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エピローグ 1

帆乃夏ほのかさん、どんな様子かな」

「落ち着いてきているとはいうけど、まだ三日だしな」


 屋上での戦闘から三日後。

 灯夜とうや沙羅さらは、矢祭やまつり帆乃夏ほのかと面会するために、真名仮まなかり中央病院を訪れていた。

 帆乃夏は身体的な外傷こそ無かったものの、兄の死により精神的に大きなショックを受け、専門医によるカウンセリングを受けている。幸いなことに帆乃夏はしっかりと現実を受け止めており、心の安定を取り戻してきているという。

 警備部の事情聴取も一段落し、今日になってようやく面会の許可が下りた。

 ちなみに、灯夜は帆乃夏への面会を終えた後に、定期検査の結果を主治医から聞き取りに行く予定になっている。


「あっ、兄ちゃんと姉ちゃんだ」


 小児病棟を通りかかると、見覚えのある少年が灯夜に近寄って来た。

 初めて帆乃夏と会った時の庭園や朗読会の時にも顔を会わせている、あの腕白そうな少年だ。


「よう、三日ぶりだな」


 たったの三日ぶりなのに、随分と長いこと少年の顔を見ていなかったような気がする。

 三日前はまさに激動の一日で、日中にはこの小児病棟で帆乃夏による朗読を見学し、その日の夜には兵頭邸や病院の屋上での戦闘。あの日は、あまりにも色々なことが起こり過ぎた。


「ちょうど良かった。俺、兄ちゃんに宛てに届け物を頼まれてたんだ」

「届け物?」

「手紙だよ」

「誰から?」

「帆乃夏姉ちゃんの兄ちゃんから」

「何だって」


 少年から手渡された封筒には、『久世灯夜くんへ』というタイトルと共に、差出人として矢祭やまつり涼成りょうせいの名が刻まれていた。


「いつ渡されたんだ?」

「三日前の夕方かな、次に兄ちゃんに会う時に渡してくれって」

「三日前か……」


 つまりは、涼成が命を落としたあの日ということになる。そんなに日に手紙を出していたなど、まるで遺書のようではないか。


「ちゃんと渡したからな」

「ああ、ありがとう」


 灯夜は少年の頭を軽く撫でてやった。お礼を言われたことで、少年は気恥ずかしそうに頬を掻いていたが、次第にその表情が不安に曇り、視線を落としてしまった。


「どうかしたのか?」

「……兄ちゃん、帆乃夏姉ちゃん、今、大変なんだよね。みんな心配してる」


 事件の詳細までは知らないにしても、帆乃夏の兄である涼成が三日前に亡くなったという事実は、すでに小児病棟の子供達の耳にも入っていた。

 いつも帆乃夏に笑顔を貰っていた子供達は、逆に笑顔を失いかけてしまっている帆乃夏のことを、とても心配している。


「元気になったら、また俺達に会いに来てくれるかな? 俺達、また帆乃夏姉ちゃんと一緒に遊びたいよ」


 少年の言葉が病棟の他の子達にも伝わったのだろう。灯夜たちの周りに子供達が集まり始めた。みな気持ちは同じで、帆乃夏を求める声は四方から上がる。


「僕も、帆乃夏姉ちゃんにもっと勉強を教わりたい」

「私も、もっとご本を読んで欲しい」


 子供達の真っ直ぐな眼差しが、矢祭帆乃夏という少女が。子供達のためにも、そしてきっと帆乃夏自身のためにも、この絆を絶やしてはいけない。


「みんなの気持ちは、帆乃夏姉ちゃんにちゃんと伝えてくる」

「大丈夫、きっとすぐに帆乃夏さんは戻って来るよ」


 子供達の言葉の一つ一つが、帆乃夏への何よりの手土産となるこだろう。子供達の想いを帆乃夏へ届けることを、灯夜と沙羅は強く誓った。


「帰りにまた寄るからね」


 帰り際に沙羅が子供達に優しく手を振った。

 帆乃夏を見舞った後、灯夜は検査の結果を聞きに行く予定なので、沙羅はその時間を利用して子供達のもとを訪れようと最初から決めていた。




「沙羅、矢祭の病室に行く前に、涼成さんからの手紙を読んでおきたいんだが、いいか?」

「そうだね、内容が気になるし」


 灯夜と沙羅は帆乃夏がいるという六階の病棟に到着すると、ナースステーション近くのベンチに腰掛け、さきほど受け取った手紙の内容に目を通すことにした。帆乃夏に会う前に読んでおくべきな気がしたからだ。


 封を開け手紙を取り出すと、涼成の性格が伺える達筆な字でこう記されてた――


『久世灯夜くん。君がこの手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世にはいないのだろう。

 突然のことに混乱しているかもしれないが、君には真実を知っておいてもらいたいと思い、この手紙を出させてもらったよ。


 今更信じてもらえないかもしれないけど、僕は最初の事件の直前までは復讐をするつもりなんて無かったんだ。

 僕の中に宿る復讐心は本物だった。魔術を習得したのだって、復讐に使えるんじゃないかと思ったからだ。

 だけど復讐の計画を練っていくうちに、ふと思ったんだ。

 僕に残されたわずかな時間をあいつらのために使うなんてもったいないと。

 復讐を実行するよりも、残された時間を帆乃夏と共に有意義に過ごすことの方が大切なんだと、僕は気づいた。

 だから、復讐は実行しないつもりだった。


 だけど、状況が変わってしまった。


 帆乃夏の内に宿る復讐心もまた、凄まじいものだった。

 帆乃夏は必死に平静を装っていたけど、あの子は僕の妹だ。様子がおかしいことにはすぐに気が付いたよ。


 そこで僕は、会得したばかりの遠隔視えんかくしの魔術を使い、帆乃夏の視ているものを確かめることにした。

 帆乃夏には申し訳ないと思ったけど、とても嫌な予感がしていてね。

 

 嫌な予感は当たってしまったよ。帆乃夏は僕の世話をする傍ら、兵頭達のことを調べて回っていた。

 日に日に帆乃夏の調査は進み、とうとう奴らの行動パターンを突き止めるに至ったんだ。


 そして、運命の日は訪れた。


 帆乃夏は仇の一人である盛林もりばやしの後を付け、路地裏を歩いていた。

 最初は距離を取って後をつけているだけだったけど、何かをきっかけに帆乃夏は怒りで体を震わせ、手近にあったビール瓶を手に取ったんだ。


 僕は瞬間的に悟ったよ。帆乃夏は盛林を殺す気だって。


 この時、僕は覚悟を決めた。

 帆乃夏の手を、血で染めたくは無かったから。

 僕は遠隔魔術を使って、帆乃夏が手を出す前に盛林の心臓を焼き落とした。


 魔術式を会得しただけで、試験すらしていないぶっつけ本番だったけど、驚くほどに遠隔魔術は上手くいったよ。

 今になって思えば、帆乃夏を守りたい一心で、神経が研ぎ澄まされていたのかもしれないね。


 一線を越えたことで、僕は他の三人にも裁きを与えることを決意した。


 一人殺しただけじゃだめだ。このまま僕が死んでしまったら、いつか帆乃夏は他の三人を殺すために動き出すかもしれない。そうなったら、帆乃夏の未来は闇に閉ざされてしまう。それだけは避けたかった。

 両親の仇に対する復讐の気持ちは僕も強かった、だけど僕が何よりも望んだのは、帆乃夏が復讐なんてせずに済む未来だったんだよ。


 帆乃夏の視界を通して僕は仇を次々と焼いた。

 それを天罰だと信じ込み、帆乃夏が仇たちの姿を観察し続けたのは、僕にとっては好都合だったよ。

 まともに出歩けない身では遠隔視と遠隔魔術の組み合わせは必須だったし、目の前で罪人たちが裁かれていくことで、帆乃夏の中の復讐心が消えて行ってくれればと思い、僕は犯行を続けた。


 今になって思えば、僕はかなり狂っていたと思う。

 遠隔とはいえ、妹の目の前で、妹を利用する形で人を殺めていたのだからね。

 でも、それももうすぐ終わる。


 僕は今夜、最後のターゲットである兵頭を狙って、僕の使える最大の魔術を放つつもりだ。今の僕の体力を考えれば、間違いなく僕は命を落とすだろう。覚悟はもう出来ている。

 おそらく灯夜くんは全力でそれを阻止しにくるだろうから、結果がどうなるかは分からない。


 だけど、たとえ失敗したとしても、今の僕は後悔しないと思う。


 最後の一人まで殺さなければ、帆乃夏がいつか一線を越えてしまう。僕はそう考えて、残された命を、禍根を断ち切るために使おうと考えていた。

 でもね、帆乃夏が交流を深めて来た子供達のことや、灯夜くんのことを楽しそうに語る帆乃夏の姿見て、僕は少しだけ考えを改めたんだ。

 今の帆乃夏は一人じゃない。帆乃夏を笑顔にしてくれる周囲の人達の存在が、あの子が道を踏み外さないように、繋ぎとめてくれるのではとね。


 兵頭への復讐が成功したとしても失敗したとしても、僕はもうこの世にはいない。

 帆乃夏の行く末を見守ることは出来ない。


 こんなことを頼むのは無責任かもしれないけど、灯夜くんにはこれからも帆乃夏と仲良くしてやってほしい。


 真実を語ったのは、僕なりの誠意のつもりだ。

 帆乃夏の友人である君には、全てを知っておいてほしいと思ったから。


 もしも帆乃夏が復讐心に囚われそうになった時には、それを全力で止めてあげてほしい。

 彼女が平穏な道を歩むのなら、良き友人としてあの子を支えてあげてほしい。

 

 それが、帆乃夏の兄としての僕の願いだ。




 君とはもっとゆっくりと話しがしてみたかった。それが少し心残りだ。

 人生の終わりに、君に出会えてよかったと思う。


 ありがとう』


 ――手紙は、ここで終わっている。


「……涼成さん、帆乃夏さんのために」

「あの人が優先したのは、自分の復讐よりも、妹の未来だったんだな」


 涼成の選んだ道が正しかったのかどうかは灯夜には分からない。だが、帆乃夏を守りたいというその思いに嘘偽りは無かったことだけは分かる。


 復讐の二文字に、一番苦しんでいたのは涼成自身だったのかもしれない。


「矢祭の病室に行くか」

「うん」


 手紙をポケットにしまい込むと灯夜はベンチから立ち上がり、沙羅もそれに続いた。

 


 


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