9 集合
「沙羅は大丈夫か?」
「今は二階で眠ってるよ。大分落ち着ているみたいだし、とりあえずは大丈夫だろう。起きて来たら顔を見せてやれよ」
「そうだな……緊急だったとはいえ、置いて行くような真似をしちまったし、ちゃんと謝らないと」
不可思議堂へと戻った灯夜は、ずぶ濡れだった制服から楽人から受け取ったシャツとジャージに着替え、濡れた頭をタオルで拭いていた。
沙羅はあれからすぐに不可思議堂へと戻り、気丈にも自ら瑠璃子へと連絡し、楽人にも可能な限り状況の説明を行ったそうだ。人の死を間近で見てしまったショックに加え、雨に打たれて疲労したこともあり、今は二階の店主の住居で睡眠をとっている。
「とりあえずは瑠璃ちゃん待ちか」
この後は現場検証を終えた瑠璃子がこの不可思議堂を訪れることとなっており、それを待って今後の作戦会議が行われることになる。
「なあ灯夜、お前は大丈夫なのか?」
「ああ、この通りピンピンしてるけど?」
「そっちじゃねえよ」
灯夜は腕を回したり、屈伸をしたりと健在ぶりをアピールするが、楽人が気になっていた点は、肉体的なことでは無い。
「お前、さっきから顔つきが少し険しいぞ。何かあったんじゃないのか?」
「そう見えるか?」
「普段が不真面目な分、そういう顔は目立つんだよ」
「言ってくれるな」
楽人の憎まれ口を受けて、灯夜は微かに笑う。混乱している状況だからこそ、こういった会話がいやに心地よく感じた。
「詳しくは瑠璃ちゃんが来たら話すさ」
「だったら、すぐに聞けそうだな。噂をすれば、ご到着だ」
店先に警備部の車両が停車するのが見えた。
思ったよりも早い到着だが、これまでのように現場にほとんど手掛かりが残っていない以上は、容疑者を目撃した灯夜の証言を得ることが優先されたのかもしれない。
「楽人くん、お邪魔するわね」
瑠璃子が店内に顔を覗かせた。後ろには二人の男性が控えており、一人は警備部の黒服、そしてもう一人は、
「あれ、贄川さん、戻って来たんですか?」
「出先で騒ぎを聞きつけてな。何か力になれればと思って、早目に仕事を切り上げて来た」
短髪と無精髭が印象的な男性が黒服の後ろから顔を覗かせた。不可思議堂の従業員である贄川匠悟だ。
贄川は現在28歳。この不可思議堂の最初期から勤務する古株で、豊富な知識と鑑定力を持つ優秀な男性だ。面倒見のいい兄貴分的な性格もあり、楽人からも慕われている。
「お久しぶりです。贄川さん」
「よう、灯夜か。今日は大変だったみたいだな」
ここへ来る途中で瑠璃子達からある程度は聞いているのだろう。贄川も状況は把握している様子だ。
「灯夜くん、もっとちゃんと拭かないと、風邪ひいちゃうよ」
まだ頭から雫を垂らしている灯夜を見かねて、瑠璃子は灯夜の首にかかっていたタオルを手に取り、灯夜の頭にかぶせて優しく撫でてあげた。まるで、風呂上がりに母親が子供の頭を拭いてあげているかのような。
「ああ、今の俺、すげえ幸せかも」
愛しい瑠璃子に優しくされ、灯夜は夢見心地で目を閉じている。店内には数名の人間がいるわけだが、まるで二人だけの時間を過ごしているようだ。
「なあ楽人、俺はどう反応すればいいんだ?」
硬派な贄川は、灯夜と瑠璃子の間のどことなく甘い雰囲気に完全に置いてけぼりにされているようで、真顔で楽人に尋ねた。
「とりあえず、苦笑いでも浮かべておけばいいと思いますよ」
楽人は冗談交じりにそう言ったが、根が真っ直ぐすぎる贄川はその言葉を真に受けて、無理やり苦笑いを作っていた。
「いや、本当にやらなくていいですから」
生真面目すぎる先輩に、楽人は思わず苦笑いを浮かべた。
「ごめんね楽人くん、休ませてもらっちゃって」
一階の賑やかな気配を感じ取ったのだろうか? 二階で休息を取っていた沙羅が、寝起きの目を擦りながら店舗の方へと降りて来た。
「えっ?」
階下に降りて来た沙羅が真っ先に目にしたものは、まるで子供のような無垢な笑顔で瑠璃子に頭を拭いてもらっている灯夜の姿であった。その和気藹々とした様子から二人の周りには、キラキラとしたエフェクトがかかっているよう錯覚し、沙羅は再び目を擦った。
一呼吸置いて沙羅は再び灯夜達の方を注視したが、やはり見間違いでは無かった。
「あっ」
「よ、よう」
灯夜も沙羅の方に気がづいたらしくタイミングよく目が合ってしまった。
「し、失礼しました!」
二人の姿を見ていて自分の方が恥ずかしくなってしまったのか、沙羅は赤面したまま再び二階へと戻っていってしまった。寝起きで思考が定まっていない状態では、少し刺激が強かったようだ。
「ちょっ、沙羅ちゃん」
見かねた楽人が沙羅を追いかけて二階へと駆け上がっていく。フォローぐらいは入れておかねばという、楽人の気配り屋なセンサーが発動していた。
そして、またしても状況に取り残されてしまった男が一人。
「なあ黒服の兄さん。俺はどう反応すればいいんだ?」
楽人もいないので、贄川は入り口付近に佇んでいた190センチはありそうな長身の黒服に尋ねた。その屈強な肉体故に威圧感はあるが、顔立ちを見るにまだ20代くらいだろうか。
「自分にも分かりません」
どうやら黒服も贄川と似たようなタイプだったらしい。大きな反応を示すこともなく、仏頂面で正面を向いている。
「そういえば、あまり見ない顔だな。もしかして新人さん?」
「はい、今月より真名仮市へと配属になりました。左文字と申します」
「俺は贄川匠悟だ。どうぞよろしく」
「よろしくお願いします」
「歳は?」
「今年で27になります」
「じゃあ、俺と近いな。俺は今年で29だ」
普段はあまり黒服と話す機会は無いのだが、左文字に対して親近感を覚えたのか、贄川の態度は自然と軟化し、距離感が近づいている。
「仕事関係で一緒に行動することもあるだろうし、これからよろしくな、左文字捜査官」
「こちらこそ宜しくお願いします。贄川さん」
二人はしっかりと握手を交わし、仏頂面だった左文字も表情を軟化させ微笑みを見せた。
明日も投稿出来るとは思いますが、書き溜めが減ってきたので、少し余裕が無くなってきました。
まだ未定ですが、近いうちに投稿しない日を設けて、書き溜めを増やす作業をするかもしれません。




