10 捜査会議
「それじゃあ灯夜くん。さっきの事件について、君が知っていることを教えてもらってもいいかな?」
「もちろんだよ」
灯夜達は不可思議堂の応接室に集まり、一連事件についての報告会を行おうとしていた。
話し合いの中心になるであろう灯夜と瑠璃子がテーブルを挟んで向かい合う形で座り、瑠璃子の隣には黒服の左文字、灯夜の隣には不可思議堂従業員の贄川、現場を目撃した沙羅は店舗の方から持ってきた椅子に座って部屋の隅に待機し、楽人は沙羅の隣で腕組みをして立ったまま壁に背中を預けている。
「灯夜くんは、事件現場で怪しげな人物を目撃したのね?」
「ああ、被害者に向かって『天罰』と呟いていて、気になったから後を追ったよ」
「顔は見たの?」
瑠璃子に問われ、今一度、頭の中を整理する意味も込めて、灯夜は一呼吸を置いた。
「見たどころか、知っている顔だったよ。俺と同い年くらいの女の子で、名前は……矢祭帆乃夏だ」
「矢祭?」
矢祭という姓を聞き、瑠璃子は何やら険しい顔で考え込んだ。瑠璃子にも、その名前には覚えがあるようだ。
「知っているのかい?」
「被害者同士の接点を洗い出している時にその名前が出て来てね――」
瑠璃子は持参してきたブリーフケースから、捜査ファイルらしき物を取り出し、灯夜達が見やすいように、あるページを開いた状態で机の上に置いた。
「放火事件?」
開かれたページには、4年前に起こったという火災に関する記述がされている。
4年前の6月24日の未明に会社員、矢祭弘重さん宅から出火し二階建ての住宅は全焼。弘重さんと妻の元美さんが死亡し、高校生の長男の涼成さんと中学生の長女、帆乃夏さんが重軽傷を負う大参事となった。
当時、矢祭さん宅に火の気は見られなかったことから、警察は放火の疑いが強いと判断し捜査を開始。一週間後、長男と同じ高校に通う四人の男子生徒が容疑者として浮上する。
「矢祭帆乃夏……」
そうそう同姓同名がいるとも思えないし、彼女は兄の見舞いに病院に来ていると言っていた。その兄というのは、矢祭涼成のことなのだろう。
「被害者同士の接点を洗ってたと言ってたけど、まさか、この放火事件の容疑者って」
灯夜の想像通りだとしたら、矢祭帆乃夏が一連の殺人事件の被害者達を恨む理由は十分ということになる。
「ええ、一連の連続殺人の被害者達よ。当時の記録が不自然に改変されていて、事実に辿り着くのに少し時間がかかってしまったわ」
「記録の改変?」
「……その話しをする前に、次のページを見てみて」
瑠璃子の声色にはどこか失望の色が見て取れた。彼女をそんな表情にさせる何らかの理由が、次のページとやらには記されているのだろうか?
「……不起訴」
灯夜は目を疑った。容疑者として上がった4人の高校生達は、証拠不十分のために不起訴となったという記述があったのだ。矢祭家への放火容疑に関して、4人が裁きを受けることは無かったということになる。
「正直、不自然よ。当時の捜査関係者からも話しは聞いたけど、有力な物証も見つかっていて、彼らの犯行であることは疑いようは無かったと」
「それがどうして不起訴に?」
「……4人のリーダー格だった、兵頭祥高の影響よ。彼の父親が、どうやら検察に圧力をかけたようでね」
瑠璃子は怒りに声を微かに震わせていた。正義感の強い彼女には、権力を使って罪を逃れようとする行為が許せないのだ。
「その父親って、まさか代議士の兵頭巌のことか?」
「その通りです」
名前に心当たりあったようで、贄川が驚きの声を上げた。
兵頭巌はこの真名仮市に地盤を持つ国会議員で、多方面に大きな影響力を持つ大物だ。元は真名仮市の市議会議員出身であり、市長とも懇意である。
「兵頭巌の情報操作は徹底していてた、息子たちが不起訴になるように図っただけでは無く、放火事件が起こったという事実さえも、可能な限り揉み消そうとしたそうよ。記録の改変が行われたというのは、そういう意味」
「酷い……」
「許せないな」
権力を悪用し、人の命奪った罪すらも無かったことにしてまおうという邪悪な意志に、端で話しを聞いていた沙羅と楽人も、強い怒りの念を感じていた。
「しかし、そんな状況でよくこれだけの資料を集めれたな」
贄川は、改めて四年前の放火事件の資料に目を通して感心を見せた。兵頭ほどの大物からの圧力を受けたとなれば、当時の捜査資料などとっくに破棄されていてもおかしくはなさそうだが、瑠璃子の持参してきた資料には、当時の事件の情報が事細かに記されていた。
「兵頭親子のやったこを快く思わない人間はたくさんいます。捜査資料のコピーを手元に残していた捜査関係者や、当時の状況を知る被害者の知人など、多くの方が協力してくださいました」
「成程な。そりゃあ関係者からしたら許せないよな」
瑠璃子は捜査に協力してくれた一人一人の顔を思い浮かべていた。
今回捜査しているのは、あくまでも一連の殺人事件ではあるが、この件が決着したら、四年前の放火事件の真実を表に出せるように力を尽くそうと、瑠璃子は心に決めていた。
「なあ、瑠璃ちゃん。今まで殺されたのは三人だったよな。四年前の容疑者の中で、まだ殺されていないのは?」
灯夜だけは放火事件に関しては私情を述べず、冷静に状況判断を下そうとしていた。一連の事件が復讐だとすれば、まだ狙われる理由のある人間が存在する。
「主犯格だった、兵頭祥高よ」
「じゃあ、次に狙われるとしたらそいつが?」
「まず間違いないでしょうね。すでに警備部の人間に、身辺警護はさせているわ」」
心境的には瑠璃子も兵頭の味方などはしたくないだろうが、警備部に所属する者としては、魔術によって狙われている人物を放置しておくことなど出来ない。理由はどうあれ、魔術を人殺しの道具として使ってはいけないのだから。
「ねえ灯夜くん、さっきの現場で、矢祭帆乃夏は何か不審な動きを見せなかった?」
心臓を燃やして殺害するという手口には、未だに謎が多い。警備の質を上げるためにも、容疑者である矢祭帆乃夏の情報は少しでも多い方がいい。
「トリガーを発動した様子は無いし、武器も持たずに丸腰、体には魔術紋らしき紋様も無かった。状況だけ見たら、彼女が魔術を発動した可能性は低いように思える」
「……魔術を使用した形跡が無い」
瑠璃子が灯夜からもたらされた情報を頭の中で整理する。上級魔術師である瑠璃子の知識を持ってすれば、もしかしたら別の切り口から真相に迫れるかもしれない。
「……昔見た書物に、トリガーや魔術紋無し魔術を発動させた男の話しが乗っていたわ」
「それはいったい?」
期待の籠った瞳で灯夜は瑠璃子を問い掛けるが、瑠璃子は小難しい顔のままだった。
「ごめんなさい。かなり前のことだから、内容までは覚えていないの。本のタイトルは覚えているから、後で灰塚さんに確認を取ってみるわ」
「いやいや、心当たりがあるだけ流石だよ、瑠璃ちゃんは」
瑠璃子は魔術の勉強のためにこれまでにありとあらゆる魔術書や文献を知識に収めている。多少の取りこぼしがあっても、誰も責めるものはいないだろう。
「矢祭帆乃夏はどうなるんだい?」
灯夜は帆乃夏が事件に関わっていると分かった時から、彼女の処遇について気を揉んでいた。状況から考えて彼女が一連の殺人事件の犯人である可能性が高い。それを警備の方でも把握した以上は、彼女の身柄を拘束することも考えられる。
「彼女が犯人であるという決定的な証拠は無いから、今の時点では彼女を拘束することは出来ないわ。現行犯なら話しは別だけど、彼女が魔術を使った形跡が無い以上はそれも難しい。今出来るのは、彼女の動向に注意を払うことくらいでしょうね」
「そっか……」
瑠璃子の言葉を受けて、灯夜が考え込んだ。現状警備部が矢祭帆乃夏に対してアクションを起こせないということは、裏を返せば彼女に個人的に会うことも可能ということだ。
これで終わりではいけない。全てを知ってしまった以上は、彼女とは一度、面と向かって話しをしなければいけない。
明日は、帆乃夏が入院している子供達に勉強を教えたりするボランティアの日であることを、灯夜は記憶していた。彼女に接触するなら、明日病院へ向かうのがベストだろう。
今日事件が起こったばかりだ。普通に考えれば病院に現れない可能性もあるが、灯夜には帆乃夏は予定通りに病院を訪れるだろうという確信があった。
彼女が、子供達との約束を破るとは思えない。




