4 日常の象徴
「おはよう、君愛いね」
「えっ? えっ?」
学校に登校してくるなり、弓原理吉はすれ違った後輩の女子生徒に軽快な挨拶を飛ばす。
容姿を褒められた形となった女子生徒は突然のことにドギマギしてしまい、赤面してその場に立ち尽くしてしまう。弓原が女の子の容姿を褒めるのはよくあることで、それを知る同学年の女子なら適当に流しているところだが、弓原の扱いを知らない後輩の女子生徒は対処しきれずに困り果てていた。
「まーた朝から女の子にちょっかいだして」
「あた!」
弓原は不意に背中に重い一撃をくらった。
何事かと思い振り返ると、一人の女子生徒がむくれ顔で仁王立ちしており、その肩には荷物が入ってそこそこ重そうなスクールバッグがかけられている。どうやら凶器の正体はスクールバッグだったようだ。
「酷いじゃないか絵麻」
「朝からいたいけな少女を困らせてる弓原が悪い」
手厳しい反応を見せるのは弓原の同級生である御剣絵麻だ。仁王立ちと凄みのある睨みのため、自慢の黒髪ツインテールが二本の角のように見えなくもない。
「可愛い女の子に可愛いと言って何が悪いんだい」
「あんたは軽薄過ぎんのよ」
「僕のどこが?」
「全てがよ」
「容赦ないな」
清々しいまでの言葉攻めに弓原は思わず苦笑した。マイペースな弓原に困り顔をさせられるのは、世界広しといえども絵麻くらいだろう。
弓原と絵麻の出会いは中学一年生の頃に席が隣同士だったことに始まる。弓原の振る舞いは今とあまり変わっておらず、一言で表すと軽薄だ。優等生タイプだった絵麻にはそれが癪に障ったらしく、何かと衝突を(絵麻が一方的につっかかってるだけで弓原はいつも流しているが)繰り返すようになった。
それは高校へ進学してからも変わらず、先程のようなやり取りも最早お馴染みの光景である。
「毎度毎度ちょっかいを出してきて、絵麻は本当に僕のことが好きなんだね」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った! 誰があんたのことなんて」
絵麻は狼狽し赤面してしまった。歯切れの悪さといい、演技などでは無く本当に動揺しているようだ。
毎度毎度の絵麻の分かりやすすぎるリアクションには、弓原も苦笑せずにはいられない。
「な、何笑ってるのよ?」
「いやね。絵麻って素直じゃないんだなって思ってさ」
「はあ? あんた何様よ」
「絵麻は僕のことを嫌いかもしれないけど、僕はけっこう絵麻のこと好きだよ」
弓原の言葉に混ざる「好き」という単語で、絵麻は完全にフリーズしてしまった。
「す、す、す――――」
「おーい。絵麻さん」
弓原の予想以上に絵麻は大ダメージを受けてしまったようだ。流石に可哀想になり、弓原は絵麻を現実に引き戻すべくある行動に出る。
「おはよう詩月さん。今日も最高に可愛いね」
「あっ、弓原くんおはよう」
フリーズする絵麻を傍目に、弓原は登校してきた沙羅にいつもの調子で挨拶を飛ばす。
初期の頃こそ弓原の独特なノリに困惑していた沙羅であったが、この時点では大分弓原の扱いになれており、動揺一つ見せなかった。
「こらー! またそうやって軽口叩いて」
「おっ、戻った」
絵麻が再起動し手刀を弓原の頭部目掛けて振り下ろしていたが、攻撃の軌道を呼んでいた弓原は白刃取りの要領でその一撃を無力化する。
どうやら絵麻は弓原が女の子にちょっかいを出すと、無意識に体が動いてしまう性質を持ち合わせているようだ。
「うん、やっぱり絵麻はこうでなくちゃね」
手刀を受け止めたまま弓原は普段の軽薄さが滲み出る胡散臭い笑顔では無く。本心から来る晴れやかな笑みを浮かべていた。
間近でそんな顔を見てしまったからだろう。絵麻の頬も仄かに紅潮する。
「どういう意味よ?」
「絵麻とのこういうやり取りが楽しいってことさ」
付き合いがそれなりに長いこともあり、弓原も絵麻の前では素が出やすい。いわば絵麻は弓原にとっての日常の象徴なのだ。
市長の命を受け密偵として暗躍する弓原は非日常側の人間。そんな弓原にとって日常の象徴である絵麻の存在は、自分も青春時代に身を置く一人の学生であるのだと再確認させてくれるとても大事なものである。
恋心とは少し違う。でも一緒にいると楽しい。それが、弓原が絵麻に抱く感情だ。
「絵麻はいつまでもその調子でいてくれよ」
「どの調子よ」
子供を愛でるかのように絵麻の頭を弓原は撫でたが、絵麻は声を上ずらせながらその手を払った。
「いつ見ても仲が良さそうだな。あの二人」
一部始終を目撃していた沙羅は、微笑まし気にそんな感想を述べた。
今回は弓原の学生らしい? 一面を描いたお話しとなりました。三章では弓原にも活躍の場を設け、絵麻も登場する予定です。
次回は左文字と贄川の二人に焦点を当てたら男臭い話しになるかと思います(笑)
最近少し執筆ペースが乱れているので、次回の投稿日は今の所は未定とさせていただきます。




