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23 押さえきれぬ激情

 ほどなくして、真名仮中央病院に警備部のメンバーや警察関係者が集合し、事件の事後処理が始まった。


「――以上が、屋上で起こった全てだよ」


 灯夜とうやは病院のエントランスで、瑠璃子るりこに対して事件の顛末について報告していた。隣には補佐役として左文字さもんじも控えている。


「ありがとう、大変な時にごめんなさい」

「怪我のこと? これならもうほとんど治りかけているよ」


 灯夜の腹部には真新しい包帯が巻かれている。治癒魔術と銀狼の右腕の恩恵である回復力により、瑠璃子たちが到着するころには自由に動き回れる程度までは回復しており、灯夜はすぐにでも事情聴取に応じるつもりだったのだが、ちゃんと病院での治療を受けるようにとの瑠璃子の強い要望により、灯夜の処置を待ってからの聴取となった。

 なお、怪我が具合は灯夜の言う通りほぼ治りかけの状態であり、明日には包帯も取れそうである。


「……怪我のことももちろんだけど、気持ちの方もよ。矢祭涼成さんとは、知り合いだったんでしょう」

「……まあね」


 多くは語らないが、灯夜の心境にも涼成の死は少なからず影響を与えていた。出会ったばかりではあったが、とても優しい人だったのだろうと思う。このような不幸な形では出会わずに、もっとゆっくりと話しをしてみたかった。


「俺のことより、矢祭はどうしてる?」

帆乃夏ほのかさんは、今は病室で眠っているわ。警備部としてはすぐにでも事情を聞きたいところだけど、彼女が落ち着くのを待つつもりよ。お兄さんの死の直後に、それを掘り起こすような真似は酷だから」

「そうしてもらえると助かるよ」


 瑠璃子が理解のある人で良かったと灯夜は改めて思う。そういう優しい人だからこそ、灯夜も瑠璃子の前では力を抜き、時には甘えることが出来る。


「……矢祭は、罪に問われたりはするのかな?」

 

 一番の懸念を灯夜は口にする。一連の殺人事件の現場に居合わせ、それを天罰だと語っていた帆乃夏。結果としてそれは、彼女の視界を通して涼成が魔術によって行っていたもので、帆乃夏自身はそのことを知らなかったわけだが、この場合、法律的にどういう扱いになるのか、灯夜には分からない。


「事情を聞く必要はあるけど、罪に問われるようなことは無いと思う。涼成さんの犯行を知った上で共犯者として現場に現れていたならともかく、彼女は何も知らなかったわけだし、直接手を下したわけでも無いから」

「そっか」


 安心と同時に不安もある。帆乃夏の中に芽生えていた復讐心は本物だった。帆乃夏が自分の中に芽生えていた負の感情に対してどう向き合っていくのか、それは彼女しだいということにもなる。


 灯夜がそんな考えを巡らせていると、


「やあやあ皆さん、お仕事ご苦労様です」


 病院のエントランスに、招かれざる客の声が響いた。

 よりにもよって、心境的には今もっとも会いたくない人間がこの場に現れてしまった。


「……兵頭ひょうどう


 矢祭兄妹の両親の仇であり、先程まで自宅で警備部の護衛を受けていた兵頭ひょうどう祥高よしたかが、どういうわけかこの場にやって来ていた。


「おいおい、年長者にはさんをつけるものだよ」

「……」


 苛立ちのあまり、灯夜は口を紡ぐ。涼成の復讐を正当化するつもりもないが、そもそも兵頭が愚かな真似さえしなければ、あの兄妹は平穏な人生を歩めていたはずなのだ。全ての元凶は、今の目の前にいる兵頭に他ならない。


「兵頭さん、どうしてここに? 危機は去ったとはいえ、念のため今夜中は自宅で待機するようにお願いしたはずですが」

「危機が去ったのならどうしようと僕の勝手だろう。少し、僕に牙を向けた不届き者の姿でも拝んでやろうかと思ってね」

「どういう意味でしょうか?」

「矢祭の奴、死んだんだろ? 死体くらい拝ませてくれよ、記念写真を撮りたい」

「おいあんた、いい加減にしろよ!」


 抑えが聞かず、灯夜は椅子から立ち上がり、声を荒げた。やはりこの男は性根から腐り切っている、命を狙われる程の大事になりながらも、その原因ともいえる自らの罪を顧みようともせずに飄々としているのだから。


「そんな怖い顔をしないでくれたまえよ。僕は命を狙われた被害者で、矢祭は三人の人間を殺めた凶悪な殺人鬼だ。君はいったいどちらの味方だい?」

「少なくとも、あんたの味方にだけはなりたくないね」


 思わず手を出してしまいそうな程の怒りの感情を覚え、拳を震わせる。


「おやおや手厳しいね。まあいいや」


 不敵に笑うと、兵頭は瑠璃子へと視線を移す。瑠璃子は警備部の人間として表向きは平静を装っていたが、兵頭の横暴さには瑠璃子も頭に来ており、内心は決して穏やかではない。


「雨音さんだっけ? とにかく、矢祭の死体に会わせてくれないかな」

「お断りします!」


 瑠璃子は即答する。この言葉には瑠璃子個人の感情と共に、警備部の人間としての事情も存在している。


「現在警備部は現場検証の真っ最中です。部外者の立ち入りは禁止しています」

「僕の言葉が聞けないのかい?」

「聞けませんし、これ以上の問答も無用です。早々にお引き取りを」

「……あまり僕を怒らせない方が――」

「問答は無用と言ったはずです。左文字捜査官、悪いけど兵頭さんを外までお連れして」

「喜んで」

「お、おい!」


 左文字は待ってましたと言わんばかり肩を回すと、兵頭の腕を無理やり掴み、半ば強引にエントランスの入り口まで連れて行く。


「おい離せよ、僕を誰だと」

「……」


 左文字は無言で職務を全うする。何を言われようとも、言葉を返すつもりは無い。


「くそっ、自分で歩ける!」


 兵頭は無理やり左文字の手を払い、自らの外へ向けて歩き出した。警備部の断固とした態度に、流石に諦めがついたようだ。


「くそっ、無能どもめが」


 兵頭の悪態は全員に聞こえていたが、誰も反応を示さない。


「覚えろよ、お前らも、矢祭の妹も」


 エントランスの自動ドアを潜る際に、兵頭が舌打ち交じりにそう漏らした。

 悪態などは聞き逃してきた灯夜も、兵頭の残した最後の言葉だけは聞き流すことが出来ず、思わずその背中を追いかけた。


「おい、矢祭帆乃夏には手を出すな」


 灯夜に呼び止められ、兵頭は悪戯っ子のような憎たらしい笑みを零した。動揺している灯夜の顔が、面白くしてしかたないらしい。


「僕を殺そうとした矢祭の妹だぞ? おまけに彼女も一連の事件現場に居合わせているというじゃないか。そんな危険な共犯者を野放しにはしておけないだろう。僕のコネをフル活用して、それ相応の罰を与えてやるさ」

「あいつは何も知らなかったんだぞ」

「関係無いね、それに僕の気が晴れるし」


 灯夜は、これまで抑え込んできた怒りの感情が、激情となってあふれ出てくるのを感じていた。

 

 ――殴りたい。


 無意識のうちに灯夜は銀狼の右腕を発動、次の瞬間には兵頭目掛けて拳を振り上げていた。


――しまった!


 ほんの一瞬の出来事だった。湧き上がる怒りに心が問われた瞬間、まるで暴走でもするかのように右腕が動き出していたのだ。

 灯夜は我に帰り、拳を引っ込めようとするが、勢いのついた銀狼の右腕はその勢いを止めようとはしない。


 ――このままじゃ、殺してしまう。


「ひいっ!」


 兵頭は振り下ろされた灯夜の右腕を見て絶句した。

 人のものとは到底思えない、銀色の獣毛におおわれた屈強な右腕、あんなものに殴られたら生身の人間などひとたまりも無い。


「駄目よ灯夜くん」


 刹那の瞬間に瑠璃子が二人の間に割って入り、灯夜の銀狼の右腕を左手で受け止める。

 身体強化、魔術障壁、重力操作、三種類の魔術を同時に発動してもなお、銀狼の右腕の威力を全て消し去ることは叶わず、受け止めた瞬間、瑠璃子の左腕に骨が軋む痛々しい音が走る。

 骨にひびくらいは入ったことだろう。それでも瑠璃子は、痛みに顔を顰めるどころか、慈愛に満ちた表情で灯夜は見つめている。


「る、瑠璃ちゃん、お、俺……」


 感情的に右腕の力を使い、結果、瑠璃子に怪我を負わせてしまったという事実に、灯夜は動揺し、汗が頬を伝い、心臓の鼓動が早まる。


「私は大丈夫だから」


 瑠璃子は自由の効く右手で灯夜を抱き寄せ、優しく語り掛ける。


「感情に飲まれては駄目よ。灯夜くんの力は、簡単に人を殺せてしまうのだから」

「ごめん……」


 瑠璃子の胸に抱かれ、灯夜は自らの犯そうとした過ちを顧みて声を震わせる。

 怒りを覚えた瞬間、何よりも強力な凶器を生身の人間に向けていた。右腕の力を使いこなせているのだと思い込んでいたが、それは己惚れだったのだ。

 怒りに支配された時、この獣の右腕は灯夜の意識をも越えて、怒りの矛先に爪を立てる。

 銀狼の右腕の真の恐ろしさを、灯夜は身を持って感じていた。


「私が、灯夜くんを守ってあげるから」

「瑠璃ちゃん……」


 灯夜を殺人者にせずに済んだのだ。腕の一本くらいは安いものだ。

 瑠璃子の、灯夜を守るという信念は強い。

 灯夜のためならば、世界を敵に回すことも、自らの命を投げ打つことも瑠璃子はいとわないだろう。


「うわああああ!」


 灯夜の一撃を受ける寸前だった兵頭は、間近に迫った死の恐怖に耐えきれず、逃げるようにその場を立ち去った。その姿に、これまでのような傲慢さは微塵も存在していない。


「……瑠璃ちゃん、本当にごめん」

「大丈夫、この程度の怪我、すぐに治るから」


 瑠璃子は微笑みを浮かべると、右手で灯夜の頭を撫でてやった。


「雨音リーダー、すぐに治療の手配をします」

「ええ、ありがとう」


 見かねた左文字が、医師に話しをつけるために院内へと駆けていった。


「今日はお疲れ様、灯夜くん」

「うん……」


 優しすぎる瑠璃子が眩しくて、灯夜はその顔を直視することが出来なかった。


 ――何やってんだよ俺。


 自らの未熟さに、灯夜は自己嫌悪していた。





「――以上が、一連の事件に関する報告です。久世灯夜の働きは、大変有益なものであったといえるでしょう」


 とある一室で、弓原ゆみはら理吉りきちは、目の前に座す男性に、監視対象である灯夜についての報告を行っていた。

 男性は弓原の雇い主であり、久世灯夜の監視を命じた張本人でもある。

 年の頃こそ40代後半だが、元俳優である甘いマスクは健在で、実年齢よりも若く見える。

 

「念のため聞いておくが、余計な干渉はしなかっただろうね?」

「もちろんです」


 弓原は顔色一つ変えずにそう返答したが、これは嘘だ。

 今回弓原は、密偵としての領分を越え、二度大きな干渉をした。

 一つは、灯夜が病院の屋上で炎の魔人と戦った時。彼の体に対魔術用の障壁を張ったのは弓原だった。決してクラスメイトを思っての行為では無い、ただの気まぐれだ。

 二つ目は、怒りの感情に飲まれそうになった灯夜が、兵頭を殴ろうとした時のこと。このことは雇い主には報告をしていない。この件は、灯夜の立場を確実に悪くする。そう思ったからこそ、ここへ向かう途中に兵頭邸へと立ち寄り、兵頭に意識干渉系の魔術をかけることで、その時の記憶を曖昧にしておいた。これで、兵頭からも灯夜の暴走のことが漏れることは無い。

 弓原の灯夜に対する興味は尽きず、まだまだ監視を続けたいと考えていた。だからこそ、監視の機会を奪いかねない情報は、報告する前に握りつぶす。

 自らの興味を優先するスタイルは密偵としては完全に失格だが、それが弓原理吉という男なのだ。

 

「よろしい、では今後も久世灯夜の監視を頼む。彼の持つ二つの力は、一人の少年が持つには過ぎた物だ。彼の存在がこの街にとって毒となるか薬となるか、見極めなくてはならない」

「毒だった場合はどうするおつもりで?」

「今はまだ分からんよ」


 穏やかな表情を崩さない男性の真意は、密偵である弓原の観察眼をもってしても測れない。それどころか、男性の表情を観察していると、逆にこちらの方が見透かされているような気さえもする。

 ひょっとしたら、自分の隠していることについても全てお見通しで、承知の上で自分を泳がせているのではとも勘繰りたくなる。

 そういった得体の知れなさを目の前の男性は持つ。


「自分の父親が友人の監視を命じているなんて聞いたら、娘さん怒りますよ」

「それは困るな。娘には嫌われたくない」


 男性は苦笑し、肩をすくめた。この街のトップがこのような仕草をするところなど、なかなか見ることは出来ないだろう。


「それじゃあ、僕はこのへんで失礼しますよ。千樹せんじゅ市長」


 真名仮市の市長にして、千樹せんじゅ舞花まいかの父親でもある、千樹せんじゅ正胤まさたねに別れを告げ、部屋を後にしようとするが、


「待ってくれ、もう一つだけ聞きたいことがある」

「報告なら済ませましたが?」

「密偵としてでは無く、娘のクラスメイトしての君に聞きたいことがあってね」

「何でしょうか?」

「舞花は、学校ではどんな様子だい?」

「楽しくやってると思いますよ。久世くぜ詩月うたつきさん、それと織姫おりひめなんかと仲良くしてます」

「織姫……そうか、まだ彼と」

「織姫がどうかしましたか?」

「いや、気にしないでくれ」


 千樹正胤が見せた微かな動揺は、弓原の好奇心をくすぐった。娘の話しを切り出したかと思えば、意識を向けたのは監視対象である灯夜では無く、織姫おりひめ楽人がくとに対してのもの。これはいったいどういうことだろうか?


「娘さんの様子が気になるなら、ご自分で聞けばいいでしょう。親子なんですから」

「ははっ、それはそうなんだが、娘も年頃だからね。男親では色々と聞きずらいこともある」


 愉快そうに笑う千樹の表情は、一つの街を束ねる市長のものでも、密偵を遣わす主のものでも無く、娘を持つ父親のそれだった。


「それでは、今度こそ失礼しますよ」

「ああ、ごくろうさま」


 一礼し、弓原は千樹の元を後にした。


 


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