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8 再会は雨の中で

「待て!」


 大通りを逸れて路地裏の方へと入って行ったパーカーの人物を、灯夜は全力で追いかけていた。

 雨も本格的になり、大粒の雨が降り注いでいる。すでに全身がずぶ濡れとなり、衣服が張り付く不快感が体を覆うが、灯夜は追跡の足を緩めはしない。

 出だしの差で、最初こそ距離がひらいていたが、地の身体能力は灯夜の方が上のようで、移動魔術を使うまでも無く相手に追いつこうとしていた。


「……」


 逃げ切るのは難しいと観念したのだろうか? パーカーの人物は路地裏のど真ん中で足を止めた。


「……追ってこないでください」


 灯夜へ背を向けたまま、パーカーの人物が悲し気に懇願する。その声は、若い女性のものだった。


「まさか……」


 事件現場で声を聞いた時にも似ているとは思っていたが、その時点ではただの気のせいだと思っていた。だが、二度も同じ声を聞けば、それは気のせいでは無かったのだと、嫌でも痛感させられる。


 この声の持ち主に、灯夜は会ったことがある。


「……また、会ってしまいましたね」

矢祭やまつり帆乃夏ほのか……」


 被っていたフードを下ろして灯夜の方へと振り返ったのは、昨日病院で出会った少女――矢祭帆乃夏であった。その表情はどこか怯えているようにも見える。頬を伝う雫は涙なのか雨なのか、今の天候では判断がつかない。

 

 ――また会えるといいですね、灯夜さん。


 別れ際の帆乃夏の言葉が灯夜の脳裏によぎる。お互いに、このような再会を望んではいなかったはずだ。


「……お前が、さっきの事件の犯人なのか?」


 現場で意味深な言葉を呟き、逃走までしているのだ。疑いは十分にある。


「あれは、天罰です」 


 帆乃夏の口調は、はっきりとしたものだった。『天罰』という言葉は、彼女にとっては重要なキーワードのようだ。


「そんなものはない」


 突如として生きたまま人の心臓が焼かれる。マナが溢れかえる前の世界なら、確かにそれは神の領域を感じさせる超常現象として人の目に映っていたかもしれない。だが、魔術の存在が当たり前となった今の世界では違う。

 天罰など有り得ない。あるとすればそれは、魔術を用いた人為的な忠罰だけだ。


「矢祭帆乃夏、お前は、魔術師なのか?」


 金髪の男性が苦しみだしたあの瞬間、武器を出すなどの怪しい動きをした人間は、帆乃夏を含めていなかったはずだ。だとすれば、先程楽人との会話でも上がった魔術紋を使用したという可能性が、現実味を帯びてくる。


「私に魔術の心得はありません……言ったはずですよ、あれは天罰だと」


 煙に撒こうとしているような様子は無く、帆乃夏の眼差しは真剣そのものだ。彼女は本当に、一連の事件は天罰によるものだと信じているのかもしれない。


「そのパーカーの下に、何か隠してるんじゃないのか?」


 帆乃夏は白いワンピースらしき服の上に、黒いパーカーを着こんで前もしっかりと閉じている。彼女が何らかの武器や、肌を見せないことで魔術紋そのものを隠している可能性がある。


「何も隠してはいませんよ」


 帆乃夏は迷いなく、パーカーのジップを下げてそのまま脱ぎ捨て、ノースリーブのワンピース姿になった。懐には何も仕込まれておらず、彼女は丸腰だった。


「……恥ずかしいです。こんな雨の日に」


 薄手の生地のワンピースは強まる雨によってすぐに帆乃夏の体へと張り付き、彼女のしなやかな肢体や下着のラインが現わになっていた。

 雨に濡れた美しい少女。何とも扇情的なシチュエーションだが、そんな彼女の姿さえも、今の灯夜には意識の外だった。


「どこにも無い……」


 ワンピースが濡れて透けてしまい、帆乃夏の肌の大部分が生地越しに覗いていたが、彼女の体のどこにも魔術紋らしき紋様は刻まれてはいなかった。

 魔術紋が確認出来ないとなると、先程の現象の説明が難しくなってくる。


「寒いので、もう着てもいいですか?」


 灯夜の返事を待たずして、帆乃夏は黒いパーカーに袖を通し始めた。同年代の男性に肌を晒してしまったことが恥ずかしいのだろう、頬が微かに赤みを帯びている。


「さっきのあれは天罰だと言ったな。つまり、被害者達には罰を受けるだけの理由があったということか?」


 トリガー無しで犯行が行われた絡繰りは未だに分からないが、帆乃夏が被害者に怒りの感情を抱いていることだけは、これまでの会話からして間違いない。あれだけ穏やかな少女が、人の死を前にしてそれを天罰だと一蹴する。その理由を灯夜は知りたかった。


「あいつらは、決して許されない罪を犯しました。死んで当然なんです!」

「待ってくれ、まだ話は――」

 

 帆乃夏が初めて声を荒げると、帆乃夏は灯夜から逃れるかのように駆け出した。

 肩に掴もうとする灯夜の手を必死に払いのけると、路地裏を抜けて大通りの雑踏の中へと消えていった。


「待てよ……」

 

 帆乃夏の姿は、完全に灯夜の視界から消えてしまった。移動魔術を使って身体能力を高めれば、追いつくことも出来るかもしれないが、灯夜は茫然と立ち尽くすばかりだった。


 昨日たまたま相席になっただけで、友人というわけでも無い。だが、会話を交わした時の印象や、子供達との接し方を見ていれば、彼女がとても優しい女性なのだということは理解出来ていたし、ボランティアのことも素直に尊敬した。

 そんな彼女が、一連の連続殺人に関わっており、被害者達に強い呪詛の念を抱いている。

 その事実は、灯夜の心に大きな衝撃を与えていた。


「……何なんだよ、いったい」


 誰に問うでも無く、灯夜は降りしきる雨に向かって言い放つ。

 賢者の左腕と銀狼の右腕、いかに強力な力を持っていようとも、灯夜はまだ十代の若者なのだ。知り合いが事件の容疑者かもしれないという状況に、動揺を隠しきれなかった。




「いつもマイペースな久世灯夜ともあろう者が、珍しく混乱しているようだね」


 雑居ビルの屋上から、灯夜の姿を見降ろしている人影あった。

 黒縁眼鏡をかけたクラスメイトの、弓原ゆみはら理吉りきちだ。

 彼は、騒ぎが起こった瞬間から灯夜と帆乃夏の後を付け、この路地裏で起こった一部始終を目撃していた。

 気配は完全に消しているので、まさか見られているとは灯夜も気づいていないだろう。


 弓原の役目は久世灯夜を監視すること。昨日、沙羅に接触したのもその一環だ。

 

「さてと、今回の事件、君はどう解決するのかな?」


 弓原は不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 その言葉が監視対象としての灯夜に向けられたものなのか、同級生としての灯夜に向けられたものなのか、真意は弓原だけが知る。


 



 

 

 

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