうに押した。
昨夜のうちに設定を変更しておけば良かったと、今更ながらに少し後悔する。
瑠璃子はこの日、教師としての仕事も警備部としての仕事も無く。珍しく一日を通しての休日だった。
とはいえ、いざ休日となると何をしていいのか逆に分からない。人によっては溜まっていた洗濯物や掃除で一日を消化してしまうこともあるだろうが、忙しい毎日の中でもその辺りはこまめに片づけているので部屋の中は綺麗なものだ。
家にいてもすることが無いので、瑠璃子は外出することに決めた。特に宛ては無いのだが年頃の女性らしくたまにはウインドウショッピングも良いかもしれない。
「何着て行こうかな」
仕事着がレディーススーツばかりなこともあり、お洒落に気を使って外出するというのは久しぶりの事だった。
瑠璃子は無難に黒のアンクルパンツとリボンタイつきの白いブラウス、ネイビーのブレザーというコーデに決めた。大学生の頃から着ている服なのでそろそろ買い替え時かといつも思うが、結局先延ばしにしたまま今に至る。今日こそは新しい服を買おうと瑠璃子は心に決めるが果たして結果やいかに。
「これもいいな」
街へとくり出した瑠璃子が最初に訪れたのは、繁華街の一角に佇む女性向けのカジュアルブランドの店だった。最近は女であることを忘れてしまいそうなくらいに仕事に追われていたので、お洒落な服でも買って気分を上げたい。
昔から好んでいるホワイト系の配色のブラウスを物色していると、
「あれ、瑠璃子先生?」
聞き覚えのある声を背後に感じ瑠璃子は振り返る。生徒の大半が「瑠璃ちゃん」と呼ぶ中、律儀に先生をつけて呼んでくれる可愛らしい(もちろん他の生徒のことも好きだが)生徒。
アイドル的なルックスを持つ詩月沙羅の姿がそこにはあった。
「沙羅ちゃん。こんなところで会うなんて奇遇ね」
「本当ですね。というか休日に先生に会うのは初めてかもしれません」
「そういえばそうね。私、たまの休みも家で消化しちゃうことが多いから」
「じゃあ今日は久しぶりの買い物ですか?」
「そうなるわね。ねえ、せっかくだから選ぶのに少し協力してくれない? せっかくだし若い子の意見も取り入れたいなと思って」
「私で良ければ喜んで」
沙羅は元芸能人ということもあり、今時の女の子の中でも特に流行に対する感度が強い。瑠璃子の知人で彼女ほど服選びに最適な人材はいないだろう。
「瑠璃子先生の好みの服はどんな感じですか?」
「今日のコーデもそうだけど、学生時代からキレイ目な服を選ぶことが多いかな。ブラウスにブレザーは昔からの鉄板ね」
「でしたらシンプルなブレザーに遊び心のあるトップスでメリハリをつけてみるのはどうですか? 例えばこれなんか――」
沙羅は棚に畳まれたホワイトベースにネイビーの細かいラインが入ったストライプ柄のブラウスを手に取り瑠璃子の体に当ててみた。瑠璃子が着用しているネイビーのブレザーとも形状、色合いともに相性が良く。手持ちの服とも直ぐに合わせられる良いチョイスだ。
「瑠璃子先生。せっかくなので着てみてくださいよ」
「そうね。沙羅ちゃんが選んでくれたんだし、着てみようかな」
ブラウス片手に瑠璃子は試着室に入り、沙羅は試着室の前で待機した。
「どうかな」
ストライプ柄のブラウスを試着した瑠璃子が姿を現す。
着る人によって見た目の印象が異なるストライプ柄ではあるが、瑠璃子はその童顔が手伝い、どちらかという若々しく可愛らしい印象が強く映る。
「ブレザーも着てみてくださいよ」
沙羅に促されるまま、瑠璃子はハンガーにかけていたブレザーをストライプ柄のブレザーの上へと羽織ってみる。可愛らしい印象だったストライプ柄にブレザーによって程よく知的な雰囲気が加わり、可愛さと知的さの同居したバランスの良いコーディネートが誕生した。
「どうですか、瑠璃子先生」
鏡で自分の姿を確認している瑠璃子に沙羅が訪ねる。
鏡に映り込む瑠璃子の表情は、まるで新しい自分を発見したかのような高揚感に満ちており、
「凄く気に入ったわ。沙羅ちゃんはセンスが良いのね」
「これでも元芸能人ですから」
褒められたことで沙羅は嬉しさからはにかむ。
「他にも服を選んでもらってもいい? 沙羅ちゃんの力を借りて今日はファッション祭よ」
「お、お手柔らかに」
妙なスイッチ? の入ってしまった瑠璃子に少しだけ困惑しながらも沙羅は笑顔で頷いた。
学校の先生と一緒に買い物を楽しむことになるとは思わなかったけど、女の子同士の買い物というのは自然と盛り上がるものだ。
いつの間にか一時間以上が経過しており、梯子した服屋は三軒を越えていた。瑠璃子的にはまだ物足りなかったのだが、沙羅はこの後用事があるとのことだったので、三軒目での買い物を終えたところで女子二人のショッピングはお開きとなった。
「近くまで来たし、久しぶりに寄ってみようかな」
沙羅と別れた瑠璃子が向かったのは、繁華街からも程近い『不可思議堂』の店舗だった。
少し前に店主の深幸が海外での買い付けから戻って来たという話は聞いていたので、久しぶりに顔を見に来たのだ。
「こんにちわ」
瑠璃子が不可思議堂の店内へと入ると、贄川が商品の配列を直しているところだった。
「おや、雨音さん」
「こんにちわ贄川さん。深幸先輩はいる?」
「少々お待ちを――店長、雨音さんがいらっしゃってますよ」
「はーい」
陽気の返事と共に、二階から軽快な足音が駈け下りて来た。
「あら、久しぶりね瑠璃子ちゃん」
「先輩が唐突に海外に飛んじゃうからですよ」
瑠璃子は深幸のことを昔から先輩と呼んでいる。同じ女性魔術師の先輩という意味で、学校や職場関係の先輩というわけではない。
「珍しいわね。瑠璃子ちゃんが仕事以外でここに来るなんて」
「久しぶりの休みだったので、先輩の顔でも見に来ようかと思って」
「あらあら、可愛い後輩さんだこと」
年甲斐も無く(失礼)嬉しそうに飛び跳ねると、深幸は奥の応接室へと瑠璃子を伴った。
「贄川くん。お店の事は頼んだわよ」
「言われなくても、いつも俺か楽人の仕事でしょうに」
贄川なりの了承であることはその場にいる誰もが理解していた。
「そうだ、瑠璃子ちゃんにも海外土産があるのよ」
「そ、それは楽しみですね」
深幸のお土産選びのセンスがお察しなのは瑠璃子も心得ているので、過度な期待は浮かばなかった。
「お土産というのは、この人形です」
「……魚人?」
手乗りサイズの灰色の魚人のような人形を、深幸は机の上へと直立させた。
「えっと、何ですかこれは?」
「東南アジアの川沿いの村で手に入れた幸運をもたらす人形よ。なんでも結婚祈願のお守りだとかで?」
「……何故魚人の人形で結婚関係に? そして何故私にこれを?」
「ふふふ、仕事にかまけて男と接する機会も無く惨めに婚期を逃しそうな可愛い後輩に対する私なりの配慮よ」
「あらあら、私より先輩の方が焦った方がいいんじゃないですか?」
瑠璃子は笑顔のままサラリと毒を放つ。喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったもので、瑠璃子がここまで遠慮なく物を言える相手もそう多くは無い。
「おやおやどういう意味かな後輩ちゃん?」
「図星だからって怒らないで下さいよ先輩」
互いに笑顔のまま口撃が繰り広げられ、周囲に不穏な雰囲気が流れ始める。
「……何をやってるんだあの二人は?」
レジで待機していた贄川は、戦いの余波が自分にまで及ばないことを祈るばかりだった。
「さてと、次はどこに行ったものかな」
「不可思議堂」を後にした瑠璃子は、再び繁華街の方へと戻って来ていた。ちなみにあの後、深幸の海外で小話で盛り上がり、その場を包む雰囲気は和やかなものへと修復。後半は穏やかなお茶会となり平和的に終了した。
「良い匂い」
香りにつられて瑠璃子が飲食店の多く立ち並ぶエリアまでやってくると、鯛焼きの移動販売がフードコート前の広場に展開していた。
「そうだ。せっかくだし」
あることを思い付き、瑠璃子は自分の分に加えて多めに鯛焼きを購入した。
「みんな。お疲れ様」
鯛焼き購入後に瑠璃子が訪れたのは、自身の職場の一つである警備部の本部だった。
休日のはずの雨音リーダーの登場に警備部のメンバー達も驚いている。
「雨音リーダー。どうしてこちらに?」
出勤していた左文字が何事かと思い瑠璃子の元へと駆け寄る。
「美味しそうな鯛焼きが売ってたから、みんなに差し入れようかと思って」
笑顔でそう言うと、瑠璃子は長机の上へと買ってきた鯛焼きをの入った袋を置いていく。思わぬ差し入れに警備部のメンバー達も嬉しそうだ。
「みんな、いつもご苦労様。細やかな差し入れだけど、遠慮なく食べて頂戴」
「ありがとうございますリーダー」
メンバー達は声を揃えて感謝し、ありがたく鯛焼きを頂いた。
「左文字くん。アリーナの警備計画の方は順調?」
「はい。現在は配置の見直しを行っておりますが、当初のプランで問題は無さそうです」
「最近はこの街も物騒だからね。何も起こらなければいいけど」
「まったくです」
鯛焼きを頬張りながら、左文字は強く頷いた。
「リーダー。差し入れはありがたいですが、休日くらいはゆっくり休むなり自分だけの時間を楽しむなり、休日らしく過ごしてくださいね。こちらは我々だけでも大丈夫ですから」
「ありがとう左文字くん。大丈夫、近くまで来たついでに寄っただけだから。少し資料に目を通したら、また休日に戻らせてもらうわ」
そう言うと瑠璃子は自分の分の鯛焼きを頬張り、餡子の仄かな甘みに幸せそうな笑みを浮かべた。
「帰りはどこかで食べて行こうかな」
警備部を後にし、そのまま日用品の買い出しや書店などに寄っていたらいつの間にか夕暮れ時を迎えていた。いざ街へくり出すと休日というのはあっという間に過ぎていく。
こういう日くらいは外食するのも良いだろうと思い、瑠璃子は手頃な店を探し始めると、
「あら、灯夜くんじゃない」
「おっ、瑠璃ちゃん」
飲食店街の方へと延びる大通りへと差し掛かると、偶然にも正面から灯夜が歩いてきた。
思わぬ出会いに瑠璃子はもちろん、灯夜は目に見えて嬉しそうだ。
「灯夜くんはお買い物?」
「買い物もだけど、今日は姉様が止まりだから、晩飯も外で済ませようかと思ってさ」
「あら灯夜くんも? 私も今日は外食で済ませようと思ってたところで――」
言いながら、瑠璃子に自然とあるアイデアが浮かぶ。
「ねえ、もしよかった一緒にどこかで食べて行かない? 食事は一人より二人の方が楽しいでしょ」
「喜んで」
灯夜は即答した。瑠璃子と一緒に食事が出来るという状況を、灯夜が喜ばないはずが無い。
「何が食べたい?」
「瑠璃ちゃんと一緒なら何でもいいよ」
「何でもが一番困るんだけどな」
苦笑しながらも瑠璃子は灯夜の手を引き、食事処を求めて飲食店街へとくり出した。
前回からかなり間が空いてしまい申し訳ありません。
今回は瑠璃子メインの回でした。瑠璃子のプライベートな面はいつか書きたいと思っていた要素だったので、いつも以上に楽しく書かせていただきました。
前回の後書きでも予告しましたが、次回で2.5は終了となります。
内容は3章へと繋がる短編を予定しています。




